日本企業は生産性が低い──日本経済が国際的な競争力を失っていることを語るとき、必ずと言っていいほどこう指摘される。この言葉、実は半分合っていて、半分間違っている。
日本企業で働くブルーカラー社員の現場力、常に効率性を向上し続ける“カイゼン”力は、世界に誇れる水準だ。一方で、問題が山積みなのがホワイトカラー社員の職場だ。例えば、こんな課題に見覚えがないだろうか。
会議準備やメール対応もこなしつつ、忙しく働いている。しかし、気付けば「今日何を成し遂げたのか」分からないし、プロジェクトは遅延するばかり
チームの皆で毎日必死に業務を回しているが、ふと振り返ると間接業務が多い
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なぜ、日本のホワイトカラーの生産性は低いままなのか。「失われた25年」を作り出してきてしまった日本の経営者が今こそ直視すべきこの問題を、詳しく考えていきたい。
筆者は2024年5月下旬に書籍「ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか〜日本型BPR 2.0」を上梓し、おかげさまで3カ月を待たずに3刷が決まるなど、一定のご評価をいただいた。本連載では、そのエッセンスをお届けしたい。
●生産性が低いままである理由とは 日本企業が直視すべき問題
25年は「なぜ」失われたのか? 何がまずかったのか? その原因を正しく認識しなければ、適切な手を打つことはできない。そしてそのまずい状況は、今も続いている。
図表1ー1をご覧いただきたい。日本の名目GDPを、比較対象としての米国・独国とともにプロットしたグラフである。2000年を1.0として重ねてあるので、値の大小には意味がなく、折れ線の角度(傾き)だけに着目していただきたい。
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日本の1990年代半ばまでの経済成長の角度にはまさに目を見張るものがある。しかしそれ以降の停滞もまた顕著であることがひと目で分かる。一方の米国や独国はというと、1990年代までの伸びは日本ほどではないものの、それ以降も一貫して成長している。
2000年前後の日本に何が起きたのか? あるいは「起きなかった」のか?
●ホワイトカラーの働かせ方が間違っている
ほぼゼロ成長が25年も続いた結果、現在の日本の置かれた状況は厳しい。経済的に言えば、日本はもはや、先進国ではなくなりつつある。「日本人はみな真面目に、頑張って働いているが、頑張り方が間違っているのでは」と考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
何が間違っているのか? それは「ホワイトカラーの働き方」、より正確に言えば企業・組織による「働かせ方」である。一人一人の人間性が尊重され、最大のパフォーマンスを発揮していきいきと働ける、そうした環境が実現できていないのだ。
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トヨタ生産方式に代表されるカイゼン文化によって、生産性を高め、現在に至るまで日本企業を支えている「ブルーカラー社員の現場力」に対し、日本のホワイトカラー社員は「グレーゾーン業務」、つまり顧客価値にあまり影響がない社内業務や調整業務に多くの時間を費やしている。
「ホワイトカラーの生産性が低い」という一般的な認識だけはあるが、「なぜ低いのか」を本質的に考えてこなかったし、「ではどうしたらよいのか」についても、多くの経営者や有識者、学者、政府、マスコミは明快な解を提示してこなかった。
いくら長時間、熱心に働いたところで、それが顧客価値につながっていないのであれば、生産性が低いのも当然である。
ではその間、諸外国はどうしていたのかというと、日本とは異なりホワイトカラーがグレーゾーン業務にいそしむことを許されなかったため、結果として生産性を高め続けてきた。自社のホワイトカラー社員たちの共同作業に「デジタルな自働機械」というゲタを履かせ、全体最適を実現して、より効率よくアウトプットを出すという組織能力を、25年かけて、徐々に高めてきたのだ。
日本の企業リーダーが好んで口にする「現場力重視」「人中心」は、デジタル化が進んだ21世紀のホワイトカラー業務においては「マネジメント不在」とほぼ同義になり得る。ボトムアップな「ヒトの現場力」とトップダウンの「全体最適の追求」、両方の合せ技が必須な時代なのだ。ホワイトカラー社員たち個々人がサボっているわけではない。経営者が働かせ方を間違っているのである。民間企業だけでなく、政府・自治体・学校などの組織も状況はまったく同じだ。
組織のリーダーたるあなたは、このことをはっきりと認識しなくてはならない。そしてあなたの部下たちのために、あなたの責任を果たさなければならない。
現場で真面目に、懸命に働いているホワイトカラー社員たちは、自ら「この作業はやめましょう」と言うわけにはいかない。「やめてよい」「全体視点・顧客視点で変えていこう」と言えるのは、その組織の責任者だけなのだ。
なぜ、ブルーカラーの現場ではうまく行ったカイゼンが、ホワイトカラーではうまくいかないのか? それは、ブルーカラーとホワイトカラーは、仕事の性質が根源的に違うからだ。ブルーカラーは主に「一定の品質の・多数の・モノ」を扱う職種であるのに対し、ホワイトカラーは主に「できるだけ有用な・一つの・情報」を扱う職種であって、そのアウトプットの出し方も違う。
従ってブルーカラーに有効だった方法論、例えば現場主導のカイゼンをホワイトカラーにそのまま当てはめても、成果が出るとは限らないのである。この点については、連載第4回で詳しく解説する。
