重厚感ある金属製のカードを手にしたい――。そんな顧客の願望を実現したクレジットカードが注目を集めている。ジェーシービー(JCB)が2024年10月に発行した招待制カード「ザ・クラス」専用の金属製カードだ。
ATMでは利用できず、発行手数料も3万3000円と高額。それでも発行後わずか2カ月で想定を上回る申し込みがあるなど、予想以上の人気ぶりを見せている。ステータスを求める消費者心理をとらえた新たな金融サービスの形が見えてきた。
●JCBがついにメタルカードの発行開始
高級レストランでの決済時、「カードを出したときの店員さんの反応が全然違うんです」。テーブルに置かれた金属製カードは光の加減で微かな輝きを放ち、周囲の目を引きつける。こうしたシーンを想像して、ユーザーはメタルカードに手を伸ばす。
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Mastercarの最上位カード「ラグジュアリーカード」が2019年に国内で金属製カードの提供を始めて以来、アメリカン・エキスプレスなど、大手カード会社が相次いで参入してきた。高級カードの新たな象徴として、金属製カードの存在感は年々高まっている。
「約5年前から、お客さまからの金属製カードへのご要望が徐々に増えていました」。JCBイシュイング本部販売促進部プレミアムサービスグループ副主担の司茂真理子氏はそう明かす。
同社が毎年実施している顧客アンケートでも、「あったらうれしいサービス」の上位に金属製カードが顔を出すようになった。背景には、クレジットカード市場の大きな変化がある。
「お得重視のカードと、ステータスを重視するカードへの二極化が進んでいます」と同主担の渡邉智子氏は説明する。かつては憧れだったゴールドカードも、一定の利用額で年会費が無料になる商品が増加。年会費数千円程度の商品も珍しくなくなり、以前のようなステータス性は薄れている。
その代わりに存在感を増しているのがプラチナカードだが、一見しただけでは通常のカードと区別がつきにくい。その点、メタルカードは重さ、質感、テーブルに置いたときの「チリン」という音色まで、従来のカードとは明確な違いがある。プレミアムカードの新たなシンボルとして、金属製カードが注目を集める理由がここにある。
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●メタルカードとは何か
では「メタルカード」とはなにか。
通常のクレジットカードはプラスチック製だが、これを金属素材でつくったのがメタルカードだ。例えばラグジュアリーカードはステンレス製を採用している。JCBは今回投入したカードの素材を明らかにしていないが、重さは16グラムとプラスチックカードの2倍以上。手にした瞬間のずっしりとした重量感が、高級感を際立たせる。
プラスチックカードと比べ、製造工程ははるかに複雑だ。「カードの製造には特殊加工が必要で、すべて手作業での封入となります」と司茂氏。タッチ決済への対応には、技術的な課題も伴う。金属は本来、電波を通しにくい性質がある。
一般的には2枚の金属板の間にアンテナを組み込んだプラスチック層を挟み、通信を可能にする構造だ。JCBのメタルカードは断面の仕上がりが特に美しく、どのような構造で通信を実現しているのかは明らかにしていない。
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ただし、金属製カードには独特の制約がある。他社は「注意が必要」程度の案内にとどめているが、JCBは慎重な姿勢を見せる。ATMはもちろん、JR券売機やタイムズのパーキングメーター、カードを曲げて取り込む仕様の決済端末では利用できない。「カードが曲がらない特性上、機器の故障につながるリスクがあります」と司茂氏は説明する。
この課題を解決するため、JCBは「ペアカード方式」という珍しい仕組みを採用した。通常のプラスチック製「ザ・クラス」に加えて、金属製カードを2枚目として持つ形だ。支払いシーンに応じて使い分けられるよう、番号も異なる。キャッシング機能も、ATMを使用する関係でメタルカードでは利用できない仕様とした。
デザインには金属素材ならではの細やかな工夫を凝らした。カード表面には金属の質感を際立たせる繊細なヘアライン加工を施し、1990年の発行開始以来、JCBの象徴として親しまれてきたペガサスのロゴは、通常カードの約5倍という大きさで刻印。ロゴ内部にも特殊な彫り込みを入れ、傾けると光の反射具合が変化する仕掛けだ。「JCB」の文字やカード番号なども、光が中心に集まるような加工を施した。
発行手数料3万3000円という価格設定について、「高額」との声がある一方で「妥当」との評価も聞かれる。年会費5万5000円の「ザ・クラス」に加えての追加費用となり、2024年2月に発表されたアメリカン・エキスプレスの新型メタルカード「ゴールド・プリファード」(年会費3万9600円)と比べても強気の価格設定だ。
さらに5年後の更新時や紛失による再発行時にも同額の手数料がかかる。「所有する満足感や重厚感など、プレミアムな価値として設定させていただきました」と渡邉氏。カード券面には職人による特殊加工が施され、梱包資材にもこだわった。手作業での封入など、製造工程の複雑さも価格に反映されているという。
●非接触の世界におけるメタルの意味
10月の発行開始以来、SNSでは「待ってました」という声が相次いだ。JCBは積極的な告知を控えめにしているものの、発行直後から想定を上回る申し込みが続いているという。
「対面での決済、特に高額な買い物の際にメタルカードを使う頻度が増えたとの声を多くいただいています」と司茂氏は手応えを語る。
利用実態からも、店頭での対面決済でメタルカードを積極的に使用する傾向が見えてきた。金属製カードの発行には手作業での封入など手間のかかる工程が必要で、申し込みから届くまでには2〜3週間を要する。それでも多くの会員が「重厚感のある非日常的な体験」を求めて申し込みを決めているという。
JCBはメタルカード発行と並行して、プレミアム会員向けの新サービスも充実させる。2025年春には予約困難な飲食店の予約サービス「JCBスター・ダイニング by OMAKASE」を開始。約1000店舗の厳選された飲食店から、条件に合う店舗を簡単に検索・予約できる。「ザ・クラス」会員には、優先予約枠の提供など独自の特典も用意する。
このように人気のメタルカードだが、皮肉なことに今はカードを手渡す機会が激減している。コロナ禍での接触回避やスキミング防止の観点から、店員がカードに触れることはめっきり減った。タッチ決済の普及で、カードを財布から出すことすら少なくなった。スマートフォンに紐(ひも)付ければ、それが無料カードなのかハイステータスカードなのかも分からない。
筆者も某社のメタルカードを所持しているが、端末によって使えるか注意が必要な上、重さゆえに持ち歩きには不便だ。人前で使っても特段の反応はなく、結局は自己満足の範疇(はんちゅう)を出ない。
それでも不思議なことに、金属製カードへの人気は高まる一方だ。デジタル化が進み、カード決済の非接触化が当たり前になった今だからこそ、「自分へのご褒美」として物理的な価値が見直されているのかもしれない。
株式投資や銀行預金は目に見えないものだが、カードは手に取って触れる数少ない金融商品だ。デジタル化が進む金融の世界で、質量を持つ「特別なカード」は、新たな価値を見出されつつある。
(斎藤健二、金融・Fintechジャーナリスト)
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