大スターたちの多彩な演目を上演「帝劇の60年」3代目誕生まで…来年2月に休館

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2024年12月05日 07:56  日刊スポーツ

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日刊スポーツ

帝国劇場 外観(2014年12月)

<情報最前線:エンタメ 舞台>



東京・帝国劇場が建て替えのために来年2月で休館する。


1966年に開場して以来、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」「ラ・マンチャの男」「レ・ミゼラブル」、森光子主演「放浪記」など350もの多彩な演目が上演された。12月20日から2月7日まで「レ・ミゼラブル」が上演された後、帝劇ゆかりのスターたちが共演するコンサートが最終公演となる。約60年の帝劇の歴史をさまざまなエピソードで振り返る。(敬称略)


【林尚之】


■ドラマチックな代役劇


開場から4年後の1970年、ミュージカル「スカーレット」が上演された。映画でも世界的に大ヒットした「風と共に去りぬ」を世界で初めてミュージカル化した大作で、演出家をはじめ主なスタッフは海外から来日した。スカーレットに神宮寺さくら、レット・バトラーに宝田明が決まり、3カ月に及ぶ稽古を行ったが、初日の10日前に宝田が足骨折の大けがを負うアクシデントがあった。そこで代役として白羽の矢が立ったのが、27歳の若手だった北大路欣也(81)。実はバトラー役のオーディションに挑戦していた。ほかの映画の撮影に参加していたが、主演がいなくなる非常事態に代役を引き受けた。演技、歌、踊りの特訓を受け、夜は膨大なせりふを覚え込むため、1週間はほとんど寝ずに初日を迎えたという。3カ月の公演を演じ切った北大路は、今や日本を代表する俳優となり、2023年には文化功労者に選ばれた。


それから9年後の79年に蜷川幸雄演出で「近松心中物語」が上演された。平幹二朗、太地喜和子が主演し、演出家としての蜷川の評価を決定付ける作品だった。連日、満員の観客が詰めかけたが、中盤で平が腰痛を悪化させて、無念の降板に追い込まれた。代役には俳優経験もある蜷川を推す声も多かったが、蜷川はアンサンブルの「あぶれ者」で出演していた本田博太郎(73)を指名し、「稽古場でいつも真面目に見ていて、いい役者になると思っていた。本田と心中するつもりだった」と明かした。徹夜の稽古を経て、1日休演しただけで幕を開けた。その後、本田は幅広い役を演じるバイプレーヤーとして活躍している。


■ミュージカルという花を大きく育てた劇場


帝劇で初めてミュージカルが上演されたのは1967年。当時市川染五郎と名乗った松本白鸚主演「心を繋ぐ六ペンス」、森繁久彌主演「屋根の上のヴァイオリン弾き」だった。63年にブロードウェー・ミュージカル「マイ・フェア・レディ」が初めて上演されたばかりのミュージカル黎明(れいめい)期だったが、東宝の重役だった劇作家の菊田一夫は「将来はミュージカルの時代がくる」と予見し、帝劇の大きな柱とすることを目指していた。69年には白鸚主演「ラ・マンチャの男」が初演されたが、実は「屋根の上」も「ラ・マンチャ」も、初演当時は観客の入りは思わしくなかった。ミュージカルに慣れない観客が多いという背景があり、受け入れられるまでには時間がかかった。


「屋根の上」は76年に帝劇で再再演され、その後は毎年のように上演され、82年には6カ月に及ぶロングランが成功し、森繁主演版は86年に上演回数900回で幕を閉じた。「ラ・マンチャ」の白鸚は、初演の翌70年に世界各国で上演されている「ラ・マンチャ」の主演俳優をブロードウェーに集めて共演させる「国際ドン・キホーテ・フェスティバル」に招かれ、英語で60ステージの舞台に立った。名古屋、大阪での凱旋(がいせん)記念公演を経て、79年に帝劇に戻り、2023年の最終公演までに上演回数は1321回を数えた。


そして、「レ・ミゼラブル」が87年に登場した。大々的なオーディションを行ってキャスティングを決め、初演ながら5カ月もロングランを行うなど、異例ずくめだったが、連日満員の大盛況だった。数年おきに再演を重ね、今回の公演で上演回数は3500回を超える。92年「ミス・サイゴン」、00年「エリザベート」と大型ミュージカルが続き、帝劇は「ミュージカルの殿堂」となった。


■女優が活躍した劇場


1911年に開場した旧帝国劇場には付属技芸学校があり、出身の女優による「女優劇」が上演され、歌う女優だった松井須磨子も「復活」のカチューシャ、「ハムレット」のオフィーリアなどで帝劇の舞台に立った。66年に開場した新帝国劇場でも女優が主演した公演が多かった。山田五十鈴は40を超える演目に出演し、うち30回も主演を務めた。


五十鈴十種として制定された「香華」「淀どの日記」「女坂」などの名舞台を残した。森光子の「放浪記」は芸術座で生まれたが、芸術座の休館後は帝劇で2006年と09年に上演された。09年の公演で2000回を突破し、千秋楽では2017回を数えた。年1回は帝劇で主演舞台に立ち、「桜月記」「ビギン・ザ・ビギン」「質屋の女房」などがある。そのほか、帝劇で主演した女優の名前を挙げると、八千草薫、池内淳子、浜木綿子、司葉子、山本富士子、佐久間良子、山本陽子、浅丘ルリ子、十朱幸代、大地真央とそうそうたる顔ぶれが並ぶ。帝劇で座長を務めることは大女優の勲章でもあった。


◆帝国劇場 旧帝国劇場は1911年に開場した。「白亜の殿堂」とも呼ばれたルネサンス様式の日本で初めての洋風大劇場で、座席数は約1700。オペラから歌舞伎、バレエ、シェークスピア劇などが上演され、「今日は帝劇、明日は三越」のキャッチフレーズで、庶民のあこがれの場でもあった。戦後はシネラマ上映館となった時期もあったが、建物の老朽化のために64年に閉場した。2年後の66年に世界でも最先端の充実した舞台機構を持つ座席数約2000の大劇場として新帝国劇場が開場した。25年2月に休館した後は建て替え工事が始まるが、3代目となる帝国劇場の開場時期は未定。


■アニバーサリー本 20日窓口で先行発売


東宝は「帝国劇場アニバーサリーブックNEW HISTORY COMING」を発刊する。市村正親、堂本光一、井上芳雄の3人の座談会をはじめ、帝劇ゆかりの俳優、クリエーターなど191人の証言を掲載。356ページに舞台写真や帝劇の内外観の写真も収められている。来年1月15日に全国発売されるが、12月20日に帝劇窓口で先行発売の予定。

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