平野啓一郎氏の同名小説を石井裕也監督が映画化した『本心』(11月8日より公開中)で主演を務めた池松壮亮と母親役で共演した田中裕子。久しぶりに再会し、照れて恥ずかしがる素振りも見せながらも、お互いへのリスペクトあふれるインタビューは、同作品のメッセージ性を一層感じさせるものとなった。
【動画】映画『本心』予告編■「練馬の喫茶店でぼんやりしている池松さん」を想像していた
池松:今日は気負わず、いろいろお話しようと思って来ました。この作品で、田中さんとご一緒できて心から光栄でした。田中さんは僕にとって伝説のような存在で、自分の俳優人生でこうして共演できる日がくるとは夢にも思っていませんでした。
田中:私は、池松さんが学生の頃「練馬駅近くの喫茶店」でひたすらボォーとしていたという記事を読んで以来、池松さんのお名前やお顔を見たり、聞いたりするたびに、喫茶店でぼんやり時間を潰している池松さんの姿を勝手に想像していました(笑)。
池松:学生時代、練馬に住んでいたんです。田中さんも練馬に住んでいたことがあったとお聞きして、同じ喫茶店に通っていたと教えていただいて驚きました。
田中:今はもうないのですが、当時、練馬駅近くの喫茶店といえば、あそこかなという店があって、私にとってはとても想像しやすく、勝手にイメージをふくらませて親近感を抱いていました。
――映画『本心』は、池松さんから石井監督に「今やるべき作品」と持ち込んで企画が動きだしたそうですね。
池松:原作を読んで、ふと頭に浮かんだのが、田中さんでした。石井さんにもそのことは伝えました。実際に田中さんと共演でき、役を通して触れ合えたことが幸せでした。撮影を終えてからも、もっと共演したかったと感じました。
――池松さんと共演されていかがでしたか?
田中:初号試写で、三吉彩花さん演じる彩花と「もう“さん”付けをやめよう」と話すシーンの池松さんの独特な間(ま)が面白いなと思いました。『愛にイナズマ』(2023年、『本心』と同じ石井監督の作品)を観た時も、池松さんの間が絶妙でとても面白いと思ったシーンがありました。それと、今回の作品では、母親の前で何度も泣くシーンがあって、とても大変だったと思います。リハーサルやリテイクも含めて、泣くシーンを何度も完結させるというのは、どこか何かを削っていくような作業の連続で、かなり精神的に負担がかかってしんどかっただろうなと思うんです。
池松:感無量です。母に見守ってもらえていた息子のような気分です。田中さんと対峙するたびに、自然と感情があふれました。何度も繰り返して、終わるとショートするように気絶しましたが、この映画の情報が解禁になった時に田中さんが「この作品の主人公の男の子はいっぱい泣くんです。『こんなに泣いてるんだったらまぁいいか…』と近い未来の恐怖にちょっとだけ安心する私がいます」というようなコメントを寄せられていて、それを読んでとても感動していました。
■石井裕也監督との10年の対話が生んだ信頼関係
――『本心』は、発展し続けるデジタル化社会の功罪を鋭く描いた作品だ。今と地続きにある近い将来、“自由死”を選んだ母の“本心”を知ろうとしたことから、池松演じる主人公の朔也は、テクノロジーの未知の領域に足を踏み入れる。完成した映画の感想は?
田中:AIやVF(ヴァーチャル・フィギュア)の仕組みはよく分からないのですが、そういった未来的な世界を描いているにもかかわらず、見終わった後の甘酸っぱさが不思議で、監督の誠実さや熱意が伝わる作品でした。私は映画を観終わったあと、家に帰ったら母の肩を抱いて、手でも握ろうかなと思いました(笑)それが不思議でした。
池松:田中さんがおっしゃる通り、生きる実感に触れる映画だと思いました。韓国や中国では個人の言動や性格を学習させたAIと話しができるサービスがすでに始まっていますし、亡き人と対話したいという欲望は大昔から人間が持っているものです。カメラで大切な人を撮影して、映像で残しておこうとすることの延長上にVFがあると思います。この映画で描かれるのは、仮想空間上に“人間”をつくるという、新たな領域に踏み込んだことで起こる人間たちの物語です。
田中:音楽も良かったですね。なんだか気持ちよかった。
――田中さんが演じるお母さんの雰囲気と音楽がすごく合っていたように思います。
池松:とあるシーンで田中さんが突然口笛を吹かれたり、涙を流されたりすることがありました。その二つは特に衝撃的で、「VFって口笛を吹くんだ」「VFって涙を流すんだ」と驚きました。田中さんがお芝居で人間的なことを選ばれるたびに、胸が締め付けられるようなうれしさが湧き、同時にAI的なものを感じるというスパイラルの中にいました。
――口笛は台本に書いてあったんですか?
田中:口笛のシーンは監督から「何かやってみましょうか?」と言われて、現場で思いついたことをやりました。
――先ほど、田中さんが石井監督の誠実さに言及されていましたが…
田中:そういう現場でのやり取りを、監督はひとつひとつ編集して作品にして行かれるのだと思いますが、その過程に監督の誠実さを感じます。それは一役者に対してだけではなく、すべてのスタッフや生きてない花瓶やカーテンに至るまで注がれているのかもしれない。そんな誠実さはやはり作品の要だと思います。
池松:今の言葉、すぐ伝えてあげたいです(笑)。とても喜ぶと思います。僕は10年間、多くの作品を通じて石井さんとの時間を共有してきました。長年、対話や旅を通して築いてきた関係性が確かにあって、間合いや呼吸が合っていたり、価値観や経験を共有してきたことで目指せることがあるなといつも感じます。
■次に共演するときは「もう少し気軽に話したい」
――昨年8月に所属事務所から独立して1年。ジャンルを問わず、さまざまな作品で精力的に活動されていると、お見受けします。
池松:おかげさまで、元気にやっています。独立したことでやらなければならないことや目的がよりくっきりしたと思います。良い出会いが続いていると感じています。
――田中さんは活動のペースをどのようにお考えなのですか?
田中:日々の暮らしの中で、ずっと家事をしているより、この仕事があった方が、ラクかなと思います。撮影が終われば元の日常に戻る。その日常が少し新鮮に感じられるような気がします。
――演じてみたい役はありますか?
田中:もう何もないというか(笑)。
池松:日本で生身の人間とVFの2役を演じたのは、田中さんが初かもしれませんね。
田中:明るく楽しい役がいいですね。
池松:田中さんの自然体の生き方と表現に心から魅了されてきました。また共演したいです。
田中:次はもう少し気軽に話せるようになりたいです(笑)。今回の現場でもお話ししたいと思っていたのですが、何を話せば良いのか分からなくて。
池松:僕も撮影中、遠慮してしまっていました。田中さんがこの作品のことをどう感じられたか、とても気になっていたので、取材という場をお借りしてこうして田中さんとお話できて幸せでした。