12月22日、『M-1グランプリ2024』(ABCテレビ・テレビ朝日系)が放送されました。
記念すべき第20回大会となった今大会は、過去最多の10330組がエントリー。前回優勝者である令和ロマンが、二年連続で決勝進出を果たした末に20代目の王者へと上り詰め、史上初の大会二連覇を達成しました。
M-1グランプリで前年度のチャンピオンがストレートで決勝に進出したのは今回が初めて。さらに審査員に松本人志が不在となり、新しい顔ぶれ&審査員数が9名に増加。開催前からイレギュラーな話題が多かったように思われます。
とはいえ今大会はフタを開けてみれば、過去最高クラスの盛り上がりを見せました。その一端を担ったのは、笑神籤(えみくじ)によりその場で決定したネタの出順。構成作家の大輪貴史(おおわ たかふみ)さんも<まるで台本があったかのような流れ。でも、普通の作家ではあんな展開になる台本は怖くて書けなさそうですね(笑)>と、驚愕しつつも<笑神籤での香盤で大会の全てが決まった>と評しています。
大輪さんはかつてピン芸人「大輪教授」として活動し、2007年にはR-1ファイナリストに選出。現在はお笑い養成所の講師や、複数のお笑い事務所による若手芸人のネタ見せもつとめています。決勝進出コンビのネタの解説、松本人志不在となった審査員たちの傾向、来年以降のM-1グランプリはどうなっていくのか、考察してもらいました。
◆「神回」トップの令和ロマンがアッパレすぎ
――SNS上でも「神回」と称されるほど、評価の高かった今大会。大輪さんはどう見たのでしょうか?
<テレビの前でめちゃくちゃ笑いました。大会の流れにとても興奮したし、感動もしました。視聴者も文句なしで笑った人が多いと思います>
――その要因には、やはり笑神籤による順番が関連していると思いますか?
<はい。正直、笑神籤を引いた阿部一二三さんに対して「やってくれたな!」と思いました(笑)。彼が籤を引いて一瞬ニヤっとした時に誰もが「えっ、ウソでしょ?!」と思ったのではないでしょうか?>
――そのまさかが的中し、トップバッターは二年連続で令和ロマンになったわけですが。
<ただ、あの時点で会場のお客さんたちが完全にウェルカムムードだったことには驚きました。そして、それに応える令和ロマンの立ち振る舞いがアッパレすぎた。くるまさんの「終わらせよう」で完全に場を支配しましたからね。
チャンピオンが再度エントリーするとなれば、凡人の考えなら難解なネタをチョイスしそうなところですよ。それが、めちゃめちゃ噛み砕いたわかりやすい話題でやるという勇気、そして客観性が凄すぎます>
◆ヤーレンズ点数伸び悩みのワケ
――そして二番手となったのは、ヤーレンズ。残念ながら点数は伸び悩んでしまいましたが……。
<ほんと、一二三選手……(笑)!残酷な結果にはなりましたが、この順番は視聴者的には見やすかったとは思いますよ。
私だったら、令和ロマンが大ハマりしたあの後では絶対にやりたくないです。でも、去年からのライバル関係であるヤーレンズのポジションなら、ポジティブに捉えることはできていたかもしれませんね>
――なぜ、こんなにも点差が開いてしまったのでしょうか?
