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15年ぶりに与党が過半数割れとなった衆議院選挙。注目は今後の政局へと移りました。総選挙の前に注目を集めた自民党総裁選は、いまや随分過去の出来事のように映ります。
【その他の画像】解雇規制の見直し議論はなぜ深まらないのか。議論で見落とされているポイントとは?
その総裁選で話題に上った解雇規制の見直しに関する議論も、すっかり鳴りを潜めました。これまでも解雇規制はにわかに話題に上っては萎(しぼ)む――ということを繰り返してきましたが、今回も総裁選限定の話題で終了しそうです。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。
時代の移り変わりとともに、個人の働き方や労働環境が刻々と変化を遂げている中で、解雇をめぐる議論は取り残されている感があります。解雇規制の見直し議論はなぜ深まらないのか、議論で見落とされているポイントを考えてみたいと思います。
●「解雇規制の見直し」が叫ばれる理由とは?
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解雇規制をめぐっては「制度が厳しすぎる」といった規制緩和を望む意見から、規制緩和は「怖い」という不安の声まで、さまざまな反応があります。
解雇規制を見直す主な理由として総裁選で挙げられていたのは、硬直的な労働市場の流動性を高めるためです。
昨今は転職や副業が一般的となり、意思さえあれば職場を替えやすくなりました。有効求人倍率は1倍超えで、求人数が求職者数を上回る状態が続いています。一方で、いまや高度経済成長期のように事業が継続的に発展し増員し続けられるような環境ではなくなりました。退職しても次の仕事がすぐ見つかる、というわけではありません。誰もが自分の望む職場に移れるような市場環境には、ほど遠い状況です。
その点、解雇規制を見直して、企業が従業員を解雇しやすくすれば、会社は意に沿わない社員を辞めさせる分ポジションが空くため、労働市場の流動性を高められます。社員は退職しても今より次の職場を見つけやすくなるはずです。
●日本の労働市場が硬直的といわれる背景
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前提として押さえておくべきことですが、会社と社員とでは当然、力関係に大きな差があります。社員1000人を抱える会社にとって、1人の退職は基本的に1000分の1のダメージでしかありません。退職した社員にとっては生活を支える収入源を失うことになり、人生の一大事です。労働市場が今よりさらに流動化しようがしまいが、極端な売り手市場にでもならない限り、退職をめぐる重みは会社側と社員側とでは雲泥の差があります。
一方で、会社側にとっては、有期雇用の場合を除き、一度社員を採用すると定年まで雇い続けなければならないというプレッシャーが生じます。そのため採用には慎重になります。仮に採用後に社員の能力不足が判明したとしても簡単には解雇できません。大抵の場合、解雇は不当と判断されるからです。
解雇できないと、能力が不足した社員であっても扶養するかのごとく雇い続けることになります。その結果、他の人材と入れ替えたいはずのポジションが空かないままになります。日本の労働市場が硬直的といわれるのは、そういった背景が影響しています。
能力不足の社員を雇い続ける会社側も、能力不足だと思われながら雇われ続ける社員側も、どちらも不幸です。
●解雇時の金銭補償、現行は不十分
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「日本は解雇規制が厳しい」という声が挙がる一方で、実際にはたくさんの解雇が起きているのも事実です。
厚生労働省が公表した「令和5年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、総合労働相談コーナーに寄せられた解雇にまつわる問い合わせは年間3万2944件に及びます。それらの中には不当解雇に相当するものがかなり含まれていると考えられます。
なぜなら、労働契約法16条には解雇について「客観的に合理的で社会通念上相当」であるかどうかという一種の基準が示されているものの、過去の判例などから解雇の合理性が認められるのは簡単ではないからです。
いわゆる正社員として採用されると、会社は強い人事権で職務や勤務場所などを変更できます。その反面、社員が能力不足であったとしても、持てる能力を生かせるポジションを見つけて異動させ、雇用維持する責任も負います。会社は強い権限を持つ分、相応の責任も負うのです。
