気持ちを100%表現できるようになった結果ジャスチャーを失った? 曖昧でユニークな日本語という言語

0

2025年01月14日 18:21  BOOK STAND

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

BOOK STAND

『日本語界隈 (一般書)』川添 愛
 私たち日本人が日本に住んでいる限りは、基本的に毎日のように使う日本語。普段何気なく話したり書いたりしている日本語は、シチュエーションや相手によって言葉を選ぶ場合もある。お笑い芸人であり、現在は小説家としての一面も持つふかわりょう氏は、そういった言葉の選択を日々楽しんでいるという。

「クローゼットから引っ張り出したワンピースを鏡の前であてたり、真新しい靴を部屋で履いてみるように、常に言葉でスタイリング。そう。24時間ファッションショーなのです」(同書より)

 ふかわ氏が日々"ファッションアイテム"のように使う日本語を、言語学者として研究を続ける傍ら、多数の著書も出版する川添 愛氏と一緒に対談形式でまとめたものが『日本語界隈』(ポプラ社)だ。

 そもそも日本語とは、最初は「音声言語」として存在したものだと川添氏は言う。社会が発展するにつれ表記の必要性が生じ、そのときに初めて隣の国から「漢字」を借りて書き記すようになった。しかしご存知のように、日本語には漢字では表せない「てにをは」などがある。そこで生み出されたのが「万葉仮名」というわけだ。

 万葉仮名の発明に至った経緯を川添氏から聞いたふかわ氏は、以下のように感想を漏らしている。

「『漢字だけでは足りないんだ』という強い意思、人格を感じますよね。しっくりくるように仕立てられたオーダーメイドの言語が必要だった。(中略)自分の思いをほぼ100パーセントに近い状態で言語化できるものを発明したのではないかと」(同書より)

 気持ちをほぼ100パーセント言語化できるようになった結果、日本人はどう進化したのだろうか。ふかわ氏は、「ジェスチャーが少なくなった」と推測する。たしかに、欧米人に比べると日本人は会話の際にジェスチャーを多用しない。これはかなり新しい視点ではないだろうか。

 また、同書では「日本語の持つ曖昧さ」にも言及している。例えば「大丈夫」という単語。私はよくスーパーでレジ袋について聞かれた際に「大丈夫です」と答えてしまうのだが、ふかわ氏はこの否定なのか肯定なのかわかりにくい「大丈夫」に、外国人の日本語学習者は苦労しているのではないかと考えているそうだ。

 これには日本人特有の「ノー」をあからさまに言いたくない心理が働いているらしい。そのため、少し曖昧な表現で否定をコーティングしたくなるのだろう。

 さらに、ふかわ氏は「普通に」という言葉がずっと気になっていると語る。

「『普通においしい』とか言うでしょう、最近。引っかかりませんでしたか?」(同書より)

 実は川添氏も「普通に」は引っかかっていて、著書の感想に「普通に面白かった」と言われると微妙な気持ちになると答えている。ただ「面白かった」では足りない何かがあるのか、「面白くないかも」と否定から入ったから「意外と良かった」の意味を含んだ「普通に」なのかと2人が考えた結果、出た答えは「普通に」はそれほど意味がないということ。

 ただし「普通に」は断定を避ける言葉でもあり、状況に幅をもたせる言葉でもある。ふかわ氏は「無難で、否定されにくい表現」と結論付けたが、なるほどここにも日本人の"曖昧さ"が出ているのかもしれない。

 ふかわ氏の興味は、日本人が言葉を略すときなぜ「4文字」なのかにも波及する。たとえば「ドラゴンクエスト」を「ドラクエ」、「木村拓哉」を「キムタク」と言うように。4文字の略語が多い理由には、川添氏いわく「日本語は2文字が1単位」といった傾向があるそうだ。さらにこの「2文字で1単位」を4つ分並べて4拍子にすることが多く、実際にそれを口にするのが気持ちいいと日本人は感じているらしい。

 そして4拍子にすると、1小節に最大で8文字入ることになる。8文字を目一杯使わず、7字や5字に収めるとちょうどいい具合に間が空く。どうやら俳句や短歌の「七五調」はここから来ているらしいのだ。

 「日本人はもともと農耕民族だから、田植えや稲刈りのときに『右、左、右、左』と手足を動かすような単調なリズムに親しんできたそうです」(同書より)と、川添氏は語る。まさか4文字の略語が、元を辿れば日本人が農耕をして暮らしてきたことに起因するとは。これから略語を使うたびに思わず意識してしまいそうである。

 他にも日本語の「の」は懐が深い件や、発音していて口が気持ちいい「クチスタシー」度の高い言葉がスタンダードとして残っているなど、興味深い話は尽きない。「言葉」が大好きな2人による「言葉」を深掘りする同書は、気楽に日本語について知ることのできる良書ではないだろうか。




『日本語界隈 (一般書)』
著者:川添 愛,ふかわ りょう
出版社:ポプラ社
>>元の記事を見る

    前日のランキングへ

    ニュース設定