香港とマカオに繋がる常設ストップ・アンド・ゴーの珠海(ズーハイ)国際サーキットを経て、いよいよ伝説的なトラックであるマカオ市街地ギア・サーキットで2024年シーズン最終戦を迎えたFIA TCRワールドツアーの第7戦は、予選最速からのポール・トゥ・ウインを決めたテッド・ビョーク(リンク&コー・シアン・レーシング/リンク&コー03 TCR)が、まずは選手権首位までわずか5点差と詰め寄ることに。
しかし今季最終ヒートが予定された日曜は、レース2の開始が豪雨ディレイとなる天候波乱も発生するなか、王者ノルベルト・ミケリス(BRCヒョンデN・スクアドラ・コルセ/ヒョンデ・エラントラN TCR)が5位フィニッシュで先着、晴れてワールドツアー連覇で自身3度目の世界王者を獲得している。
今季2024年よりメインレースの位置についたFIAフォーミュラ・リージョナル(FR)ワールドカップを筆頭に、GT3規定モデルが争うFIA GTワールドカップや二輪ロードスポーツなどとの併催で、第71回マカオグランプリにおけるTCR規定ツーリングカーによる“ギア・レース”も11月14日〜17日の会期で開催された。
その前哨戦となった珠海では、ミケル・アズコナ(BRCヒョンデN・スクアドラ・コルセ/ヒョンデ・エラントラN TCR)とマ・キンファ(リンク&コー・シアン・レーシング/リンク&コー03 TCR)がシーズン初勝利を飾り、言わずと知れた2012年のWTCC世界ツーリングカー選手権王者ロブ・ハフが、このアジア2連戦限定ながら世界戦復帰することでも話題を集めた。
一方のタイトル戦線では、連覇を目指すポイントリーダーのミケリスを筆頭に、エステバン・グエリエリ(GOATレーシングチーム/FL5型ホンダ・シビック・タイプR TCR)やビョークとヤン・エルラシェール(リンク&コー・シアン・レーシング/リンク&コー03 TCR)、そして前戦勝者アズコナまでが27ポイント圏内にひしめくことに。
さらにサンティアゴ・ウルティア(リンク&コー・シアン・レーシング/リンク&コー03 TCR)やネストール・ジロラミ(BRCヒョンデN・スクアドラ・コルセ/ヒョンデ・エラントラN TCR)も週末獲得可能な最大75ポイントの範囲内につけ数字上のタイトル獲得可能性を残すなど、多くの実力者たちがそれぞれの立場でマカオに乗り込んできた。
迎えた走り出しのフリープラクティス1(FP1)からは、コンディションが変わりやすい難攻不落のガードレール・ジャングルでジロラミが連続トップタイムと先行したものの、金曜予選ではシアン・レーシングのビョークがトップに立ち、チャンピオンシップリーダーのミケリスを2列目4番手に退けての同地初ポールポジションを獲得した。
「これは非常に重要なことだ。明日は簡単ではないだろうが、これで少し楽になったね」と、終盤戦で上り調子のアズコナもフロントロウに従えたビョーク。
「ポールを獲得できたなんて信じられない気分だ。ここマカオでは大きな意味がある。ずっと達成したいと思っていたことだし、セッション中は自分のメンタルフローに集中した。最初からクルマは完璧にセットアップされていたし、心からシアン・レーシングとリンク&コーに感謝する」
その一方、このマカオの週末で苦戦を強いられたのがホンダ陣営のスペイン艦隊であるGOATレーシング勢で、予選でペースに苦しんだマルコ・ブティが大クラッシュ、ドゥサン・ボルコヴィッチはグリッドペナルティを受けると、選手権2位で臨んだエースのグエリエリも、後方スタートからレース1のオープニングラップでリスク承知のアタックを敢行する。
名物リスボア・ベンド(ターン3)でエルラシェールのインサイドにダイブすると、レイトブレーキングが祟り僚友ブティの進路を塞いで両車はクラッシュ。スピンに陥って大規模な玉突き事故を引き起こしたグエリエリを起因に赤旗となり、タイトル挑戦への希望はほぼ絶たれる事態となってしまった。
これでポールポジションから圧倒的な勝利を収めたビョークが、背後でポジションを入れ替えるチームプレーも演じたミケリス&アズコナのヒョンデ艦隊に対し、リバースグリッドの日曜レース2で10番グリッドからの逆襲を期すこととなった。
「彼らには大きな敬意を表さなければならないが、今日は僕のトラックのように感じた」と2017年にWTCCタイトルを獲得して以来の世界王座まで、あと5点差と迫ったビョーク。
