濃くて深くて“グッとくる”お茶も! 静岡県の魅力やグルメを作家が語る

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2025年01月22日 17:10  J-WAVE NEWS

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静岡県に関する歴史や魅力、独自の風習について、作家・文献学者の山口謠司さんが語った。

山口さんが登場したのは、J-WAVEでオンエア中のコーナー「PLENUS RICE TO BE HERE」。放送日は2024年11月18日(月)〜21日(木)。同コーナーでは、独自の文化のなかで育まれてきた“日本ならではの知恵”を、山口さんが解説する。ここではその内容をテキストで紹介。

また、ポッドキャストでも過去のオンエアをアーカイブとして配信している。山口さんが静岡県内を訪ね、そこに暮らす人から聞いたエピソードの詳細が楽しめる。



・ポッドキャストページはコチラ
https://j-wave.podcast.sonicbowl.cloud/podcast/8abd2939-44eb-41e6-9338-e20677f6ffa0/

「一富士二鷹三茄子」の茄子はなぜ縁起がいい?

日本地図のほぼ中央に位置し、世界文化遺産の富士山やうなぎの養殖で有名な浜名湖など、自然景観に恵まれている静岡県。県内には熱海温泉や伊東温泉、修善寺温泉など有名な温泉地も多い。

山口:静岡、大好きです。いいところがたくさんありますね。東京から新幹線「のぞみ」に乗ると、横浜の次は名古屋に停車して、右手に富士山を拝むくらいで、通り過ぎてしまいますが、江戸時代に戯作者・十返舎一九(じっぺんしゃいっく)が書いた『東海道中膝栗毛』ではありませんが、静岡をゆっくり歩いてみたいと思いませんか。

江戸時代に静岡は遠州(えんしゅう)・遠江国(とおとうみのくに)と呼ばれていました。静岡でまず有名なものは富士山です。そしておいしい海のものが獲れる駿河湾。富士山は標高3776メートルで、日本で一番高い山として知られていますが、日本で一番深い海は駿河湾です。その深さは2500メートルと言われています。高低差約6000メートルの世界、そこにはおいしいものがあるに決まっています。

加えて大井川、天竜川、それから汽水湖の浜名湖もありますね。山のもの、海のもの、それから湖で養殖されるもの、こんな土地でおいしいものが獲れないはずがないのです。
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初夢のときに「一富士二鷹三茄子」を見ると、縁起がいいと言われている。

山口:富士山が縁起がいいのはわかります。鷹も上から望みを叶えてやるという感じで、理解ができます。しかし茄子は何ででしょうか?

静岡県立農林環境専門職大学の丹羽康夫先生が「一富士二鷹三茄子」の茄子の話をしてくださいました。この茄子は実は、ただの茄子ではないのです。名前がついておりまして、折戸(おりど)茄子と言います。「名前を聞いても食べたことはないよ」と丹羽先生に言うと「それはそうでしょう。だって、明治以降、この茄子は栽培されてないのですから」と仰いました。

ところが、2005年に折戸茄子研究会が発足され、以降、農家6軒が折戸茄子の復活を試みたそうだ。

山口:実は折戸茄子というのは徳川家康の大好物だったようで、毎年、将軍家に献上されていたそうです。かわいい茄子で大きくはありません。ちょうど、手のひらに乗るくらいの丸い小さな茄子です。静岡市・清水区三保、それから折戸で栽培されていたので、折戸茄子と呼ぶそうです。

2005年、折戸茄子研究会の方たちは折戸茄子を栽培することに成功し、2007年から出荷をなさっているそうです。毎年、6月1日になりますと、出荷開始前に家康を祀っている久能山東照宮に向かい、折戸茄子を奉納されるそうです。

地元の方によると折戸茄子のおすすめの食べ方は「揚げ浸し」だそうだ。ところが山口さんは別の食べ方を推奨した。

山口:私も折戸茄子をいただいて試しに調理してみましたが、もちろん揚げ浸しおいしいです。でも、この茄子は一度、焼いて、包丁で切って、チーズとトマトを混ぜて、形を整えると非常においしい。

ワインやお酒によく合うと思います。本当に香ばしく、おいしい折戸茄子でした。京都の賀茂茄子とは違って将軍ではありませんが、見た目がとっても可愛らしい茄子なのでした。

お茶のグッとくる味は渋さではなく甘みの凝縮

静岡といえば「お茶」を想起する方も多くいるだろう。日本一の茶生産地として知られているからだ。
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山口:9月18日のことでしたが、中秋の名月の翌日で満月でした。その日に、うなぎパイで有名な浜松の春華堂さんご主催のお茶事「遠州・和栗プロジェクト 夕ざりの和栗茶事」にお招きいただき、とってもおいしいお茶をいただいてきました。