<完全に順番の妙です。令和ロマンにハマった余韻が、会場に強く残りすぎていました。
ヤーレンズのネタは子どもでもわかる内容の令和ロマンとは対照的で、「鈴木宗男」や「一握(いちあく)の砂(※石川啄木の短歌集タイトル)」など、少々難解なフレーズを物量で散りばめていました。誰かにとって深く刺さるポイントを数多く入れてくる、ヤーレンズの得意な手法です。ハイレベルなネタ同士でしたが、出順の妙で「どっちが良かったか」という単純比較になり、ネタのクオリティ以上に数字が大きく開いてしまったと思います>
◆真空ジェシカ、過去4回決勝進出歴で一番ウケ
――三番手は真空ジェシカ。まさか前年度の決勝メンバーがここで出揃ってしまうとは。
<完全にここまでは2023年の続きをやってましたね>
――とはいえ、今回の真空ジェシカは、これまで4回決勝進出した中で一番といっていい審査員ウケを獲得していました。
<審査員の若返りに加え、みんなが真空ジェシカの見方を理解したからだと思います。同時にネタがお客さんに親切になっていましたけど、それでも媚(こ)びている感じはないのも良かった。順番的にも因縁(いんねん)の二組を終えて、少し冷静に第三勢力として見れたのではないかと。
ただ、この三組を終えたところで「この先、どうすんの?」感は間違いなくあったと思います>
◆敗者復活のマユリカで流れは良かったが敗退
――四番手は敗者復活組。くしくも去年の決勝メンバーであるマユリカが勝ち上がってきました。
<一組目からメイン料理ばかりが続いて、一回お腹がいっぱいになっちゃったところでのマユリカ。ここで敗退となったのはもったいなかったですが、変に初出場組が出るよりは、流れとしては良かったと思います>
――マユリカは昨年の大会でつけられた「キモダチ」というキャッチフレーズが、お茶の間にすっかり浸透しました。
<そのお陰で平場の強さは発揮されていましたけど、敗者復活にまわったせいでネタ前の紹介VTRにそれが引き継げなかったのが残念でしたね>
◆ダイタク 双子漫才は審査しにくいワケ
――続いての五番手は、双子漫才師のダイタク。決勝初出場でラストイヤーでした。
<初っ端の「伝家の宝刀」でお客さんを味方につけられたのは良かったですよね。ただ、ダイタクって恐らく全審査員が審査しにくい存在なんですよね。
双子漫才って審査員の誰もやったことがない漫才ですから。双子ってだけでエンタメとして成立してしまうので、センセーショナルだったり変だったりするネタをやる必要がないんです>
――確かにダイタク=上手い、キレイな漫才をするコンビのイメージがあります。
<だからこそ、これまでもM-1では評価されづらかったのかもしれませんね。それでも双子で決勝進出はダイタクが初ですし、双子漫才でトップクラスの凄い奴らという箔(はく)はついたと思いますよ>
◆ジョックロック、ツッコミに型があるスタイルは伸び悩み
――6番手は結成2年で初出場のジョックロックでした。今回のダークホース的存在です。
<面白かったですね。東京ホテイソンや霜降り明星のような、ツッコミに型があるシステム漫才。でも、そのスタイルで今回の審査員の得点を伸ばすのはどうしても難しかったと思いますよ>
――確かに中川家の礼二さん、ナイツの塙さんの点数は伸び悩みましたね。
<あの二人はたぶん、システムや型にあまり興味がないのではないでしょうか。ネタのアイデアは本当に良いと思うんですけど、審査員はさらに奥のところを見ている気がするので。おそらく福本さんのツッコミがなくても笑えることが、高くなかった評価の大前提になってるんです。
でも、平場でのボケのゆうじろーさんの「面白くなります!」は素敵でしたね。見た目のとがった雰囲気とは違う、彼の人間性が出せたことは大きかったのではないかと思います>
◆バッテリィズ大爆発 中川家礼二が高評価のワケ
――そして7番手に登場したバッテリィズ。ここで序盤以来の大爆発が起きました。
<これは完全にカウンターでしたね。ジョックロックとは逆の、型じゃなくて中身のネタ。お笑いってこうだよね、みたいな。
順番的にも、そろそろお腹が空いてきたところに良いタイミングでガツンと来た感じ。これは審査員にも効いたと思います>
―――突如現れたマンガの主人公みたいでしたよね。
<エースさんって、たぶんボケてないんですよ。きっと彼は本当にそう思っているという、漫才の真髄(しんずい)。特に礼二さんは高く評価してました。礼二さんは、漫才において会話の自然さや、立ち話の延長を最も大事にしている人という印象があります。
ネタの構成も実は凄いんです。エースさんというあれだけの素材を捕まえた時、書き手は自分の手柄にしたがる人が多いと思います。でも、寺家さんはそうはしない。エースさんをバカにせず、彼にわかりやすく説明してる、ただそれだけ。完全に日常会話の延長になってるんです。ここ数年でも一番のネタだと思いますよ>
◆ママタルト ラーメン二郎のようなコンビ
――反面、この大爆発の後で出てきた8番手のママタルトは沈んでしまいました。
<バッテリィズの余韻がすさまじかったですね。いったんCMをはさんでもまだ残っていた。結果、審査員から長めのツッコミについての集中攻撃みたいになってしまったし、檜原さんのツッコミの良さがこれで失われてしまわないか心配ではあります。大鶴肥満さんがフィーチャーされがちですが“檜原さんの愛らしさ”がわかると非常に面白いコンビなんですよ>
――そういう意味では、今回のM-1は顔見せとしては良かったのかも。
<ですね。一回で良さがわかりにくいかもしれませんね。ラーメン二郎みたいに(笑)。楽しそうにネタをする二人っていうのがストロングポイントなので、そこは絶対に消えて欲しくないですね>
◆優勝候補エバース もったいなさ過ぎる
――そして9番手はエバース。去年の敗者復活戦で頭角を現し、今年は初めて決勝に駒を進めました。
<惜しかった! その場でルールを変えて最終決戦を4組でやって欲しかったくらいです。周りにも優勝候補に名前を挙げてる関係者が多かったんですよ。もったいなさ過ぎる!
