ヤス・マリーナ・サーキットを舞台に行われた2024年シーズン最終戦、第24戦アブダビGPは、ランド・ノリス(マクラーレン)がポール・トゥ・ウインで今季4勝目/キャリア通算4勝目を飾り、マクラーレンが26年ぶりのコンストラクターズタイトルを獲得しました。
今回はマクラーレンの躍進を支えた隠と陽のふたりの首脳陣。そしてフリー走行1回目(FP1)とレースウイーク後のテストに出走した角田裕毅(RB/レッドブル)、岩佐歩夢(RB)、平川亮(マクラーレン/ハース)について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
2024年シーズン最終戦となったアブダビGPは予選から圧倒的かつ完璧なラップを決めたノリスが決勝でもトップを譲ることなく、完璧なかたちでポール・トゥ・ウインを飾りました。ヤス・マリーナ・サーキットはマクラーレンが速いという予想はありましたが、マシンの速さに加えて、ノリスが高い集中力と精神的な落ち着きを見せ、前評判以上にライバルを圧倒した一戦となりました。
この週末の最大の注目はコンストラクターズタイトルの行方でした。首位マクラーレンと2位フェラーリが21点差で迎え、展開次第ではフェラーリの逆転の可能性は十分にあったと思います。ただ、マクラーレンが予選でフロントロウを独占する一方で、フェラーリはカルロス・サインツが3番手につけるも、シャルル・ルクレールはトラックリミット違反によるタイム抹消で14番手、さらにはエナジーストア(ES)交換による10グリッド降格もあり、19番手と後方スタートになりました。
これでマクラーレンがタイトルをほぼ決めたと思われる中でスタートを迎えましたが、決勝では1周目に2番手スタートのオスカー・ピアストリがフェルスタッペンと接触し大きく後退。一方でルクレールが1周目に一気にポジションを上げたこともあり、潰えたように見えたフェラーリの逆転の夢も再浮上し、決勝を面白くさせました。最終的にはノリスがポール・トゥ・ウインを決め、ピアストリも10位で1点獲得。フェラーリ勢はサインツが2位、ルクレールが3位となるも14点届かず、マクラーレンが26年ぶりのコンストラクターズタイトルを決めました。
フェラーリにとっては運が向いてこなかった週末だったと思うと同時に、個人的にはザク・ブラウン(マクラーレン・レーシングCEO)という人物が運を引き寄せたという感じもします。決勝前のスタート進行の際に、ザク・ブラウンとフレデリック・バスール(スクーデリア・フェラーリチーム代表)がコンストラクターズのトロフィーを挟んで記念撮影に臨んでいました。
その際に、バスールが冗談混じりにトロフィーを展示台の真ん中からザク・ブラウンの方にずらす(譲るかのような)そぶりを見せましたが、ザク・ブラウンはそれを笑顔で眺めるだけで、間に入ったステファノ・ドメニカリ(F1 CEO)が台の真ん中に戻すというシーンが国際映像に映し出されました。
一見和やかに見えるシーンでしたが、あの瞬間も『マクラーレンがタイトルを獲るよね』と見る者に思わせるような雰囲気をザク・ブラウンが演出していたように感じ、F1は改めてチームスポーツなのだと感じる場面でした。
マクラーレンにはアンドレア・ステラという優秀なチーム代表がおり、ステラとザク・ブラウンの関係はまるで隠と陽、対極的なキャラクターの首脳がうまく噛み合ったのが現在のマクラーレンです。チーム作りやチーム内の空気作り、そしてチームの経営には欠かせないお金を集める部分でザク・ブラウンが手腕を発揮し、実働部分をステラがしっかりと管理するという関係性が、現在のマクラーレンの成長につながり、そして2024年のコンストラクターズタイトル獲得に大きく寄与したと感じています。
そんなマクラーレンというチームがより機能するようになったきっかけのひとつがノリスとマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が接触し、シーズン後半のマクラーレンVSレッドブルの構図を決定づけた第11戦オーストリアGPでしょう。フェルスタッペンを倒すという明確な目標が目の前に現れ、マクラーレンの戦略、チーム内でのドライバーの優劣の付け方という部分に確かな変化があったように感じますね。