お茶を立ててくださったのは、岩本涼さんという“21世紀の千利休”を目指しているという若い茶人です。東京・渋谷で株式会社TeaRoomを経営している方ですが、いつもニコニコしていて、とても素敵な男性です。
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このお茶事で使われたお茶っ葉は、掛川市にある「丸山製茶」というところで作られたものだったそうだ。

山口:丸山製茶・代表取締役の丸山勝久さんにお話を伺うと、掛川市は天竜川と富士川に挟まれて、十分な水量があること。それからお茶の木を植えるのに一番適している赤土がある。そして日照時間が長いということで、お茶がグイグイと育っていく環境があるそうです。「開放感いっぱいのところですよ」と教えていただきました。

お茶がグイグイと育つのはいいですが、伸び伸び育ちすぎると人間も同じで、悪いところだってあります。お茶の木が育ち過ぎると、悪いものが出てきます。それは「カテキン=渋み」と呼ばれるものです。お茶というのは渋いものではございません。濃くて、深くて、グッとくるような味。それは渋さではなく、甘みの凝縮なのです。

体や心の芯まで届くような味わいは渋みではありません。おいしいものは、驚きともう一度生まれ変われるような再生エネルギーのようなものをくれると思いますが、渋みがあり過ぎると、そこにブレーキをかけてしまいます。

丸山製茶では伸び伸びとお茶を育てた上で、渋みを取るために「特別な製法」を行っているという。

山口:普通より2〜3倍の時間をかけて、お茶を蒸されるのだそうです。そうすると、お茶の細胞組織が上手く崩れていって、カテキンの渋みが細胞組織と一緒に溶け、渋みよりも甘みを人が感じるようになるのだそうです。

お茶というのは一期一会と言いますか、そのとき、誰と飲むか、そしてどういうお食事のあとに飲むかによって、味わいも変わってくると思います。それにしても濃茶がある日本の暮らしっていいですよね。最後の一口を音を立てて吸い切り、「結構なお手前でした」と言うと、どこか心もスッキリします。

海老芋の産地は磐田市

京料理の名物「いもぼう」。棒鱈と海老芋で作るこの料理は300年の歴史があるといわれていて、いもぼうに欠かせない、海老芋は静岡県の磐田市で多く生産されている。

山口:11月くらいから2月くらいまでの寒い時期に京都でいただく「いもぼう」。おいしいですね。棒鱈と海老芋に柚子を少しかけて食べると、上品な京都ならではの懐石料理になります。海老芋は煮崩れがしないので、じっくり煮込むことができます。出汁の味がしっかりと海老芋の中に染み込みます。

僕は海老芋は京野菜だと思っていました。しかし丹羽先生が「磐田市で作っているんですよ」と教えてくださいました。この大学は磐田にあり、磐田が海老芋の産地なのです。

山口さんは司馬遼太郎の視点から見た静岡の特徴を紹介してくれた。

山口:司馬遼太郎さんは「遠州は土地の恵みが豊か過ぎて、知恵が生まれなかったんだ」と言いました。確かに静岡はおいしい水があって、川があり土地も豊かで、知恵を働かせなくても、十分に生きていける土壌があります。

戦国時代まで遠州に住む人たちは農業をやっていれば食べられました。ところが江戸時代になって、価値が変わったのです。お米で暮らしているのではなく、お金というものが価値基準になりました。そうしたなかで、“何かやらなければ”と知恵を働かせたのが徳川家康でした。静岡に本拠地を置くことで、十分に豊かな土地を使って、江戸幕府を整えていったのです。

京都の円山公園に「いもぼう平野家本店」という料理屋がある。ここでは300年来、味の変わらない京料理「いもぼう」を味わうことができる。

山口:「いもぼう」というお料理は、今から300年ほど前に京都御所に支えていた料理人の初代・平野権太夫が発明したそうです。皇族のひとりが九州へ行って、持ち帰ってきた里芋と北海道から届いた鱈を合わせて食べるというのは、京都ならではの優雅さですよねと言って、お料理になさったそうです。

「いもぼう平野家本店」では京都産の海老芋をお使いになってるとのことですけど、今は静岡の磐田市で作られる海老芋が一番の生産量だそうです。ただ、海老芋を作る農家は年々少なくなっています。

戦前は50軒ほどあった海老芋農家が今は3〜4軒ほどしかないそうです。なぜかというと、里芋は丸いですけど、海老芋は長い。この長い縞模様を作るためには、里芋を植えたあと、土を何回もかきまわしていかないといけないんです。365日のうち、360日くらいは土を押して押して、芋が丸くならないように、海老の形になるようにしていかなくてはならない。つまり、休みが取れないんですね。

でもそうやって押してあげることで、サトイモ科だけど、海老芋の身の硬さを実現できる。やっぱり冬はそんな海老棒を食べたくなりますね。

(構成=中山洋平)
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