公道に特設されたラスベガス・ストリップ・サーキットを舞台に行われた2024年第22戦ラスベガスGPは、ジョージ・ラッセル(メルセデス)がポール・トゥ・ウインで今季2勝目を飾り、5位となったマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が2024年シーズンのドライバーズタイトル4連覇を果たしました。
今回はマシンに苦しみながらもタイトルを手にしたフェルスタッペン、タイヤが長持ちしたメルセデス&フェラーリ、そして角田裕毅(RB)の戦いと言葉について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
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2024年F1第22戦ラスベガスGPは、決勝を5位で終えたフェルスタッペンがドライバーズタイトル4連覇を決める一戦となりました。4年連続でドライバーズタイトルを獲得するという偉業を成し遂げたわけですが、今回のフェルスタッペンは初日からクルマのペースに苦しんでおり、簡単な週末とはなりませんでした。
というのも、レッドブルはラスベガスGPに向けてロードラッグ仕様のリヤウイングを作らず、高ドラッグ仕様のリヤウイングを持ち込みました。これはバジェットキャップ(予算制限)が敷かれる中で優先順位を決めた結果とのことです。ライバル勢がロードラッグのリヤウイングを使うだけに、特にレースウイーク初日厳しく、2日目/予選日には高ドラッグ仕様のリヤウイングの上端を削る応急処置が行われました。
応急処置を行なったとはいえストレートスピードが足りない、コーナリングもグリップ不足に伴うアンダーステアに悩まされていたように見えましたが、予選ではフェルスタッペンはランド・ノリス(マクラーレン)の前、5番手という位置につけました。
チームメイトのセルジオ・ペレス(レッドブル)が16番手に終わったこともあり、予選では改めてフェルスタッペンというドライバーの能力の高さ、そして『ラスベガスGPでドライバーズタイトルを決め切るんだ』という強い意思を感じました。
ただ、5番手で予選を終えるも、レッドブルとフェルスタッペンにとってラスベガスGPが厳しいレースになることは変わりませんでした。そのなかでもノリスに抜かれることだけは絶対に避けるということを念頭に置きながらの戦いでしたが、決勝では非常にクリーンな戦いぶりでした。
マシンポテンシャルの差でライバルにかわされるような展開を迎えた際には、かなりワイルドな走りで行く手を阻むのがフェルスタッペンのスタイルではありましたが、今回はそのようなことはありませんでしたね。戦う場面では戦いながらも、タイヤを労りチェッカーまでマシンを進めるという、クレバーな走りでした。
クルマがいいときはどのドライバーもいい走りができます。ただ、クルマが決まっていない状況になるとダメージリミテーション(被害対策)が重要になり、クルマが決まっていないことで生じる損失を最低限に抑えながら、ライバルに対しプレッシャーをかけ続けることができるかが重要になります。
フェルスタッペンはそれができたからこそ、マシンの優位性を失ってもギリギリで持ち堪えて、ドライバーズタイトルを獲得することができた。賛否両論はありますが、すごいドライバーであることは間違いないです。それはラスベガスGP決勝直後のノリスが語った「彼はベストのマシンを持っているときは圧倒的な強さを発揮し、ベストのマシンがないときでも、常に上位にいて、ライバルの仕事を困難にする」という、フェルスタッペンについての言葉のとおりだと思います。
ノリスは本当にいい人で、ナイスガイですがオーストリアGP以降、フェルスタッペンとの激しい直接対決を繰り広げるなかで、自分自身の“いい人”ぶりがコース上で出ないように、ノリスは自分自身の感情、心にマスクをかけるかのように戦い方を変えたと思います。それはノリス本来の戦い方ではなかったでしょうし、それがノリスにとってどれだけ大きな重圧、プレッシャーとなったかは計り知れません。
それだけに、今回フェルスタッペンがタイトルを決めてノリスもプレッシャーから解放され、決勝後はフェルスタッペンに対するリスペクトをコメントし、F1公式SNSに上がったような素晴らしい笑顔を見せてくれました。ともに戦ったからこそわかるフェルスタッペンの強さをうまく表現したコメントだったと感じます。
■勢力図に変化を与えたタイヤのグレイニング
そんなノリスを要したコンストラクターズ首位のマクラーレンはラスベガスGPでマシンのピーキーさに悩まされ、さらには汚れた路面がそのピーキーさに拍車をかけ、流れも掴めずに苦しい戦いが続きました。対象的に好走を見せたのがメルセデスでした。
ラスベガスGPの週末は、すべてのセッションでメルセデス勢がトップにつけ、ラッセルがポール・トゥ・ウイン。さらに、予選でミスがあり10番手に沈んだハミルトンが2位に入り、メルセデスが決勝でワンツーを決める完璧なかたちで週末を終えました。