そして、このマクラーレン内の変化が、ノリスの能力を引き出す環境作りに大きく貢献したようにも思えます。ノリスの能力が開花したきっかけはピアストリの存在ですが、その能力が開花し、さらに高めることができたのはザク・ブラウンとステラが作り出した今のマクラーレンという環境があってこそですね。2025年シーズンに向けて、人事面で大きな変化がないマクラーレンだけに、この調子をキープし、ノリスが選手権の主導権を握ってくるのかなという予想もできます。2024年シーズン終了直後ではありますが、今から開幕戦オーストラリアGPが楽しみですね。
■SF継続参戦の岩佐歩夢への期待
さて、今回のアブダビGPのフリー走行1回目(FP1)では、裕毅に代わって岩佐歩夢(RB)、平川亮(マクラーレン)が出走しました。若手日本人ドライバーがF1のフィールドでしっかりと走るチャンスが得られる時代が来たという実感もあり、個人的には少し羨ましいという思いもありつつ、大変嬉しいトピックスでした。平川選手の方は今季最速マシンのマクラーレンだったこともあり、国際映像を通して見ていた日本の若手ドライバーたちのモチベーションアップにもつながった60分間となりましたね。
日本のドライバーがF1で走るチャンスを得られることが、当たり前の時代になりましたね。それはホンダやトヨタ/GRが日本人ドライバーをF1へ送り出そうと頑張ってきた証明であると同時に、ホンダもTGRもしっかりとF1に上げられるいいドライバーを育てることができているのだと感じます。ただ乗るだけではなく、歩夢も平川選手も安定した走りでミスもなく、報道を通じて知る限りではチームからの評価も高いものだったようで嬉しく、感慨深さも感じるところです。
また、レースウイーク明けに行われたアブダビテストでは裕毅がレッドブルから参加しました。フェルスタッペンがドライバーズタイトルを獲得したレッドブルのマシンに裕毅が乗ることができたことは、流れや空気を変えるという意味でもポジティブです。テストの内容やランプラン(走行計画)がわからないので、タイムだけでは何も言えることはありません。ただ、裕毅がレッドブルに乗ったという事実は、日本のレース界に明るいニュースを届けてくれました。
また、先日ホンダのモータースポーツ体制発表があり、歩夢が2025年も全日本スーパーフォーミュラ選手権(SF)に参戦することが明らかにされました。歩夢にとってSF参戦2年目となるだけに、やるべきことはタイトルを獲得するということだけです。逆に言えば、それができないと先がないということでもあるでしょう。F1に進むのであれば、SFでタイトルを獲ることに集中し、圧倒的な速さ、強さを見せつける必要があります。しっかりとSFのタイトルを獲得し、今以上にチャンスを広げてほしいと考えています。
さて、2025年シーズンのF1は大きなレギュレーション変更もないことから、勢力図において劇的な変化はないでしょう。ただ、現行のレギュレーションが導入されてから3シーズンを終えたこともあり、各チームもクルマ作りが煮詰まってきています。それだけに2024年以上に優勝、そして入賞争いが激しくなりそうです。
また、アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)やオリバー・ベアマン(ハース)、ジャック・ドゥーハン(アルピーヌ)、ガブリエル・ボルトレート(キック・ザウバー)といったフル参戦1年目を迎える彼らが、それぞれのチームメイトと比較してどのような走りを見せるかが、個人的には一番といっていいほど興味深いですね。
もし、若い彼らがチームメイトと遜色ない走り、もしくは上回る走りを見せてくれたら、F1の世代交代はさらに加速するでしょう。そうなれば若手ドライバーに巡ってくるチャンスも必然的に増えることに繋がりますので、大変楽しみです。2024年シーズンも見応えのあるシーズンでしたが、2025年もさらに見逃せないシーズンとなりそうです。
【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24