日本の研究開発が危ない 旭化成社長が「AIは武器になる」と確信したワケ

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2025年01月18日 14:50  ITmedia ビジネスオンライン

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旭化成の工藤幸四郎社長(アイティメディア今野大一撮影)

 2025年の幕が開けた――。21世紀も「4分の1」、つまり四半世紀が過ぎようとしている。


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 2024年のキーワードはAIだった。生成AIは単なる業務効率化に限らず、企業やビジネスの在り方を根本から変えようとしている。世界中の経営者がAIと向き合うことから逃れられない状況だ。世界経済や政治情勢も混迷を極めていて、経営者にとって企業のかじ取りはより難しくなっている。2025年、経営者が持つべき視座とはどのようなものなのか。


 「2025年 新春トップインタビュー 〜AI革新企業に問う〜」では、経営に関するさまざまなヒントを届けていく。富士通、NEC、旭化成、LINEヤフー、電通、日本HPの社長に2025年の展望、そしてAI活用を通じて自社をどう伸ばしていこうとしているか、その具体策を聞いた。


 最初にレポートするのは、経済産業省などが選ぶDX銘柄に4年連続で選定され、開発・製造・マーケティングなど各方面でDXを進めてきた旭化成だ。同社は【旭化成社長に聞く「事業ポートフォリオ転換のワケ」 トランプ政権誕生の影響は?】でレポートした通り、工藤幸四郎社長の指揮のもと、事業ポートフォリオを転換してきた。


 工藤社長は「当社は生成AIを、日本の中でも比較的早くから活用してきた。AIはこれから大きな武器になる」と話す。旭化成の“企業城下町”である宮崎県延岡市に生まれた工藤社長。2022年に「創業の地」出身者として初めて、同社のトップに就いている。しかもそれは創業100周年のタイミングだった。


 工藤社長は研究開発について「日本全体が危機的な状況だと思う」と吐露する。発言の真意を聞いた。


●イノベーションを起こすには“クレイジー”であれ 理由は?


――2024年は生成AIが流行しました。旭化成ではAIをどのように活用していきますか。


 当社は生成AIを、日本の中でも比較的早くから活用してきたと思います。メーカーなので、とりわけ重要なのは生産性向上に資するかどうかという点です。例えばリスクを低減させる取り組みとして、現場の危険予知に役立てるために生成AIを活用し、工場でのトラブル防止や品質向上に生かしています。


 競争力を強化するための材料の用途探索でも活用を進めています。これは機械学習などを活用して材料開発の効率を高めるMI(マテリアルズ・インフォマティクス)などにも通じる部分があり、AIはこれから大きな武器になると思います。


 いまは日本全体で、工場現場にいるベテラン社員がかなり減少しています。紙でしか残っていない過去のさまざまな記録などをデータ化しておくと、トラブルが起きた時にベテラン社員がいなくても対応できるなど、危険予知の対策は人手不足だけでなく経験不足を補う重要なツールになると思います。


――旭化成は早くからDXに取り組み、DX銘柄にも選ばれてきました。その狙いは何でしょうか。


 やや先行投資型で2020年前後から人材を集めて「デジタル共創本部」という組織を作りました。その本部長には日本IBM出身の久世和資氏に就任してもらい、旭化成のDXを進めてきました。


 DXで最も重要なのは現場だと考え、現場とどのようにリンクさせていくかを真剣に検討してきました。現場が主役でDXはそのためのツール。この考え方のもとにスタートしたので、活動に説得力が出てきて、社内の理解を得られました。こうしたことが評価されてDX銘柄にも選ばれてきたのだと思います。


――過去に米国のロイカ工場閉鎖などを経験されてきました。事業を撤退するときに心掛けていることは何ですか。


 繊維事業で育ってきましたが、1990年代にナイロン、2002年にレーヨン、2003年にアクリル繊維、2009年にポリエステルなど汎用繊維を続けざまに撤収してきました。私が弾性繊維のロイカ事業部長だった時に、買収した米国工場の撤収を進めました。


