【今週はこれを読め! コミック編】暴君の父への割り切れない感情〜おかくーこ『父を怒らせたい』

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2025年01月20日 18:20  BOOK STAND

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 実家で両親と暮らす24歳のよえ子は、今日も作戦を練っている。その狙いは、「がんを再発して寝たきりになった父を怒らせる」こと。人が聞けば目が点になるような目標に向かい、彼女はいたって真剣に、奇妙な行動を次々と起こしていく。

 たとえば父の目覚めに合わせて耳元でクラッカーを鳴らしてみたり、被り物と衣装を身につけてはベッドの周囲で踊ってみたり。どれも昔であれば、父はとっくに激怒していた。しかし今は、彼女のどんな行動にも反応しない。肩を落として次に移ろうとするよえ子を、母は止めることなく受け入れながら、夫に寄り添い介護する。

 なんとも不思議な話だ。登場人物たちに、ほぼ感情移入できない。にもかかわらず、「わかる!」と「わからない!」が混在し続ける。それがどうにも面白くて、つい先が気になってしまう。

 よえ子の父は、長いこと家庭内の暴君として君臨してきた。ささいなことで怒鳴り散らされ、理不尽な暴力をふるわれ続けてきたよえ子。父ががんを再発したと知った時、彼女は内心で「せいせいする!」と毒づいた。それは実にもっともな感情だ。

 一方でどんなバイトも長続きせず、彼女の身体だけが目当てのダメ男と付き合うよえ子の現状は、人生の袋小路だ。さりとて焦りもない。なぜなら、すべての元凶だった父が死んでしまえば自由になれると、わけもなく信じていたからだ。

 しかしいざその日が迫りつつあるとわかった時、よえ子は動揺する。余命いくばくもない父から「お前のすきにしろ...」と言われても、どうしたらいいのかわからない。ただ、思いがけず父の怒りにふたたび触れた時、よえ子はかつての父を見つけ、目を輝かせる。彼女にとっては怒りこそが、父を父たらしめるものだった。

 とはいえ、親の怒りが生の実感というのは、子としていびつなことこの上ない。実際、彼の暴力を知る周囲の人たちは、なぜ彼女があえて怒らせることをするのか、理解できない。そのことに深く頷くと同時に、でもどこかで、よえ子の気持ちもわからなくはない。

 つまるところ「怒らせたい」は、「知りたい」にもつながっている。彼女の言動は、子どもが大人に対して愛情を確認するための「試し行動」のようにも見える。成人した身で、理不尽からはもう逃げられるはずなのに、よえ子は父との関係を諦めていない。無意識であれ、矛盾した感情が同居する。

 母の穏やかな態度も不思議のひとつだ。子どもへの壮絶な暴力を目にして、彼女が夫を止めなかったはずはない。そんな夫から逃げることなく、暮らし続けることができたのはなぜなのか。その理由は、1巻では明らかになっていない。くわえて、口ではよえ子にあれこれ言いつつ、娘の奇妙なふるまいや社会人として足りない部分を責めるでもない母の態度は、物語になんとも言えない緩さを与えている。

 著者は本作が初単行本ながら、絵と構図の巧みさは既に一線を画している。書き込みの多さも尋常ではなく、自在な線と手書きの文字に心が躍る。重苦しい物語を軽やかに読ませてしまうのは、おそらくそういった力ゆえでもあるのだろう。2巻は2025年2月28日発売予定。割り切れない物語の続きが、今から待ち遠しい。

(田中香織)


『父を怒らせたい (1) (ビッグコミックス)』
著者:おかくーこ
出版社:小学館
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