業績不振であっても雇用維持の努力が不十分だと会社は責任を果たしたことにならず、「景気は悪いし、キミは使えないからクビだ!」では合理的で社会通念上相当な解雇と見なされません。解雇が不合理だと判断されるのは、社員があっせんや労働審判、裁判などで会社と争った場合です。
解雇されて一日でも早く次の仕事を見つけなければならない状況の社員が、就職活動もしながら会社と争ってその不合理を証明しようとするのは大変な労力とストレスがかかるでしょう。そのため多くの場合、泣き寝入りせざるを得ません。
法制度が定める解雇時の金銭補償といえるのは、労働基準法20条に記されている30日分の手当くらいです。もし争っても、あっせんなどでは解決金が数万円程度で済まされることもあります。「解雇を金銭解決するルールを定めれば、金さえ払えば解雇できてしまうようになる」と批判する声も聞きますが、不当な解雇をするような会社に戻りたい人は、そう多くはありません。
結局辞めることになるならば、次の仕事を見つけるまでの生活が保障される水準以上の金銭補償などをルール化することで働き手の保護につながる面があります。一銭も受けとらずに解雇されるケースがあることを踏まえると、今は金銭補償が著しく不十分な状態です。
●必要なのは解雇規制の緩和ではなく……
このように、日本は解雇をめぐって未整備な部分が見られますが、ルール整備を待たずに雇用の現場は先に進んでいます。中でも大きな変化の一つは、無期雇用の多様化です。雇用期間も職務も勤務地も無限定な社員は正社員と呼ばれますが、いまは無期雇用ではあるものの職務や勤務地などが限定されているケースが増えてきています。
増えている理由は大きく2つ。1つは、労働契約法18条に定められた無期転換ルールによって、有期雇用の契約更新を繰り返して5年を超えるなどの条件を満たした社員が無期雇用化していることです。無期雇用だからといって、それがいわゆる正社員とは限りません。職務や勤務場所などに制限があったり、同じ無期雇用ではあるものの就業規則が別で定められていることもあります。
もう一つは、ジョブ型などと呼ばれる人事制度の広がりです。職務ありきで契約する欧米のようなジョブ型雇用とは異なり、内実は会社の一員として所属契約するメンバーシップ型雇用の正社員でありながら、職務内容を限定するという矛盾した側面を持つ、職務限定社員などを指します。
ひと昔前のように無期雇用といえば無限定なメンバーシップ型の正社員だけを意味した時代は終わり、無期雇用のあり方は多様化しつつあります。しかし、解雇の合理性をめぐる基本的な考え方は正社員を前提にしたままです。
無期雇用=正社員一択ではなくなってきている以上、それに合わせて解雇に関するルールも整える必要があるはずです。無期雇用でも職務や勤務地などに制約があれば、会社は配置転換時に配慮することになります。となると職務限定の場合、業績不振などで同じ職務での雇用維持が難しくなれば解雇することに一定の合理性がありそうですが、いまはその点が曖昧(あいまい)です。
「滋賀県社会福祉協議会事件」と呼ばれる事件の裁判では、職種限定合意がある社員を会社が強制的に異なる職種へ配置転換できないとする判決を最高裁判所が示しました。職種限定だと人事権が制限されることがハッキリしたことになります。それなのに、解雇の合理性判断は無限定な正社員を前提としたままでは、権限と責任のバランスがとれているといえるのか疑問です。
働き手の立場が弱いことを考えると、解雇規制を緩和することは望ましくないと思います。会社が解雇権を濫用してしまっては雇用が不安定になります。
しかし、実際には多数の解雇が起きていると考えられる中、法律で定められている金銭補償は十分とはいえません。さらに、無期雇用の多様化が進んでいるにもかかわらず解雇をめぐっては正社員が前提のままなので、ジョブ型と称しつつ実態はジョブ型雇用ではないという矛盾が生じています。本当はもっと長く雇用したいと職場側が思っていたとしても、5年や10年など無期転換ルールに抵触する前を目安に、有期雇用は契約更新を止められてしまいます。
それでは、働き手にも会社にも不利益が生じます。必要なのは解雇規制の緩和ではなく、解雇ルールを整備することです。雇用の現状に対して、解雇ルールは後手に回っています。望ましい労働市場の姿を描いた上で、丁寧かつ早急に整備する必要があります。
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