元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
そんな宇垣さんが映画『動物界』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:原因不明の突然変異によって、身体がだんだんと動物へと化していくパンデミックに見舞われている近未来。妻がその奇病にかかっている主人公だったが、16歳の息子の身体にも次第に変化が出始めた。奇病にかかった新生物と人間との分断が激化するなかで、親子が下した最後の決断とは…?
フランスで観客動員100万人を超えるスマッシュヒットを記録した本作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です。)
◆動物に変化する人々の造形は恐ろし気ながら、その不穏さがどこか美しい
いったい何がその人をその人たらしめているのだろう。容姿か、心か、それともこの体を形作る細胞か。では、私に牙が生え、体表が毛に覆われ、言葉を持たぬ獣となった時、それは私、なんだろうか。
舞台は人間が動物へと変化していく奇病・アニマライズが流行している近未来のフランス。病にかかった人は“新生物”と呼ばれ、その凶暴性から施設で隔離されている。料理人のフランソワの妻・ラナもそのひとり。
フランソワは息子のエミールと共にラナが隔離のために移送される南仏へと移り住むが、ある日移送中の事故によって新生物たちが野に放たれてしまう。フランソワは必死にラナの行方を探すが、その頃エミールの身体にも異変が起こり始めていた。
鳥やタコ、カメレオンやオオカミなど様々な動物に変化する過程の人々の造形は恐ろし気ながら、その不穏さがどこか美しい。病が進行し徐々に仕草や考え方が動物的に変わっていく様子は痛みも含め生生しく、特に鳥人間の飛翔には解放感と共に神々しさすら感じて圧倒された。
獣と化した人々によるホラー映画かと思いきや、中心にあるのは父子の愛。ダークファンタジーをベースに、16歳の息子の心の揺らぎと人間関係をとらえた青春ドラマと、そんな彼を受け入れていく父を追った家族ドラマになっている。
◆大切な人が、あるいは私が、新生物に変わってしまったら
人々は新生物を排除するか、共生の道を探るかで分断され、恐れを越えて嫌悪感のような過剰な反応を示す人々の姿はコロナ禍での混乱を彷彿(ほうふつ)とさせる。
心もまた獣の本能に支配されゆく新生物たちの様相に、私は認知症にかかり以前のその人ではもはやなくなってしまった親族のことを思い出した。他にも移民問題やルッキズムなど、様々な現実にある問題が新生物をとりまく人々に反映されている。
恐ろし気なルックに反して、後味はとても爽やか。冒頭と終盤の父子二人のドライブシーンの対比の鮮やかさといったら。彼らの力強い選択に温かさと少しの寂しさを感じ、ほろほろと涙がこぼれて仕方なかった。
大切な人が新生物に変わってしまったら、私はどうするのだろう。あるいは、私が変わってしまったら。見終わった後もずっと考えている。
『動物界』
監督:トマ・カイエ 脚本:トマ・カイエ/ポリーヌ・ミュニエ 出演:ロマン・デュリス ポール・キルシェ アデル・エグザルコプロス ©2023 NORD-OUEST FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINEMA – ARTEMIS PRODUCTIONS. 配給:キノフィルムズ
<文/宇垣美里>
【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。