【映画大賞】安田淳一監督、140年後タイムスリップ侍物語大ヒット導いた「逆算の思考」/ロング版

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2025年01月01日 10:00  日刊スポーツ

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日刊スポーツ

映画「侍タイムスリッパー」で作品賞と監督賞を受賞した安田淳一監督(撮影・滝沢徹郎)

第37回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(日刊スポーツ新聞社主催、石原音楽出版社協賛)の各賞が、先月27日の配信番組および28日付の紙面で発表されました。動画や紙面でお届けできなかった受賞者、受賞作関係者のインタビューでの喜びの声を、あらためてお届けします。


   ◇  ◇  ◇


「侍タイムスリッパー」が、24年8月17日に“インディーズ映画の聖地”と呼ばれる東京・池袋シネマ・ロサ1館のみで封切られて4カ月。全国での公開は355館に拡大し、興行収入は同12月25日時点で8億1700万円を記録した。そして、日刊スポーツ映画大賞では作品賞、安田淳一監督(57)の監督賞、そして俳優人生25年で映画初主演の山口馬木也(51)の主演男優賞と3冠を獲得した。この成功を成し遂げた最大の要因として、安田監督は「逆算の思考」と、さまざまな職種で磨いてきた「ビジネス眼」を挙げた。


安田監督が「侍タイムスリッパー」の企画を着想したのは2017年(平29)。「京都映画企画市」に企画の出品を考えた時だった。京都映画企画市は、京都府と特定非映像産業振興機構が主催し、優秀映画企画には時代劇の拠点である京都・太秦の東映京都撮影所か松竹撮影所の協力の下、短編映像制作の権利が付与されるコンテストだ。


企画を考える中で、同年に公開した前作「ごはん」に起用した“5万回斬られた男”と呼ばれた斬られ役の名優福本清三さんと、役所広司(68)が現代にタイムスリップした侍を演じた同年の宝くじCMが、頭の中で結び付いた。「役所さんのCMと福本さんが頭の中でくっついて、侍が現代の撮影所にタイムスリップして、斬られ役をやっていく…。まず1つのインパクトは、名もない侍が現代の撮影所にタイムスリップしてきて、右往左往して斬られ役になるというのは、いろいろ、ちぐはぐなことが起こって面白くなる」と感じたという。


ただ、浮かんだアイデアを自ら、面白がって悦に入るのではなく「30分見れば満腹になるような、単なる面白いコメディーのワンアイデアに過ぎない」と冷静に分析。「もっと、これにはドラマチックな要素が必要だ」と、1本のドラマになるために必要な要素を逆算して積み重ねていった。


まず、撮影所を舞台にするなら…と考え、頭に浮かんだのが大好きな「蒲田行進曲」だった。日本映画史に残る「階段落ち」のシーンを踏まえ「『階段落ち』という壮大なクライマックスがあった。あれみたいなのを自分のアイデアに何とか持てないだろうか?」と熟慮した。


その中で「真剣で斬り合うシチュエーションができれば結構、大きいクライマックスになる」と思い付き、そこから「対立する2人が、ともにタイムスリッパーという要素が絶対に必要」と、さらに発想が広がった。「うまいことお客さんにバレないようにするには、時間差を付けて」と、主人公と対立する相手がタイムスリップするタイミングをずらすアイデアまで浮かんだ。


では、その対立する2人を、どこの時代からタイムスリップさせれば、一般の観客には分かりやすいのだろうか。安田監督は「幕末でいうと会津と長州がいいだろうと」と判断。落雷によって幕末から現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてしまい、140年後の現代を「斬られ役」として生きていく、主演の山口馬木也(51)が演じた会津藩士の高坂新左衛門、庄野崎謙(37)が演じた山形彦九郎、さらには冨家ノリマサ(62)が演じた時代劇スター風見恭一郎が生まれた。同監督は「全部、逆算で考えてはめていって、組み合わせていったのが、ああいう形になったということ」と振り返った。


脚本を書き、出演して欲しいと福本さんに脚本を渡すも、21年元日に亡くなってしまい、願いはかなわなかった。それでも、福本さんが所属した東映京都撮影所の目に留まり、同撮影所の全面協力のもと、企画は22年5月に始動した。


「僕ら世代の監督には、時代劇への憧れがある」と語るように、どうしても時代劇は作りたかった。当初は「自分でお金、出そうとは思っていなかった」というが、コロナ禍が発生し「援助してもいいよ、みたいな会社がフラフラになった」ことを受けて「自分のことなど、誰も見つけてくれないだろうと思い、お金を出して撮るしかない」と覚悟。「貯金を全部はたき、大事に乗っていた車も売っぱらった」など私財を投げ打ち、2600万円の製作費を捻出。自主映画としての製作に踏み切った。「東映京都の格安の協力がなかったら実現せえへんと思いました」と当時を振り返る。


ヒットに結び付けるために参考にし、徹底的に研究したのが、18年の映画「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)だった。わずか300万円で製作され、18年6月28日に都内の2館で封切り後、口コミから興行収入(興収)31億円超、全国375館まで拡大公開した現象に着目した。


まず、山奥の廃虚を舞台に37分間ワンシーン・ワンカットでゾンビサバイバル映画を撮影する自主映画撮影隊と、その製作の舞台裏を描いた物語を分析。「あの映画の、おもろさの1番のベースは、脚本の発明的な構成によるもの。ああいう発明は、なかなかできない」と感じたという。


一方で「劇場でゲラゲラ笑って最後、拍手が出るという現象さえ起こせれば、脚本のアプローチもオーソドックスな要素のクオリティーを上げていけば、うまくできるんちゃうかな」と、笑いの仕組みを作ればムーブメントは起こせると考えた。「脚本ができた時、おもろい、おもろいと言われたので。現象をきちんと自分で解析、勉強した」という。22年7月にクランクインし、約半年かけて撮影し、23年10月に特別招待された京都国際映画祭での上映は大好評だった。


手応えを得て、商業上映に踏み切った。その際に選んだ劇場は「カメラを止めるな!」を公開初日から258日間、上映し続けてムーブメントを生みだした“インディーズ映画の聖地”東京・池袋シネマ・ロサだった。【村上幸将】(後編に続く)


◆安田淳一(やすだ・じゅんいち)1967年(昭42)京都府城陽市生まれ。大阪経済大在学中から映像制作を始め、卒業に8年かかる。卒業後、幼稚園の発表会からブライダル撮影、企業用ビデオ等の撮影業を開始。イベントの演出や油そば店の開業など、さまざまな事業をこなす中、14年に自主製作映画「拳銃と目玉焼」を公開。23年に父が亡くなったことを受け実家の米作り農家を継ぐ。24年に新藤兼人賞銀賞を受賞。


◆侍タイムスリッパー 会津藩士・高坂新左衛門(山口)は幕末、長州藩士と刃を交えた瞬間、落雷で気を失う。目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。江戸幕府の滅亡を知り、気を落とすが、剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として撮影所の門をたたく。

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