田舎暮らしに憧れるイラストレーターの杏奈は、脱サラした夫・輝道(若葉竜也)と共に都会を離れ、麻宮村に移住する。自治会長の田久保(田口トモロヲ)をはじめ、距離感の近すぎる村民たちのおせっかいにへきえきしながらも、スローライフを満喫する2人だったが、やがて恐るべき村の秘密を目の当たりにする…。
1月24日公開の『嗤う蟲』は、日本の“ムラ社会”のダークサイドをえぐるヴィレッジ《狂宴》スリラーだ。主人公・杏奈を演じるのは、『今はちょっと、ついてないだけ』(22)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(23)などで活躍する深川麻衣。「今までありそうでなかった着眼点」と語る本作の舞台裏を聞いた。
−オファーを受けて台本を読んだときの印象をお聞かせください。
幽霊が出てくるようなホラーは苦手なのですが、こういう人間的で「もしかしたら、あるかも」と思えるスリラーやサスペンスは大好きで、普段から面白い作品を探して見ているんです。しかもこの作品では、次第に明らかになる“村の秘密”が、今までありそうでなかった着眼点だと思い、楽しく台本を読みました。
−そういう点に興味を引かれたわけですね。
さらに、城定(秀夫)監督からは「杏奈と輝道の夫婦を善人に見せたくない」とも言われていて。「誰かが100%悪い」という描き方ではなく、どの登場人物にも同情の余地があり、見方や立場によって受け止め方が変わるんです。例えば、杏奈に子どもが生まれた後、村の人たちが代わる代わる抱っこする場面がありますが、それを「やめて。そんなに触らないで」と思う人もいれば、「かわいがってくれてありがとう」と思う人もいるだろうなと。そういう点も面白いと思いました。
−お話に出た、子どもが抱っこされる場面をはじめ随所で、村人たちに遠慮しつつも杏奈の嫌悪感が垣間見えるお芝居が絶妙で、物語にリアリティーを感じました。そういうお芝居は、どのように作っていったのでしょうか。
今回は、城定監督が役者陣に委ねてくださった部分が大きかったんです。ただ、私には出産して子ども持つという実体験がまだないため、子を持つ母親が他人の介入を不快に感じるリアルな程度が分からなかったので、監督に相談したり、子どものいる友だちにいろいろと質問したりして、想像を膨らませました。
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−なるほど。
その上で、「善人に見せたくない」という城定監督のお話も踏まえ、お芝居する際は、杏奈自身にもその原因があると感じさせつつ、相手に遠慮しながら嫌がる杏奈の本心が、映画をご覧になる皆さんには伝わる、くらいの微妙なニュアンスを意識しました。
−なかなか難しそうなお芝居ですが、『愛がなんだ』(19)でも共演した若葉竜也(杏奈の夫・輝道役)さんとお芝居について相談した部分もあるのでしょうか。
夫婦の会話については、映画を見ている方により親近感を覚えてもらえるように、若葉くんと監督と相談し、セリフをより日常的な言い回しに変えている部分があります。最初は物語が静かに始まり、そこからじわじわと緊張感が高まっていくので、夫婦間の空気感やリアクションを丁寧に作っていかなければと思っていました。また、撮影に入る前、若葉くんと「(ほかの村人役の)皆さんのキャラクターが濃い分、受けの芝居が多い自分たちは自然体で受けていったほうがいいね」という話もしていたので、そこは常に意識していました。
−その点、田口トモロヲさん演じる村の自治会長・田久保や、杉田かおるさん演じる田久保の妻・よしこをはじめ、村人たちのキャラクターが強烈でした。皆さんとのお芝居の中から生まれた部分も大きいのでしょうか。
そうですね。追い詰めてくる相手の気迫や行動に対してリアクションを取っていくので、皆さんのお芝居がなければ成立しませんから。田久保夫妻は、張り付いたような作り笑顔が、とても不気味で怖かったです。完成した映画を見てもその迫力は伝わってきました。お二人と一緒に食事するシーンでは、表面上は優しそうなのに、ねっとりとした嫌な空気がずっと流れているような感じでした。
−おっしゃる通り、田久保夫妻の不気味な存在感が際立っていましたね。
その一方で、完成した映画を見て思わず笑ってしまったのが、田久保さんがピストルを持った相手に追いかけられる場面です。田久保さんが家に逃げ込もうとしたとき、悲鳴を聞いて出てきたよしこさんが、身を守ろうとして思わず玄関を閉めてしまうんです。締め出されてしまった田久保さんが、すごく滑稽で。そういう必死さが滑稽に見えるところも、人間味があって面白かったです。
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−城定秀夫監督は『アルプススタンドのはしの方』(20)、『女子高生に殺されたい』(22)など多彩な作品を手掛けてきた方ですが、城定監督の現場はいかがでしたか。
城定監督は幅広い作品を手掛けているので、以前からぜひ一度、ご一緒してみたいと思っていたんです。実際にご一緒してみたら、現場での判断が非常に的確で無駄がないので、撮影がとても早く進んで。それなのに、お芝居もしっかり見てくださったので、ご一緒できてうれしかったですし、とてもいい経験になりました。
−城定監督の演出で特に印象に残ったことはありますか。
城定監督からそれほど細かい指示はありませんでしたが、そんな中で印象的だったのは、杏奈が自宅のパソコンで仕事のクライアントとリモート会議するシーンです。台本にはなかったのですが、撮影の直前、城定監督から「貧乏ゆすりをしてほしい」と言われたんです。どう撮るのかと思っていたら、貧乏ゆすりをしている私の足元から徐々にカメラが上がっていき、愛想笑いしている顔まで移動していって。顔は愛想笑いをしながらも、貧乏ゆすりをする足元に杏奈の本心が表れていることがワンカットで表現されていて、面白いなと。
−物語は終始不気味な雰囲気が漂っていますが、現場の雰囲気はいかがでしたか。
すごく和やかでした。城定監督は穏やかな方ですし、顔なじみ同士の方も多かったので、劇中と違ってみんなが仲良くコミュニケーションを取る朗らかな現場で。赤ちゃんやワンちゃんにも癒やされました(笑)。
−完成した映画をご覧になった感想はいかがでしょうか。
今回は、ワンカット撮影したシーンが多かったので、編集でどんなテンポに仕上がるのか、全く想像がつかなかったんです。でも、完成した映画を見たら、テンポよく、緊張感のある映像になっていて。経験豊富な城定監督は、撮影しながら頭の中で編集後のイメージがきちんと出来上がっていたんだろうなと。その手腕に脱帽でした。
(取材・文・写真/井上健一)
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