松下洸平が、地上波連ドラ単独初主演と聞いていまさら?と感じてしまう。これはほんとうに、意外すぎる!
毎週土曜日よる9時から放送されている『放課後カルテ』(日本テレビ)が、正真正銘、松下洸平の単独初主演ドラマなのだ。これまでの出演作品と連動しつつ、ひと味違って、松下の演技が新鮮に感じられるのはどうしてか?
イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、地肌そのもののような演技と感じる本作の松下洸平を解説する。
◆意外過ぎる単独初主演
『放課後カルテ』の松下洸平は、これが地上波連ドラで単独初主演である。えっ、うそ。ほんと? 主演クラスの役回りがこれまでにたくさんあったから、わざわざ「単独」なんて言葉を持ちだすと、意外過ぎるんだよなぁ。
れっきとした単独初主演作を前にこちらは襟を正して第1話冒頭を見始めてしまう。画面に初登場する主人公・牧野峻(松下洸平)は、ポケットに手を突っ込んでやや重い足取り。小学生たちが追い越していくと、橋の上に立ちどまる。ワンカット目からすでにいい感じ。
どこへ向かっているかというと、学校医として保健室に常駐することになる東多摩第八小学校に初登校するためである。この初登場場面の初登校をテンポよく描くことで、松下洸平の単独初主演感が、手際よく丁寧に整備されていく。
◆天然素材系キャラから路線変更
全校集会の場面。赴任挨拶をする峻だが、「保健室にはなるべくこないでもらいたい」と粗暴にちゃちゃっと済ませる。解散後、クラス担任の篠谷陽子(森川葵)から注意を受ける。それでも態度を変えず、今度はさらに「怖がるやつは怖がらせておけばいいでしょ」とどすを効かせる。
こういうやさぐれた感じの松下洸平もいいなぁ。(全出演作を見ているわけでないが)近年、松下が演じるキャラクターはしっとりやわらかな天然素材系が多くなった。ここにきてちょっとしたキャラの路線変更は新鮮である。
天然素材系キャラは、川口春奈との共演作『9ボーダー』(TBS、2024年)で集大成だったというか、ひとつの区切りになったんじゃないかな。さらにいうと、金子ありさの脚本が、松下からシルキーな上質素材だけを見事に刈り取ってみせたのではないか。
◆ストーリーとは別次元で物語る意志
そうして彼はすっきりした状態で、単独初主演作に挑むことができたと考えることができる。挑むといっても、冒頭の橋を渡る場面で明らかなように、完全に脱力している。松下洸平はただ歩くだけで、物語がただちに動きだす。
『9ボーダー』でもギターを背負ってなぞめいた雰囲気を醸す松下が、どこからか歩いてくるだけで、その足跡の分だけ物語が生まれた。同作で松下が演じたコウタロウの歩調が、物語自体のストーリーとは別次元で、物語る意志みたいなものを感じさせた。
その意志によって、ただ歩くという動作を反復させ、次の作品へ、うまくシームレスにつなげているところがある。松下洸平は作品間を軽々と超える。ぼくら視聴者も松下の過去作を振り返っては、その足跡がどんどん一本線で続く松下洸平その人の物語を、その都度加筆することになる。
◆松下洸平の“愛の物語”
毎年時間をかけて出演作を重ねる。作品間で連綿とつむがれる松下洸平物語をぼくらはリアルタイムで体験してきた。そして今、単独初主演作が新たな物語を語り始めている。今さら過去作を振り返ってみて気づく。あぁ、意外と単独初主演だったんだなと。
まるでひとつの長編作品のように結ばれる松下の作品歴からは、出演作品だけでなく、歌い手としてのソロ楽曲にも物語性を感じずにはいられない。2021年にリリースしたミニアルバム『あなた』のリード曲「あなた」のサビに傾聴してみる。
「あなたが好きで 好きで 好きで 好きで 好きで」と「好き」が実に5度も繰り返されている。この歌詞のリフレインは、サビ終わりの「Lで始まる 終わらない物語」へと見事にフレーズが連動している。「あなた」を歌う松下洸平の“愛の物語”がやさしげにぼくらをつつみこむ。
◆地肌そのもののような演技
アサヒ生ビールのコマーシャル「出張とおつかれ生です。」篇でも、居酒屋のカウンター席に座った松下が、一杯目のビールを口にして「はぁぁぁ〜」とやさしい息を吐く。こんなさりげない音の響きにも、ビールCMの宣伝を超えて物語性を放出できる人。シンガーソングライターでもある松下洸平その人が、ひとつのリリックになっている。
では、「子どもだからなんだ」と子どもたちに高圧的な態度をとってばかりいる『放課後カルテ』の牧野峻役に、これまで同様にやさしい物語性を読み取ることはできるのだろうか。ビールCMのようにさりげない音に注目するなら、「おはよう」など日常的な言葉を発するときの峻は、なぜかゴニョッと早口で語尾までちゃんと発音しない。
その代わり彼は猫背の後ろ姿を印象付けながら、前のめりですたすた歩く。歩くだけで物語を生みだす俳優である松下の語尾に豊かなあいまいさを感じながら、この猫背から静かな語りをキャッチできる。
これまでの目に見えて上質な天然素材を一枚一枚丁寧に脱ぎながら、よりシルキーな地肌そのもののような演技が徐々に見えてくるのだ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu