「採点ペン」は1964年生まれ、本名は「カートリッジ式ソフトペン」でした
「最初は“採点ペン”というつもりで作ったわけではありませんでした。今も商品名は『カートリッジ式ソフトペン』なんです。とはいえ今は、パッケージにも『採点ペン』と印刷してありますが」と、プラチナ万年筆株式会社開発本部の氣田忠史さん。開発当時は、マーカーペン、サインペンが普及し始めた時代で、この「ソフトペン」も元々は、万年筆メーカーの考え方でマーカーペンを作ってみようという企画だったそうです。
「万年筆と同じ水性染料インクのカートリッジ式で、インク浸透式の樹脂ペン先のペンを作ったら、マーカーのような使い方をしてもらえるのではないかという発想です。
発売当初の宣材には『事務に、手紙に、スケッチ、答案の採点にアイディア次第で広く使える』と書かれています。中綿式のマーカーペンがすでに日本で発売されていましたから、そういう使い方をされるだろうということでこのように書いたのだと思いますが、最初から“採点用にも”と書いてあったのは面白いですね」と氣田さん。
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万年筆メーカーが作るマーカーペンという発想は、例えば、インクがカートリッジ式であるとか、インクをペン先に効率よく送るためのペン芯のような働きをする蛇腹状のパーツが内蔵されているとか、ペン先も交換できるといった部分に表れています。
この機能が、大量に丸をつけ添削する「答案の採点」という作業に、とてもマッチしたのでしょう。
何といっても、インクの補充が簡単で、ペン先が使えなくなっても交換パーツがあって、しかも、樹脂の柔らかいペン先ながら、筆圧であまり描線の太さが変わらないので疲れにくいわけです。これは、採点のために作られたようなものだと、多くの人に受け入れられたのでしょう。
スイスイと太い線が書けてインク交換も簡単という性能が採点の現場にハマった
「ボールペンだと、どんどん丸をつける作業などではインクが付いていかないというのと、線が細いというのはあったのだと思います。やはりマーカーペンのほうが線が太いし、インクの出がよかった。それに、カートリッジ式で簡単にインクが交換できるというのは、確かに採点向きですね」(氣田さん)
プラチナ万年筆といえば、カートリッジ式インクを開発したメーカーですから、そのあたりのノウハウも他社に先行していたということもあったのでしょう。
しかもうれしいのは、そのカートリッジの規格自体は現在も変わらず、万年筆用も採点ペン用も、プレピー用も同じものが使えるということ。もちろん、それぞれのペン先に合わせて、トラブルが起きにくいように作られているので、それぞれの専用インクを使うことが推奨されています。
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実は、プラチナ万年筆側も、採点ペンとしての使われ方がどの時点で、なぜブレークしたのかは把握できていないのだといいます。
「いまだに、“採点ペン”として愛されている理由というのは、本当のところは分からないのですが、かなり発売当初から採点の現場で使われていたようですし、今思うと、先生方が要望する機能と価格から、当時はこれ一択みたいな状況だったのかもしれません。
おそらく最初に誰かが学校で使っていて、それを見た人がよさそうだと使い始めて……など、そのようなことが全国の学校であったのでしょうね」(氣田さん)
しかし、70年代後半には、筆記具は一気に多様化しています。その中で、今も人気を保っている秘密は何なのでしょう。
「いろいろな筆記具が出てくる前に、定着してしまったということもあるとは思います。
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それには、ペンのデザインが特徴的だったということも大きいと思っています」(氣田さん)
「採点ペン」の歴史を振り返る
確かに、「採点ペン、知っている?」と聞くと、多くの人が「あの先が黒くて軸が赤い、先生が使っていたペンね」と答えてくれます。
製品としては、赤軸と黒軸の2種類が長く販売されていましたが、売れ行きは赤軸が圧倒的だったそうです(現在は、赤軸と透明軸の2種類が販売されています)。そのくらい、あのデザインも込みで、多くの人の記憶に残っているのでしょう。
基本的な構造や機能は、発売後60年間ほぼ変わっていないのですが、デザインはその間にさまざまなものが登場しています。何より、最初の製品は金属軸で万年筆らしいスタイルでした。
それで、当時の価格で300円。そこから14年後の78年に出た普及タイプが600円なのですが、現在のモデルは880円(税込)ですから、そのコストパフォーマンスの高さも人気の秘密なのかもしれません。
一度ペンを買ってしまえば、消耗するペン先は「専用替えチップ」110円(税込)を、またインク220円(税込)を交換することで使い続けることができるわけです。まさに“プロの道具”といった趣ですね。
現行製品である「SN-800C」は、2011年4月の発売。このとき、キャップをしていれば1年間放置してもペン先が乾かず、すぐに筆記できる機構を搭載しています。万年筆では「スリップシール機構」と呼ばれている、プラチナ万年筆ならではの機構ですね。
他にも、クリップの強度の改善、インク漏れ防止機構の搭載、軸の形状を見直して筆記時の疲労度を軽減するといったリニューアルが行われているのが現行商品です。
個人的には、その前の「SN-800」という1988年に発売されたモデルを、校正用に使っていた時期が長く思い出深いのですが、あれがもう30年以上前になるわけです。しかも、基本的な配色などは現行製品と同じです。
赤い軸の製品は1972年にはすでに発売されていますから、イメージとしては50年くらい変わらず、「採点のための道具」として、多くの人に愛されているということでしょう。
今でも手書きが求められる採点現場のための「プロの道具」
「学校だけでなく、塾や通信講座など、手書きによる採点が必要な現場というのは案外多岐にわたっているんです。やはり、採点される側にしてみると、ボールペンで書いた細い丸より、太い丸と“100点”とか書かれた数字のインパクトに、大きな喜びがあると思うんですよ。採点する側も、筆圧にあまり関係なく太い線が書けるから、疲れてきても弱い線にならないということもありそうです。あと、ボールペンだと、下の紙に跡が付いてしまいますが、これだと付かないんですよね」(氣田さん)
今でも手書きが必要な現場の専用ペンを、手書きの魅力を伝える万年筆メーカーが作っていて、それがロングセラーになっているというのは、時代の必然のような気もします。
「でも、このペンは皆さんご存じですが、これがプラチナ万年筆の製品だということは、あまり知られていないかもしれません」と氣田さんは笑います。ただ、生活や仕事に密着して使われているロングセラーの文房具というのは、そういうもののような気がします。
「パッケージデザインなども変えてしまうと“探しにくくて困る”というお声を頂くこともあります。ここまで長く愛されていると、デザインも大きくは変えられませんし、よかれと思って変えたことが逆効果ということもありますから難しいです。
ただ私たちも、これは作り続けなければならないという使命感があります」と氣田さんは言います。
そういう製品だからこそ、プロの現場で安心して使えるし、そんなふうにしてプロの道具は生まれるのでしょう。
納富 廉邦プロフィール
文房具やガジェット、革小物など小物系を中心に、さまざまな取材・執筆をこなす。『日経トレンディ』『夕刊フジ』『ITmedia NEWS』などで連載中。グッズの使いこなしや新しい視点でのモノの遊び方、選び方を伝える。All About 男のこだわりグッズガイド。(文:納富 廉邦(ライター))