「SHOGUN 将軍」の成功から見えてくるもの
一時は“絶滅”を危惧されていた時代劇が、復活の兆しを見せている。「SHOGUN 将軍」が、アメリカのテレビ界最大の祭典・エミー賞で18部門を独占し、自主映画の『侍タイムスリッパー』が300館まで拡大公開されるほどの大ヒット。1月には2本の注目作が公開される。
戦後から1950年代にかけて映画で黄金時代を築いた時代劇は、70〜80年代にはテレビドラマの定番ジャンルとなった。それが、今世紀になるとお茶の間からほとんど姿を消してしまっていたが、ここへきて再び脚光を浴び始めた。理由はいくつか考えられるが、最も大きいのは「SHOGUN 将軍」の成功だろう。
ディズニー傘下のFXが製作した全10話の時代劇で、戦国時代末期が舞台。関ケ原の戦いへと至る歴史をモチーフに、徳川家康をモデルにした武将・吉井虎永、日本に漂着した英国人航海士・按針、細川ガラシャを思わせる通訳・鞠子らの運命が交錯する。キリスト教の新旧派対立を盛り込むことで西洋人にもなじみやすい構成になっているとはいえ、セリフの約7割は日本語。1月5日に発表されるゴールデン・グローブ賞でも、作品賞、主演男優賞(真田広之)、主演女優賞(アンナ・サワイ)、助演男優賞(浅野忠信)の4部門にノミネートされている。
これほどの成功をもたらしたのは、プロデューサーを兼ねた真田広之の熱意にある。『ラスト サムライ』(03年)への出演を契機にハリウッドへ活動の拠点を移した真田は、日本を正しく伝えることにこだわり、「SHOGUN 将軍」では時代劇に精通した日本人スタッフを多く起用した。だからエミー賞でも歴代最多となる9人の日本人が受賞を果たしている。日本人が見ても違和感のない戦国時代が再現されているのは、そのためだ。
|
|
この作品は、ディズニープラスで日本を含め世界中に配信されている。この“配信”という公開スタイルも時代劇の復活を後押しする一因だろう。時代劇が母国語に自動翻訳されて世界中で広く見られるようになったことで、日本のエンタメ・ジャンルから世界のエンタメ・ジャンルへと格上げされたのだ。かつては黒澤明の『七人の侍』がアメリカで『荒野の七人』という西部劇に翻訳されて公開されたが、これからは時代劇のままでいいことになる。イタリアでマカロニ・ウエスタンが作られたように。「SHOGUN 将軍」が、それを証明してくれた。
さらに言えば、リアルタイムで世界マーケットを相手にできる配信コンテンツには、ハリウッド大作並みの製作費を投入できる。実際、NetflixやAmazonが次々と大作を手掛けている。2億5000万ドル(約350億円)を費やした「SHOGUN 将軍」の成功は、そのことも証明してくれた。
1月公開の新作に見る時代劇の未来
1月17日から公開される映画『室町無頼』も、時代劇の復活を印象づける重要な作品だ。大泉洋が、日本史上初めて武士階級として一揆を先導した蓮田兵衛を演じる。応仁の乱前夜の京を舞台にした痛快時代劇で、監督は『SR サイタマノラッパー』シリーズや『あんのこと』の鬼才・入江悠。初挑戦となる本格時代劇で、才能がほとばしる野心的な演出を見せるのだ。
|
|
それを支えるのが、監督の頭の中にあるイメージを見事に再現するVFX技術と、時代劇の伝統の融合。かつて剣戟やチャンバラと呼ばれた時代劇の一番の魅力は、殺陣だった。つまりアクションをどう見せるか。香港の武侠映画を発祥とする“ワイヤーワーク”がアクション映画の可能性を押し上げたように、『室町無頼』からは時代劇の新たな未来像が見て取れるのだ。
この映画の製作幹事・配給は東映。東映は、黄金時代をけん引した時代劇の老舗。1960年をピークに時代劇が陰りを見せると、基軸をヤクザ映画へと移行していくが、その過渡期に黒澤明によるリアルな肌触りの時代劇の影響を受けて作られたのが、『十三人の刺客』(63年)などの“集団抗争時代劇”だった。それを現代によみがえらせたのが、11月に公開された『十一人の賊軍』。『孤狼の血』の白石和彌監督らしい生々しいのに痛快な時代劇で、ここにも時代劇の新たな可能性が息づいていた。
1月24日には、松竹配給の『雪の花 ―ともに在りて―』も公開される。黒澤明の助監督だった小泉堯史監督作で、江戸時代に疱瘡(天然痘)の治療に尽力した実在の町医者・笠原良策の伝記もの。『室町無頼』もそうだが、今の時代に通じる身分や差別に縛られない主人公の生きざまを、古き良き時代劇の伝統が下支えしている。真田広之が受賞スピーチで語ったように、時代劇の技術が途切れなかったことは本当に大きい。
このように、マーケットの世界規模への拡大だけでなく、新しい技術と伝統の技を融合させた斬新な表現や、現代的なテーマやメッセージを取り入れて、古典ジャンルをブラッシュアップさせることで、時代劇は息を吹き返したといえる。決して一過性のブームではなく、時代劇の未来は間違いなく明るい!
(外山真也)
|
|