私はネタ中の気になった言葉をメモに残すことが多いのですが、エバースのところは何も書いてないんです。夢中になって見てしまって。それくらい会話のやりとりが自然でしたね>
――あと1点で真空ジェシカに並んだのに……。
「令和ロマンが出場せず、バッテリィズ、真空ジェシカ、エバースで最終決戦をする世界線も見てみたかったです(笑)」
◆トム・ブラウン 「場を荒らす」「賛否両論」枠
――そして、ラスト10組目は6年ぶりの返り咲きとなったトム・ブラウンでした。
<いい意味でエキシビジョンマッチみたいな(笑)。場を荒らすために出てくるような人たちなのに、荒らした後に誰も出てこないという現象が起こってしまいました(笑)>
――評価は審査員によってだいぶ分かれました。
<それがトム・ブラウンですからね。M-1には絶対にこの「場を荒らす」「賛否両論」枠は欲しいです。ランジャタイもそうでしたが、地下ライブで沸々(ふつふつ)と煮込まれて突然出現するものなので、今後もきっと絶えず生まれてきちゃうとは思いますよ(笑)>
◆バッテリィズ応援の空気でも圧倒した令和ロマンの勝因とは
――最終決戦進出は、真空ジェシカ、令和ロマン、バッテリィズ。審査員の投票結果は令和ロマン5票、バッテリィズ3票、真空ジェシカ1票でした。
<これはもう、見た印象通りの結果でした。会場の空気は審査員も含めてみんなバッテリィズを応援していた人が多かったのではないでしょうか。が、致し方なしだと思います。令和ロマン、圧倒的でした。
くるまさんには俳優のポテンシャルの高さを感じましたね。どれだけの役を演じ分けたのか……。若手のネタ見せであんなネタを持ってこられたら絶対に私は止めますよ。ケムリさんが硬くなるくだりも、理屈がなさすぎるので止めると思います。でも、それらを乗り越えてきてしまう技術の高さ。
大喜利力は真空ジェシカだし、人間力はバッテリィズですけど、立ち回りと表現力が群を抜いていたのが令和ロマン。彼らのストロングポイントが明白になりましたね>
――結果、令和ロマンが二連覇の偉業を成し遂げました。
<今大会は「順番」と「流れを掴む力」が鍵になっていたと思います。また、新しい審査員たちがすごく良かったと思いますし、松本人志さんのいた位置が中川家・礼二さんだったのも納得でしたね>
◆松本人志は不在だが、審査員は影響されていない芸人はいない
――審査員に松本人志がいなかったことについて、何か感じましたか?
<確かに本人は居ませんでしたけど、審査員の世代を考えると、あの中には誰一人として”松本人志”に影響されていない芸人はいないわけです。そういう意味では、松本さんはM-1の神のような存在になったのかな、と(笑)。
だからこそ、そろそろ審査員に世代幅を与えてもいいような気がするんですよね。霜降り明星の粗品さんだったり、令和ロマンのくるまさんだったり>
――松本イズムを継承していない世代が審査するとなると、また大きな変化が訪れそうです。
<来年以降のM-1に今回以上の価値が生まれるのか心配になるほど盛り上がりました。もし、次回ドラマがあるとするならば、令和ロマンにはリアルにV3を狙って欲しい。反面、くるまさんの「終わらせよう」の言葉通り、これまでのM-1は終わりにしてしまってもいいとも思います>
◆M-1グランプリの賞金せめて1500万円に!防衛戦も
――大輪さんの考える、次世代のM-1とは?
<チャンピオン防衛戦とかやってみてもいいんじゃないですかね。賞レースが増えている昨今、チャンピオンが量産され続けているインフレを押さえた方がいいようにも思います。
また、次回以降を盛り上げる方法の一つとしても、賞金額は上げてもいいと思います。第一回と比べてお金の価値観は大きく変わってますし。せめて1500万円は欲しい!
とはいえ、エントリー数が10000組を超えたことは本当に喜ばしいこと。たくさんの若い人たちがこんなことをやっているうちは、日本もまだまだ大丈夫なのかもしれません(笑)>
<文/もちづき千代子>
【もちづき千代子】
フリーライター。日大芸術学部放送学科卒業後、映像エディター・メーカー広報・WEBサイト編集長を経て、2015年よりフリーライターとして活動を開始。インコと白子と酎ハイをこよなく愛している。Twitter:@kyan__tama