「まず昨日(予選で)のミケル(・アズコナ)の仕事に祝福を。僕はわずか0.2秒差で彼に勝つことができたが、彼のクルマには(補正重量の)ウエイトがもっと載っていた。彼のすぐ前でスタートし首位をキープできたのが、今日の勝利のポイントだったと思う。ミケルはとてもタフなファイターだが、今日は僕に敬意を払ってくれた。勝者としてここに座れてとてもうれしい」
タイトル獲得の主役たちの間には、それぞれのチームメイトであるアズコナとエルラシェールを挟み、現王者ミケリスは6番手からのスタートに。しかし日曜早朝からパドックを襲った大雨により各カテゴリーのスケジュールに大幅な乱れが生じると、主催者は最終的にFIA GTワールドカップの直後にTCRのレース2を組み込むことに成功した。
セーフティカー(SC)先導によるリバースグリッドの先頭には、TCRチャイナ登録のアンディ・ヤンとマーティン・カオ(ヒョンデN/ヒョンデ・エラントラN TCR)、さらにリンク&コーのマ・キンファが続く中国人ドライバーのトップ3が形成される。
ここから12周に延長されたレースの3周目にSCが去り、隊列がレーシングスピードを取り戻すと、この条件でスリックタイヤを装着したGOATレーシングのFL5シビックR軍団が躍進を見せ、ボルコヴィッチが6周目に首位浮上に成功。さらにレース1後のペナルティでグリッドを3つ下げていたグエリエリと、僚友ブティもあっという間に背後へ続き、誰にも挑戦されることなくワン・ツー・スリー・フィニッシュを達成し、クラッシュ、ペナルティ、ドライバー3名全員のトラブルなど、当初は困難に見舞われたマカオの週末で驚くべき挽回劇を演じてみせた。
■3冠王者がチームメイトたちに感謝
一方のタイトル争いでは、チームメイトのアズコナとジロラミを早々に追い抜いて4番手としたミケリスに対し、序盤は10番手のまま推移したビョークは、終盤のSC再発動から残り1周のスプリントでもBRCヒョンデ艦隊の3台を攻略する手段がなく8位止まりに。これで最終的に5位チェッカーを受けたミケリスが2年連続のワールドツーリングカータイトル、通算3度目の世界チャンピオンを決めてみせた。
「正直に言うと、とてもストレスを感じていた。昨日は眠れず、頭の中はいろいろなことが渦巻いていたんだ」と明かしたハンガリー出身の王者ミケリス。
「今日は難しい日になるだろうと分かっていた。天候、変わりやすいコンディション、レース延期で、人生でもっともツラい朝と午後の早い時間帯になったね。でも、チームとチームメイトに心から感謝したい。始めた頃から、このフォーマットでは有能なチームがあれば、チャンピオンシップを争える可能性が非常に高いことを理解していたんだ」と続けたミケリス。
「だから、BRC、ヒョンデ、ネストール、ミケルには本当に感謝している。正直、彼らがいなければ僕は今日、ここに座っていることはなかっただろうから。今日はとても幸せな日で、僕にとって特別な日になったよ」
ここマカオで2010年に世界戦レベルの初勝利を飾っているミケリスは、そのWTCC時代を経て40代を迎えた今が、競技者として最善の状態にあると言葉を続けた。
「14年前、ここで初めてWTCCのレースに勝ったときのことを鮮明に覚えている。素晴らしい気分だった。でも、まったく違うドライバーで、まったく違う人間でもあったんだ。14年間の人生経験、さらに子供を持つことで、成長するために大切なことに気づくんだ。この14年間、僕らは成功ばかりを夢見るが、僕にとって人生は成功そのものではない。成功を経験するのはとても楽しいけれど、おそらく2週間後には、誰もが来季のことを考え始める。つねにストレスのサイクルなんだ」と胸中を語った世界戦“3冠”王者のミケリス。
「僕が気づいたのは、悪い経験は(ただの)悪い経験だと過去に何度も思っていたということさ。2017年に(ビョークとの勝負でWTCC)チャンピオンシップを逃したり(ハンガリーでの)地元レースで運が悪かったりして、この世の終わりだと思ったこともあった」
「今年、僕も40歳になった。この年齢では物事をあるがままに受け止める傾向がある。この立場にいられること、僕の周囲にこのチームがあること、そして情熱を注げることにとても感謝している。悪いことも旅の一部であり、成功(それ自体)だけが旅に不可欠なモノではないことに、今は気づいているよ」