トヨタ/TOYOTA GAZOO Racing(TGR)のモータースポーツ活動の現場の責任者を務める加地雅哉部長。その担当範囲はWEC(世界耐久選手権)、スーパーGT、スーパーフォーミュラ、さらに今季からはハースとのF1提携活動も加わった。その加地部長の働き方や仕事内容を聞くとともに、TGRとハースF1の取り組みの現状と詳細、そしてF1の技術を活かした日本のモータースポーツへの次の取り組みについて聞いた。
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⎯⎯まずはWEC第8戦バーレーンの優勝おめでとうございます。マニュファクチャラータイトルも獲得して、6連覇になりました。
「ありがとうございます。今季はすごく苦しいシーズンでした。最後7号車は残念でしたが(燃料ポンプのトラブルでリタイア)、8号車が粘り強いレースを見せてくれて、もちろんラッキーもありましたが、今シーズンの最後をしっかり優勝で終えることができました。タイトルをひとつ獲ることができましたし、本当に苦しかったですが、チームのみんなもよく頑張ったと思います。サポートして頂いたみなさんに感謝しています」
⎯⎯今週末(取材した11月3日の週末)はWEC最終戦があり、スーパーGT第8戦もてぎがあって、その前には加地部長はF1アメリカGPの現地にも行っていました。加地部長の担当、どの現場へ行くのかなど、カテゴリーごとに携わる割合などはどのように決めているのでしょうか。
「F1については始まったばかりなので、まだ何とも言えないですね。F1に限らず、どのカテゴリーでも現場に任せるべきところは任せてはいるつもりです。自分は手薄なところにも入っているので、カテゴリーの割合は考えたことがないですが、今は国内の方が多いですね」
⎯⎯WEC第8戦バーレーンは、最終戦でタイトルが決まりそうということもあり大事な一戦かと思いましたが、今回は同日開催のスーパーGTのもてぎに来ています。
「とても悩みました(苦笑)。だいぶ悩んで、いろいろ相談した結果です。気持ちとしてはバーレーンに行って、最終戦できちんとチームのみなさんと締めくくる、というのが一番いい形だと思っていましたが、それができなかったことは悔しいです」
⎯⎯裏を返せば、そのくらいスーパーGTもすごく重要だということでしょうか。
「はい。もともとは(もてぎが)最終戦だったということもありますが、シーズン終盤で来年に向けた準備も佳境に来ています。そういう意味では、さまざまな決めごともしていかないといけません」
「レースの勝敗も大事ではありますが、来年のドライバーを含め、体制づくりの種まきをしていかないといけません。ですので、自分の(携わっている各カテゴリーの)割合はわからないです」
⎯⎯スケジュールに関しては、年間である程度決めてはいるけれど、直前で判断して臨機応変に動くということでしょうか。
「そうです。おおよそを年間で決めていて、スーパーGTとスーパーフォーミュラは基本的に現場にいるようにはしています。それでも、突発的に海外のレースに行くこともあります。WECは現地に行くレースを決めていまして、今年だと結果的に半分ぐらいの現場に行きました」
⎯⎯2025年は先月(10月11日に発表されたトヨタ/TGRとハースF1の技術提携)発表されたF1も加わります。
「どのぐらいの割合かは検討中でして、私が来年いつどこにいるかはここでは差し控えさせていただきます」
⎯⎯そのF1についてですが、先日、小松礼雄ハース代表に取材した際、小松代表はモリゾウ氏と同様に、加地部長の存在の大きさを話していました。実際に現場で仕事をする加地部長が信頼できるからこそ、このプロジェクトが始められたと。
「ありがたいですね」
⎯⎯とは言いましても、もともと加地部長、そしてTGRとしては、F1チームとの提携について、ハースと決めて交渉していたわけではないですよね。いくつかの候補があったと思いますが、加地部長としてハースを選んだ決定打はどこにあったのでしょうか。
「まず、コラボレーションは人と人でやるものだと思っています。そして、ファーストコンタクトで小松代表の考え方や想いというものに、すごく共感するところがありました。とてもピュアでエンジニアリングにすごくストレートな方で、キャラクター的にも裏表が一切ない方です」
「私もエンジニアとして長くこの仕事に携わっていますので、技術開発を一緒に進めていけることや人を育てることに対しての想いが同じところにあるという点は大きかったと思います」
「F1は、いわば世界トップのプロフェッショナルスポーツ。ですので、勝負にこだわるのは当たり前ですが、お金にモノを言わせるのではなく、しっかり人と技術を育てていくというところに着眼点を置いています。そして、その時々のゴールを設定して、そこに向けて準備をしていく、などの道筋を小松代表と一緒に描けるところが決め手として一番大きかったと思います」
⎯⎯平川(亮)選手がマクラーレンのリザーブドライバーというつながりもあり、マクラーレンという可能性もあったと想像しますが、マクラーレンとは全般的に人材育成というよりも、ビジネス的な側面が強かったということでしょうか?