なお、本連載においては「ブルーカラー」と「ホワイトカラー」は単なる職種の違いであり、どちらかが上/下だという見方は一切していないことを念のため付記しておきたい。
●トヨタ生産方式の本質は「人間性の尊重」
トヨタの工長からたたき上げ、副社長にまでなった大野耐一氏が記した名著『トヨタ生産方式〜脱規模の経営をめざして』は、1978年に出版されて以来、トヨタの、さらには高度成長期における日本製造業の成功の原動力とされ、世界中の注目を集めてきた。
「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」を2本柱とするトヨタ生産方式を研究し、それをさらに発展させた「リーン生産方式」(ムリ・ムラ・ムダのない生産現場をつくる手法)も世界中で取り入れられている。
トヨタ自動車の社長を14年務め、2023年に会長に就任した豊田章男氏も、トヨタの自社メディア「トヨタイムズ」にて以下のように述べている。
トヨタ生産方式の2本柱は「ジャスト・イン・タイム」とニンベンのついた「自働化」。「自働化」は、まさに「人のために」。「人間尊重」ということ。〈中略〉
もう一つの柱は「ジャスト・イン・タイム」。ジャスト・イン・タイムを詰めていくということを言い換えれば、リードタイムを究極に短くしていくとゼロになるということ。その仕事自体が必要なくなれば、一番のジャスト・イン・タイム。
ただ、ゼロにはならない可能性があります。だけど、手待ちとか手戻りは省こうよと。ゼロになれば、その仕事はやめて、他の仕事をすればいい。そこまで続けるということ。
「トヨタ春交渉2021 #3 『トヨタ生産方式』『カーボンニュートラル』『SDGs』一人ひとりに何ができるか」より引用
大野耐一氏と豊田章男氏に共通するのは、「トヨタ生産方式の根幹は人間性の尊重である」という理念である。
実のところ、トヨタ生産方式は決して労働者に優しい(甘い)仕組みではない。むしろ、非常に厳しい考え方である。ただでさえ、機械化された生産ラインでは“機械的”な、つまり非人間的な動き方を余儀なくされる。「標準作業手順」と「タクトタイム」が設定され、同じ作業を最小限の動作でこなすことによって、品質を維持しつつ作業時間の短縮を目指すことになる。
その上常に「少人化」を目指し、余った人員が出れば「他の仕事をしてもらう」ことを是としている。そのために「多能工化」を普段から進めており、自分の得意な領域にとどまることを許されない。
「他の仕事をしてもらう」といえば多少聞こえはよいが、目指しているのは生産性の向上、つまりは人員数の削減によるコストダウンである。そしてこれは、余った人員を解雇するのではなく「他の仕事」に回すことができる、つまりずっと成長を続けているトヨタだからこそできることでもある。
社員の雇用を何より重視するトヨタが、一方でなぜここまで“優しくない”手法をとるのか?
トヨタが特に日本国内においては雇用の維持を第一に考えていることは広く知られている。豊田氏は「国内生産300万台体制は石にかじりついてでも死守する」と繰り返し述べている。トヨタ本体のみならず、そこに連なる膨大なサプライヤー(トヨタでは「お取引先様」と呼ぶ)で働く人たちの雇用を守ることがトヨタの使命だと考えているのだ。
ところが一方で、トヨタ生産方式は、大野耐一氏の時代から「少人化」を是としている。これはなぜだろうか? 「雇用の維持」と「少人化」はなぜ矛盾しないのか?
●厳しいWin―Win
人間には、付加価値の高い仕事をし、さらにその付加価値を上げていこうと努力する、という意欲と能力がある。ところが管理者の側が、それを発揮させず、付加価値の低い仕事をさせ続ければ、それはまさに人間性を尊重していないことになる。
そして、社員に生産性の低い仕事をさせ続ければ、結局は企業としての生産性そして収益性も低いままとなり、企業は社員に十分な給料を払うことができなくなる。長期的には、雇用も維持できなくなる。これも人間性の尊重にもとる、とトヨタは考えているのだ。
トヨタ生産方式とは、「少人化」という圧力を現場に常に与え続け、トヨタの競争力を上げ続けることが、結果として労働者の雇用を維持し、給料を上げることにもつながる、という、いわば「厳しいWin―Win」を目指す仕組みなのだ。
そしてそれは同時に、「他の仕事」が常にある、つまり常に成長し続けていることが前提であるという意味で、経営者に対しても厳しい要求を突きつける。少人化させながら、「他の仕事」が用意できなければ、解雇するしかない。つまり従業員と経営者がともに「厳しいWin―Win」にコミットする、のがトヨタ生産方式の本質なのである。
そして実際、トヨタ生産方式によって、トヨタは世界一の自動車メーカーになり、世界のあらゆる製造業および非製造業の手本となった。
だが、日本のホワイトカラーの現場はどうなのだろうか?
日本のホワイトカラー職場において「少人化」、つまり人数を減らすことで生産性を向上させようという意識が徹底されているという話をあなたは聞いたことがあるだろうか。経営者が「厳しいWin―Win」にコミットし、「生産性が上がったら他の仕事をしてもらう」という運用は?
あなたの会社ではどうだろうか? 少人化によって、生産性を向上させつつ、勤労者の人間性をさらに高めようとしているだろうか?
ブルーカラーもホワイトカラーも、同じひとつの会社の中で働いている同僚である。にもかかわらず、この違いはいったい何なのだろうか? 本連載ではこれを順に解き明かしていく。
(村田聡一郎、SAPジャパン株式会社 コーポレート・トランスフォーメーション ディレクター)
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