既報の通り、「VAIO株式会社」の株主変更が発表された。
2014年2月、ソニー(現在のソニーグループ)はPC事業を会社分割した上で、投資会社である日本産業パートナーズ(JIP)に事業譲渡することを発表した。同年7月に本件譲渡が実行され、JIP傘下の独立起業として現在のVAIOが誕生した。
事業譲渡と新会社発足から10年4カ月――JIP傘下のVAIOを保有する持株会社と、JIP傘下のファンドが持つVAIOの株式をノジマが買い取ることになった。これにより、VAIOはノジマの子会社となる。
ノジマがVAIOを買うことになると、ビックカメラやヨドバシカメラといった他の量販店と競合するのではないか、という懸念の声もある。しかし、仮にそうだったとしても、実はその影響は小さいと筆者は考える。
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この記事では、その理由を解説していく。
●2014年にソニーから独立したVAIO
VAIOの前身となったのは、1996年に製品の販売を開始(厳密には復活)したソニーのPC事業だ。PC事業を復活させたソニーは、「VAIO(バイオ)」ブランドの下でPC製品を展開していくことになる。
ソニーはかつて、AppleやDell(現在のDell Technologies)などの米国メーカーのODM(Original Design Manufacturer)として、PCの設計から生産までを請け負っていた。その経験を生かして、新たなブランドの下でPC事業を改めて立ち上げたということになる。
VAIOブランドの立ち上げ後、ブランド名の由来ともなっている印象的な紫(バイオレット)カラーをまとった「VAIO 505」を始めとする薄型軽量ノートPCが話題を呼んだ。VAIO 505の他にも、ソニーは後世に語り継がれるような魅力的なPCを続々と登場させた。
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魅力的なPCを続々と送り出す“ソニーのVAIO”は、日本だけでなく海外でも人気を集め、グローバルなPCブランドの1つになった。
しかし2010年代前半、ソニーのPCの世界における販売シェアは徐々に低下し、PC事業の利益率も下がっていった。そこでソニーは2014年2月、エレクトロニクス事業の“変革”の一環として自社でのPC事業運営を終了(収束)することを決定した。
それと同時に、ソニーはこのPC事業をJIPが設立する新会社に譲渡することも決めた。新会社は、ソニーと子会社のソニーイーエムシーエス(現在のソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ)が保有するPC事業にまつわる財産/人材を引き継ぐことになった。
その「新会社」が、現在のVAIOということになる。
ソニーは新会社(VAIO)の約5%の株式を保有する一方で、同社の直販チャンネル(現在の「ソニーストア」)においてVAIO製ノートPCを販売するという関係を維持した。しかし、株式の大半はJIP傘下の持株会社やファンドが保有することになり、新会社の経営はJIP主導で行われることになった。
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なお、ソニーのPC事業のJIPへの売却価格は明らかにされていない。しかし、当時の状況や2014年度の通期決算における収束関連費用の状況を見る限り、売却というよりは文字通りの“譲渡”になった可能性が高い。つまり、ソニーが“損切り”のためにJIPに資産や人員ごと譲り渡した――これが当時のPC業界の認識だった。
ただし、繰り返しになるが実際の譲渡金額は公表されていない。当時の契約書でも出てこない限り、本当のところは分からない。
●いつの間にか“JIP最古参”になっていたVAIO案件
このような経緯によって、企業としてのVAIOは2014年7月1日に事業を開始した。今年(2024年)で会社設立から10年経過するわけだが、この10年に間に何が起きたかというと、実は何も起きなかった。少し言い方を変えると、大きな赤字などは出していない一方、大きく成長した訳でもなく、安定して運営されてきた。
若干の紆余曲折はあったものの、本社工場は10年前と同じように運営されており、今でもVAIOの主要なPCの生産を担っている。筆者も10月に行ってきたが、ちょうど新製品の「VAIO SX14-R」の製造が佳境に入った時期で、忙しく製造が行われていた。