「マクラーレンとの関係がビジネスだとかということはまったくありません。今も良い関係でコミュニケーションをしています。今回の件に関しては、人材育成という観点でどういった取り組みができるかという部分を見たときに、お互いに良いところを出し合い、人を育てていくことのできる環境が、今のTGRの体制と今のマクラーレン、ハースの体制とそれぞれ噛み合った結果だと思います。ですので、決してマクラーレンとハースを比較して決めた訳ではありませんし、ハースとマクラーレンで、できることはそれぞれ違うと思います」
⎯⎯ということは、ハースとともに、マクラーレンとの関係もゼロになった訳ではない。
「今回発表した人材育成や技術の提携についてはハースとしっかりやっていきますし、マクラーレンに関しては平川選手がお世話なっていますし、その関係がなくなる訳ではありません。別の領域も含めて考えていくことだと思います」
⎯⎯技術的な部分についてお伺いしますが、そもそも、WECでタイトル獲得や連覇する技術力、開発力のあるTGRでも今のF1の技術とは違いが多いということでしょうか。
「やっていることはクルマ作りなので、大もとは変わりません。でも、F1は週単位で改善していくところと、性能のピークを上げることに重きを置いて、それを短いスパンで回していきます」
「WECなどの耐久ではもちろん性能も必要ですが、信頼性をどのくらいしっかり保てるかが大事です。ですので、その趣の部分でバランスポイントが違います。より耐久性を重んじて開発するWECや耐久レースと、より性能を重視して開発するF1とでは、どちらが優れているということではないとは思っていますし、開発のベクトルが違っているということです」
「開発のベクトルが違いますが、どちらも技術開発や人材育成に役に立つことだと思っています。性能に重きを置いた技術開発が今どこに向かっているかをしっかりと考えられる人材、そして、週単位のスピードにちゃんと対応できる人材を育てるところにしっかりと取り組んでいるのがF1です。
「一方、信頼性というのは付け焼刃では駄目ですから、耐久性に重きを置いて、しっかりロングタームで信頼性を大きく稼ぐための道筋を後ろから遡って考えられる人材を育てていくのが耐久の開発だと思います」
⎯⎯同じモータースポーツ、そしてレーシングカー開発といっても、単純に技術力を比べられるものではない。
「どちらが、という事ではないと思います。F1では世界最高峰のスプリントレースの中で人が磨かれるという面もあります。そこにドライバーやエンジニア、メカニックの方々が携わることができるというのは大きなポイントですし、そういった人材が磨かれていくことは、今後TGRにどのような意味を持つのかなどを考えています」
⎯⎯おそらく8時間以上、走り続けないといけないレーシングカーと、2時間ずっと最大限の力を出し続けるクルマの作り方というのは、外から見ている者が想像している以上に違うのでしょうね。
「そうだと思います。クルマ作りの根本も使う技術も一緒で、それをどの方向に振るかの話だと思いますけど、その違いは大きいですね」
⎯⎯F1はシミュレーション技術やエアロダイナミクスなどの分野が最先端にあるというイメージがありますが、実際はいかがなのでしょう?