 撤収は最後の選択肢です。それまでに引き取ってくれる会社があれば事業を譲渡して、働いている従業員が職を失わない方策を取るのが良い選択なのです。


 2024年は血液浄化事業と、診断薬事業の2つの譲渡を決定しました。譲渡先の会社の、この事業や投資に対する考え方、成長へ向けての見方が極めて納得できるものでした。従業員は旭化成を離れることによって寂しい思いをするでしょうが、新しい会社のもとで運営した方がさらに事業が発展し、成長できると考え、事業譲渡を決めました。もしそうでなければ、事業を譲渡しても従業員が不幸になります。


――2018年の繊維事業本部長時代には、米国の自動車内装材メーカーのセージ社の買収を指揮しました。どういう狙いだったのでしょうか。


 この買収では、大きな経験をさせてもらったと思っています。


 繊維事業本部長だった当時は、撤収が多かった繊維分野を、いかにして成長させていこうかと考えていました。そんな時に、セージ社は自動車の内装材として強い繊維素材を持っていたので、買収することによって当社の繊維事業を強くしたいという思いがありました。


 撤収が続いていた繊維事業を「逆に伸ばそう」という戦略で、買収を仕掛けました。買収後も経営陣が残ってくれて、状況の変化に応じたアジャイルな経営がしっかりできているので買収して良かったと思っています。


●日本企業がイノベーションを起こすために必要なのは?


――旭化成は女性社員の活用について、どのように対応しようとしていますか。


 女性の登用で話題になる会社は非製造業が多く、製造業の場合は現場があるので比率そのものは、日本中の平均からすると低くなります。急に女性の比率を増やすことは難しいのですが、まずは現状は約3割にとどまっている採用の女性比率を高めて、女性の活躍を意識して育成をしていきます。


 結婚して育児などに時間が必要になった時には、仕事との両立を支援する必要があります。その後の課題は「登用」になります。採用から登用までのパイプラインを作っていけば、自然と女性が生き生きと活躍できる会社になると思います。数字的な目標として、2030年までに女性管理職の比率を10%にしたいと考えています。継続的に増やしていく形を作り上げることが重要ですね。


――日ごろから会社経営をするにあたり、心掛けていることはありますか。


 世の中の変化が速いので、その変化への対応力を身につけることが重要です。アセット(資産)を軽くして、変化に対応できるアジャイルな経営が求められています。


 座右の銘としては「伝統は守るべからず、つくるべし」という恩師の言葉を自らに言い聞かせています。経営者になって分かったのですが、どうしても守ろうという姿勢になりがちです。次に何が起きるかを予想して、今のうちに手を付けておくことが大事です。2030年を展望しながら今やるべき変革をやる。そして将来後輩たちに「あの時、変革をやってもらって良かった」と言ってもらえるような経営をしたいと思います。


 研究開発については、日本全体が危機的な状況だと思います。イノベーションを起こすためには構想力や執着心が必要で、ある意味“クレイジー”である必要があります。リチウムイオン電池の開発で2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さん(名誉フェロー)は、ものすごい執着心を持って研究をされていました。良い意味でクレイジーな時間の使い方が必要なのですが、働き方改革の流れもあり、大企業だけでイノベーションを起こすのは極めて難しい環境になっています。


 そこでCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を運営して、フレキシブルな時間の使い方をして、開発などに取り組んでいるスタートアップと提携して技術を花開かせる手伝いをする、オープンイノベーション的な発想が求められています。もう一つは、大企業の中には優秀な人材が多くいるので、自由に働けるような環境の法的整備、特区のようなものが必要ではないでしょうか。


●「伝統を守らない」 言葉の重み


 以上がインタビュー内容だ。多角化経営を進めてきた旭化成が、過去の伝統と決別して、新時代に即応した経営路線を歩もうとしている。


 印象に残ったのが「伝統を守らない」という工藤社長の座右の銘だ。言うは易い一方、実行は難しい。それだけに「重い言葉」に思えた。米国のように不採算部門があればすぐにカットできる経営環境ではない日本では、雇用を守りながら構造改革を進める必要がある。実行するのは簡単ではない。


 これを次々とやってのけた工藤社長の力量は、成長軌道に入ろうとする旭化成にとって強い味方になりそうだ。EVへの逆風が強まる中、カナダに投資したセパレーター事業の行方が気になるものの、リスクを分散した慎重な投資方針にはうなずけるものもある。中長期的には健全な海外投資といえそうだ。


(中西享、アイティメディア今野大一)



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