一時期、VAIOは主力製品の製造を外部の工場(具体的には海外のEMS/ODM)で組み立てまで実施し、安曇野工場ではカスタマイズ(CTO)に対応するのみという時期もあった。しかし先述の通り、現在は主力製品は本工場で組み立て工程を行っている他、他の製品についても本工場で全量検品を行っている。ある意味で“日本クオリティー”を担保する拠点として機能しているのだ。
しかし冷静に考えると、投資会社がカーブアウトされた(切り出された)事業を10年を超えて保有しつづけている(≒売却先を見つけられなかった)という事実は、VAIOの事業成長がJIPの期待ほどではなかったということを意味する。期待通り、あるいは期待以上に成長しているのであれば、高く買ってくれる売却先がすぐに見つかるはずだからだ。
JIPによるカーブアウト事案としては、2014年にNEC(日本電気)から買収したNECビッグローブの事例も有名だ。NECは直営でインターネットサービスプロバイダー(ISP)サービス「BIGLOBE(ビッグローブ)」を運営していたが、2006年7月にISP事業を「NECビッグローブ」として分社した。
JIPは2014年3月末にNECビッグローブの全株式をNECから取得し、NECビッグローブの商号は翌4月に現在の「ビッグローブ」となった。
そして2017年1月末、ビッグローブはKDDIに売却され、現在ではKDDIグループのISP/MVNOとして活動を継続している。JIPは買収から3年弱で売却に成功したことになる。
JIPのWebサイトを見る限り、VAIOは最も長く「投資中」のフェーズから脱せていなかったことは否定できない。“卒業”するきっかけを見いだせなかったのだ。
もちろん、ISP/MVNO事業を手がけるビッグローブと、ハードウェア事業を手がけるVAIOでは、投資期間なども違っていて当然だし、直接比較することには無理があるかもしれない。
しかし、投資会社から見れば「そんなの関係ねぇ」ことは否定できない事実でもある。10年以上も売れなかったという事実は、軽くない。
●ここ数年で急速なV字回復を実現し急成長したVAIO
長年投資中フェーズにあったVAIOだが、ノジマが2025年1月に特定目的会社(SPC)を通して買収することになった。手法としては、ノジマのSPCがJIP傘下の持株会社(VJホールディングス3)を買収した上で、同SPCがJIP傘下のファンド(JIPキャピタル事業成長パラレル投資事業有限責任組合)が保有するVAIO株式も引き取ることで、合わせて約93%のVAIO株式を間接保有することになる。
ノジマが取得にかける予定の費用は112億円で、内訳は株式譲渡にかかる分(持株会社の買収+株式譲受)が111億円、その他の費用(アドバイザリー費用など)が約1億円とされている。
そうなると、次に浮かんでくる疑問として「ノジマ(あるいは今回は明らかになっていない他の売却候補)にとって、『10年卒業できなかったVAIO』のどこが魅力的だったのか?」という点が挙げられる。実は、買収に当たってノジマが公表した適時開示情報にそのヒントが隠されている。
この適時開示情報には、VAIOの過去3年間における決算状況が記載されている。以下にまとめたのでよく見てみてほしい(同社の会計年度は6月1日〜翌年5月31日となっている)。
これを見て分かる通り、2022年5月期は純利益が3億2900万円の赤字だったのが、2023年5月期には7億1900万円の黒字、2024年5月期には9億8500万円の黒字と急速にV字回復している。それに貢献しているのが、サービスを含めた総売上高を示す「売上収益」だ。2022年5月期から2期(2年間)で、実に約1.87倍に増えている。
2023年6月〜2024年5月の2年間は、PC産業はよくいえば「停滞期」、悪くいえば「マイナス成長期」だった。JEITA(電子情報技術産業協会)が発表した2023年度(2023年4月〜2024年3月)のPC総出荷台数(※1)は668万2千台と、前年度比96.8%のマイナス成長となった。
(※1)JEITA加盟社のみの集計値(Apple Japanやデル・テクノロジーズなど、未加盟社のデータは含まれない)
そういう市場環境の中で、VAIOはどうだったのだろうか。7月にVAIO設立10周年を迎えた際に、筆者が同社の林薫氏(取締役執行役員)にインタビュー取材で尋ねたところ、「直近の会計年度は、2期前と比較して売上高も台数も2倍になっている」と述べていた。これは、ノジマの適時開示情報に掲載された情報とほぼ合致している。