メルセデス勢は持ち込みセットアップが当たったようで、走り始めのFP1からクルマが安定し、路面が汚れていてもガンガンとブレーキで奥まで入れていました。リヤはしっかりと安定し、少しアンダーステア気味のクルマでしたが、安定感は抜群でした。
フロントに関してはステアリングの舵角は大きいものの、低温路面のなかでタイヤがしっかりとグリップしていましたね。気温、路面温度ともに低温で、スリッピーな公道サーキットという状況に、安定感のあるマシンがハマっていた印象です。
また、タイヤのデグラデーション(性能劣化)の少なさ、タイヤの保ちの良さも際立っていました。フロントタイヤはどのチームもグレイニング(コーナリングの際、タイヤがグリップを維持できず、スライドする時に発生する現象。路面に対し横向きの摩耗がトレッドパターン上に波のような粒状のささくれを生成し、グリップ低下に繋がる)に悩まされていました。
タイヤのデグラデーションが大きくなる一番の要因は、フロントタイヤのグレイニングです。そのなかでメルセデス、そしてメルセデス同様にタイヤを保たせることができていたフェラーリ勢も大なり小なりグレイニングの影響はあったとは思いますが、グレイニングの発生を比較的コントロールできるクルマ作りができていたと思います。
カスロス・サインツが3位、シャルル・ルクレールが4位に入ったフェラーリは、もともと路面のミュー(摩擦係数)が少ない公道サーキットで速さを見せていたので、事前の予想段階からフェラーリは表彰台争いには加わると思っていました。これまでの公道ラウンドと違い、路温が低温という違いはありましたが、そのなかでもタイヤのデグラデーションをうまくコントロールしていました。
それだけに、決勝序盤に2番手のルクレールが首位のラッセルに勝負を挑んでタイヤを使ってしまい、そこからポジションを下げたことはフェラーリ陣営にとっては予想外なことだったかもしれません。マシンポテンシャルはメルセデスにも近いレベルだったこともあり、もし序盤でルクレールがラッセルをオーバーテイクできていれば、戦局は大きく変わっていたでしょう。
その場合、2番手に下がったラッセルは、おそらくポジションを取り戻そうとプッシュし、タイヤのグレイニングに悩まされるという可能性あります。ラスベガスGPは、メルセデスもフェラーリもどちらが勝ってもおかしくはありませんでした。ただ、序盤の数周の展開がすべてを決しました。しっかりとルクレールを抑えトップを守ったラッセルは、メルセデスのエースとなるに相応しい、いい仕事ぶりを見せたと感じます。
■角田裕毅の「打ち負かし続ける」という言葉
そして、裕毅はラスベガスGPでも予選、決勝といい戦いを見せてくれました。タイヤの使い方、マシン作り、ドライビングの面でより繊細さが求められるラスベガスGPだけに、チームメイトでラスベガス初走行のリアム・ローソンが苦しむ一方、裕毅は持ち前のドライビングの上手さと繊細さを発揮していました。
決勝でも9位というポジションを守り切る戦いを繰り広げ、自身の能力の高さをアピールできており、今RBと裕毅ができる100点満点の仕事だったと感じます。この仕事ぶりを、RB、そしてレッドブルという裕毅の周囲の人々がどのように評価するのかは非常に興味深いです。
また、裕毅は海外メディアの取材に応えた際に、レッドブルのシートが相応しいと認めさせるために、チームメイトを「打ち負かし続ける(destroying)」という強めの言葉を使っていましたね。私はいいタイミングかつ、頼もしいと感じました。自分の思い、意思を言葉にすることはすごく大切なことです。
これが自分の成績や状況が良くないタイミングで発したコメントであれば、destroyingという単語の強さもありネガティブに聞こえてしまうのですが、今の裕毅はチームメイトを打ち負かし続けてきた戦いぶりを通じて自分の速さ、強さを結果で証明しており、今も上り調子です。
ラスベガスGPでも10位のペレスを抑え切っての9位ですし、言葉で思いを伝える、アピールするには今しかないと感じます。これだけいい仕事を見せて、結果も出せていれば「なぜ裕毅をレッドブルに乗せない?」と、周りの関係者が動く流れに繋がるでしょう。
その流れは一度始まれば、止められない激流に繋がります。裕毅が次なるステップを踏むために、今やるべきことがこのように自分の言葉にすることなのかもしれないと私は感じます。正しいタイミングで、自分以外の大きな力を動かすことは、どんな世界でも大切なことです。ただこれも、周囲を納得させる、周囲が動くほどの仕事を続けてきた裕毅の成長の証です。
2024年シーズンも残る2戦。裕毅にはこの流れを途切れさせることなく、戦い続けてほしいと願います。
【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24