連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第84話
2023年のNHK紅白歌合戦でも話題になったYOASOBIのパフォーマンスから筆者が感じたこと。世界をフィールドに研究を続けるG2P-Japanと共通する部分も!?
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■『芸術起業論』と「レコ大」
私が強く影響を受けた本のひとつに、『芸術起業論』(村上隆・著)がある。この本では、筆者の村上氏のフィールドである「芸術」を題材に、「いくら頑張って『ウケる』ことをやっても、そこに『世界』につながる文脈がなければ、世界では理解してもらえない」、「『世界』で認められるためには、『世界』の文脈で語らなければ理解してもらえない」ということが、繰り返し熱く語られている。とても深く熱い本なので、興味があればぜひ一読をオススメしたい。
――と、学生の頃に読んだこの本のことを思い出したのには理由がある。2023年の年の瀬、2日続けてYOASOBIの「アイドル」を聴いた(見た)からだ。
まずは12月30日のレコード大賞で、彼らの香港でのライブ映像を観た。野球にせよサッカーにせよ、そして音楽や芸術にせよ、「世界で活躍する日本人」には勇気をもらえる。香港という異国の地でのライブで、YOASOBIと観客が一体となっているさまは、彼らが「世界」に存在感を示している感じがした。
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X(旧ツイッター)では、誰かがその動画をリポストし、「ガラパゴスから出てきた怪物感がある」と述べていた。まさに私もそれと似たような感じがしていたので、私(たち)もこれからますます頑張らなければ、と兜の緒を締められた気がした。
■2023年の紅白歌合戦
そんな流れからの、大晦日の紅白歌合戦(紅白)である。
......と、実は早々に寝落ちしてしまい、目が覚めると「ゆく年くる年」が流れていた。なので実は、紅白の大部分はリアルタイムで観ていない。クイーンとYOASOBIは観たいと思っていたので、これは我ながら大きな失態だった。
年が明けてXを眺めていると、YOASOBIのステージについてのたくさんのポストが見られた。リポストされた動画や解説を見ると、たしかになるほど、すごい感じがする。紅白に登場したたくさんのアーティストや、司会の橋本環奈までをもバックダンサーとして従えたステージは、演出も含めて圧巻だった。細かいことはもちろんわからないが、素人ながらにも、「いまの(2023年の)日本のJ-POPシーンはこれだ!」ということが凝縮されたステージのように感じられた。
■YOASOBIの「アイドル」考
この連載コラムでも以前に紹介したことがあるが、2023年、私のラボの人数は倍増し、その約半数が留学生、という状況になった(33話)。その夏のある日、なにかにかこつけて、ラボの一室で学生たちとパーティーをしていた。そこではYouTubeで、J-POPヒット曲メドレーかなにかをBGMに流していた。
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そのとき、YOASOBIの「アイドル」が流れた。私は当時この曲を知らなかったが、留学生たちはみんな知っていた。そして彼らは、この曲が主題歌の、『推しの子』というアニメのことも知っていた。
話は少し逸れるが、女性ヴォーカルが歌う歌は「主観的」であり、歌っている本人が主役のように聴こえる歌が多いと思う。安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE?」や宇多田ヒカルの「Automatic」などが、自身のイメージや考えを主観的に反映させた歌であることがその典型である。
それに対してYOASOBIとは、「小説を音楽にする」というコンセプトでできた、ikuraとAyaseのふたりによるユニットである。おそらくこのコンセプトによって、YOASOBIの歌の歌詞には、「本の代弁」という「客観性」が生まれる。そのため、アイドルについて歌うこの曲についても、「『歌っているikuraがアイドル』という暗喩」による「主観性」が生まれづらい。
YOASOBIの紅白のステージに話を戻すと、紅白に出演しているアーティストたちこそがアイドルなので、これは「彼らを主役とする歌」であり、それを演出するYOASOBIは裏方、と見ることもできる。そういうこの歌の「客観性」、あるいは「『アイドル』について歌うステージ」という一種のメタ構造が、紅白に参加するアーティストたちに、YOASOBIのステージの「バックダンサー」として参加することを許容させたのではないだろうか。
さらにこの年の紅白には、韓国のアーティストも複数参加していた。「参加するアーティストたちが、YOASOBIのこの曲の『バックダンサー』として参加する」ことによって、J-POPだけではなく、複数のK-POPのアーティストをも引き連れてのステージとなった。これによって見た目は、「日本のミュージックシーンの集大成」ではなく、「(東)アジアのミュージックシーンの集大成」のような構図となったともいえる。
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そのようなもろもろも含めて、すごいステージだと素人ながらに唸ってしまったわけだが、このステージはいったい誰が、いつ、どのようなタイミングで、どこからどうやって構想したのだろうか?
これは私感だが、YOASOBIが「アイドル」という曲を作った時点、あるいは発表した時点でこのステージを構想していた、ということはさすがにないだろう。しかし、「アイドル」という曲名が、このステージを生み出すのに最適だったことは、上記の理由からも裏付けられると思っている。そして、この曲のテレビパフォーマンスを紅白のステージで初披露した、ということもおそらく意図的だ。
それでは、紅白に出演するアーティストやこの演出は、どのようにして構築されていったのか? また、このステージの動員や、この曲の人気につながった背景には、アニメ『推しの子』の人気もあるのか?
いったいどれが事前に用意されたものだったのか? あるいは、その場にたまたまそろっていたピースの組み合わせから生み出されたものなのか?
■YOASOBIに思う2024年
今回はいったい何をそんなに熱く「アイドル」について語っているのか??と思われるかもしれない。念のため補足しておくと、私はYOASOBIの熱烈なファンというわけではないし、またアニメ好きというわけでもない。
さまざまな要素やピースを効果的に組み合わせ、あるいは必要に応じて新しいピースを作り出し、それらを効果的に組み立てていく。そのようにして形作られた紅白のYOASOBIのグランドデザインは、研究にも精通することのように思われたのである。そして、このようなグランドデザインに基づいた構図によるステージが成立した背景には、「YOASOBIが脱日本し、世界(少なくとも東アジアの諸外国)で認知されるような国際的なユニットとなった」という大前提がある。
G2P-Japan結成前夜である2020年大晦日の紅白歌合戦。そこで偶然耳にした(目にした)YOASOBIは、その年の大ヒット曲となった「夜に駆ける」のパフォーマンスをテレビで初めて披露した。それを耳(目)にして以来、この冬は、なんとかのひとつ覚えのようにYOASOBIばかりを聴いていた(18話)。
音楽と記憶が紐づくことについては、この連載コラムでも何度か触れたことがある(78話、79話など)。当時の奮闘の中からG2P-Japanという組織体が生まれたということもあり(6話)、YOASOBI(の「夜に駆ける」)は個人的に、G2P-Japan発進のアクセルの記憶と紐づいている。
そしてその3年後の大晦日。定点観測ともいえる紅白のステージで、この3年間でのYOASOBIの成長を目の当たりにしたようでもあり、私(たち)もより一層頑張らなければ、世界に羽ばたかなければ、と鼻息が荒くなった瞬間でもあった。
文/佐藤 佳 イラスト/PIXTA