つまり、こうした売上高の拡大は簡単にいうと本業であるPC事業で成功を収められた成果ということになる。市場がマイナス成長の中でも、VAIOは着実に成長している――そういうことだ。
●「B2B特化」が奏功した急成長に「B2Cメイン」のノジマが目を付けた
この急成長は、どのようにして遂げられたのだろうか。その鍵は、VAIOが近年法人向け(B2B)市場に力を入れていることがある。
先述のインタビューの中で林氏は「VAIOのPC出荷台数のうち、(時期によって変動はあるものの)おおむね80〜85%が法人向けである」と説明した。つまり、現在のVAIOのPC事業の“主戦場”は法人向けなのだ。
このこともあり、同社のPC開発体制は法人向けファーストが貫かれている。法人ユーザーが求める機能を実装してパッケージを構成した上で、それを個人向け製品にも展開する形になっている。
最新モデルのVAIO SX14-R/VAIO Pro PK-Rを例に取ると、法人向けモデルであるVAIO Pro PK-Rがあくまでも“先”にあり、それを個人向けにリパッケージしてVAIO SX14-Rが生まれた――そういうことになる。
法人向け優先であることの象徴が、両モデルに搭載されている「VAIOオンライン会話設定」というツールアプリだ。両モデルの3次元ビームフォーミングが可能なマイクを利用することで、より高度なノイズキャンセリングを実現している。
こうした機能は、Microsoft TeamsやZoomで日々ビデオ会議しているビジネスパーソンにとって非常にありがたい機能で、VAIOオリジナルだ。
日本の個人向けPC市場というのは、世界的に見て非常に特殊だと言われている。「個人ユーザーがプライベートで買う」というよりも、「ビジネスパーソンが個人で(仕事で使う)PCを買う」というパターンが大半を占めているのだ。「ビジネス(法人)向けモデルを作れば、それを個人向けにも販売できる」と考えれば、VAIOの商品戦略は理にかなっている。
そうなると、冒頭に挙げた「他の量販店での取り扱い問題」の答えが見えてくる。
VAIO PCの売り上げのうち、量販店で販売される分は多くの人が考えているよりも少ないと思われる。個人向けの「約15〜20%」の台数の多くはVAIOの直販サイトかソニーストア経由で販売されている状況だ。ゆえに、仮にノジマの競合量販店がVAIO製品の取り扱いをやめたとしても、それによる販売台数減は想像以上に軽微なものとなるだろう。
もっとも、現実的に考えれば、量販店は「売れるなら製品を置き、売れないならば置かない」というだけである。店頭で売れるPCを作り続ける限り、VAIOのPCは扱い続けるだろうし、そうでなければ消えていくだけの話だ(ゆえに、VAIOは量販店のニーズにかなうような製品を今後も出し続ける必要はある)。
その上で「VAIOの今」を見ると、ノジマがVAIOを買うことを決めた理由も見えてくる。ノジマの2024年3月期の決算資料を見ると一目瞭然だが、今のノジマグループは個人(B2C)向けビジネスが中心となっている。グループの総売上7613億円のうち、自社で手がける家電量販店事業が2678億円、子会社(ITX、コネクシオなど)を通して手がけるキャリアショップ事業が3465億円と、両事業だけで約80%に達している。
近年、ノジマはISP事業を手がけるニフティを買ったり、キャリアショップ事業を手がけるコネクシオを買収したりと、大規模な買収戦略によって事業の多角化を進めている。しかし、買収した企業はいずれもB2C/B2B2Cがメインである。
B2C事業中心のノジマグループにとって、売上高の80〜85%が法人向けというVAIOは補完性の高い事業(会社)ということなる。既に構築されているVAIOの法人向け販売網を活用/拡充することもできるし、自社が持つ店舗を個人/法人双方のサポート拠点として活用することもできるだろう。VAIO側にとっても、ノジマグループのリソースを活用できるのはメリットがあるといえる。
ノジマにしてみれば、法人向けに強みがあり、堅調ながらも成長を遂げている事業(会社)を112億円で入手できる。率直にいえば、同社の経営陣は“安い買い物”だったと考えているのではないだろうか。
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