「F1のエアロは細かくデザインされていますよね。エアロ開発は日進月歩なので、やればやるほど改善されていきます。そういう意味では、エアロダイナミクスは短いスパンで回しているF1の方が進みやすいと思います」
「今のハイパーカーは定められた数値の中でロバスト性(堅牢性)を確保して24時間のレース中に空力効率が落ちないようにする。そのような開発をロングスパンで行っているWECと比べ、F1は空力効率が縛られていないのでどこまでも上げていくことができます」
「一時期のLMP1時代は、空力効率だけを見るとF1とWECを比較してあまり変わらなかったのですが、今はレギュレーションに縛られているので、空力効率はF1の方が圧倒的に高いですね。その違いは大きいです」
⎯⎯シミュレーターの技術も今、進化が大きい状況です。
「どんどん進化していますね。シミュレーション技術そのものは、WECでもF1でもあまり関係ありませんが、F1において細かくアップデートするためのシミュレーション技術は日に日に進んでいるので、そこに合わせて自分たちの技術を開発することは必要だと思います」
⎯⎯今回の提携では、そのハースが行っている空力開発やシミュレーションの進め方などをTGRに吸収していくというイメージでしょうか。
「空力は一緒に開発していく方がいいでしょうね。シミュレーションはTGRが提供する側で、ハースで行っている車両性能のモデルをどのようにシミュレーションで再現していくかは私たちが提供する側と思っています。そのTGRの技術でハースのクルマを強く速くすることへ貢献できればと考えています」
「あと、F1は短期間に多くのシミュレーションを回していく点や、短いセッションの中で瞬時にデータ解析を行う点は、WECよりも進んでいる感覚があります。そこはしっかり学びたいと思います」
⎯⎯F1ではレースウイーク中の走行データがファクトリーにも送られて、シミュレーターで現場と同時に最適なセットアップを進めていますからね。
「WECでも同じようには進めていますが、その取り組みをWECだけでなく、より広く取り組んでいきたいですし、できれば日本にもそのような部分を持っていきたい。ですので、F1のそういったところも学びのひとつです。正直、スーパーフォーミュラ、スーパーGTでもその部分はまだそこまで取り組めていません」
⎯⎯たしかに。スーパーフォーミュラもスーパーGTもテストの機会が少なくなり、ファクトリーやチームでのシミュレーター使用時間が増えていますが、レースウイークでの使用については聞いたことがありません。
「NASCARでもシミュレーターは効率化されていますし、通信インフラなどといった部分もサーキットでしっかりと取り組んで、より発展させなければいけないと思います。それに、スタッフたちの働き方改革も必要です。(F1ではカーフュー/サーキットでの夜間作業時間の制限が厳しい)。日本のモータースポーツも徐々に導入されて来ていますが、まだまだ、そういった部分でも変えていかないといけないと思っています」
「ですので、そういったパイプラインをF1ではしっかり学びたい。ピープル(人材育成)/プロダクト(私たちができるものを提供すること)/パイプラインのパイプラインは、よりブラッシュアップしたいです。今のF1がすべてという訳ではないと思いますが、F1で行われていることをしっかりと学んで次につなげていくようにしたいと思っています」
後編『やっぱり聞きたい、F1のパワーユニット開発への興味』に続く
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⚫︎プロフィール:加地雅哉(かじ まさや)
1976年生まれ、同志社大学大学院工学研究科修了後、2002年にトヨタ自動車株式会社に入社。EHV技術部、HV先行開発部グループ長などを経て、2015年にモータースポーツユニット開発部グループ長に就任。2019年GRパワートレーン推進部部長、2023年G.R.Companyモータースポーツ技術室室長となり、2024年からはG.R.Company BR GT事業室室長を務める。同時に、株式会社トヨタカスタマイジング&ディベロップメント取締役(非常勤)、株式会社GT アソシエイション監査役、株式会社日本レースプロモーション監査役を兼任する、TGRのモータースポーツ活動を担う最前線の責任者。
※肩書きが大変多い方なので、オートスポーツwebでは加地部長の略称で表記しています。