ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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ある夜、自宅で晩酌をしていたら、何気なく触れた首から下あたりがガチガチに固まっていて、しかもちょっと普通じゃないくらいに不自然に盛り上がっていることに気がついた。おそろしくなってネットで調べてみると、いちばん症状が近いのは「ぽっこり首」というやつな気がする。
スマートフォンの見すぎやデスクワーク、その他さまざまな原因で症状が出てしまうものらしく、いくらでも心当たりがあることに加え、そういえば最近、2週間のうちに3度くらい、夜に座椅子に座って不自然な姿勢のまま、夜中の変な時間に目が覚めるまでの"こたつ寝"をやらかしてしまっていた。素人判断はできないけれど、ああいう行動が体に良くないことは明確だろう。
僕はあわてて電話した。昨年末に吉祥寺に整体院をオープンした高橋くんに。高橋くんとは大学の同級生で、妙に気が合い、一緒にわけのわからないテクノユニットをやったりして遊んでいた友人だ。ところが大学を中退していったん音信不通になり、最近久しぶりに連絡をくれたと思ったら、20年以上の経験を経て整体師となり、自らの整体院「てんとてん」を開業したばかりとのこと。
久々に顔を見たいし、僕も慢性的な身体中の凝りやゆがみに悩まされている。試しに施術をしてもらったところ、自分でも驚くほど身体中がふにゃふにゃになって、こりゃあ完全にゴッドハンド。以来、友達どうとかは抜きにして、しばらくはここに通ってみようと決めた。
当日、はたしてその効果ははっきりとあり、完全に背中の盛り上がりがなくなったわけではないが、触った感じがものすごく柔らかくなっている。合わせて、やったほうがいいストレッチや、その他の部分の調整もしてもらい、清々しい気分で街を歩きだしたのだった。
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時刻はちょうど昼すぎ。せっかく来た吉祥寺で昼メシでも食って帰るか。どこがいいかな。あ、再開発の影響で地元駅前からなくなってしまった「富士そば」にも、久しぶりに行きたかったんだよな。なんてことを考えながら、なんとなく店の前まで行ってみる。
すると店頭に、期間限定の「甘辛鶏玉子とじそば」や、店舗限定「お肉たっぷりミニ生姜豚丼セット」などのメニューのポスターが貼られている。なかでも一際異彩を放っていたのが、同じく吉祥寺店限定の「コロッケを溶かして濃厚にする肉味噌ラーメン」だ。
コロッケといえば立ち食い系そば店の王道トッピングで、特にコロッケそばは多くの人々に愛される大衆メニュー。また、富士そばはラーメンにも定評があり、券売機を見ると、レギュラーメニューだけでも「昔ながらのラーメン醤油」「煮干しラーメン」「大地の濃厚味噌ラーメン」と、3種類のメニューがある。
で、その味噌ラーメンとトッピングの「コロッケ」に挟まれる形で「コロッケを溶かして濃厚にする肉味噌ラーメン」(名前が長い)の存在が確認できるということは、つまりそれらの合体合成メニューということだろうか。
それにしたって、だいぶ攻めたコンセプトの一品だと言わざるをえない。そもそもラーメンのスープって、コロッケを溶かしていい具合に濃厚になるものなのだろうか? まぁとにかく、ここまで気になったら食べてみないわけにはいかない。
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そして当然、そんなおもしろいものを食べるならば、かたわらにビールの1杯でもあってほしい。さっき高橋くんには「今日は血流が良くなっているから酒を飲みすぎないように」と言われているが、え〜と、うん。飲みすぎはしないということで、許してもらうことにしよう。
そしていよいよ、我が目の前に未知のメニュー「コロッケを溶かして濃厚にする肉味噌ラーメン」(税込750円)と「生ビール」(500円)が到着。
まず、ラーメンの情報量が多い。
ベースは当然みそラーメンだ。スープと麺をひとすすりずつしてみると、そりゃあこだわりの専門店とはベクトルが違うけれど、まろやかで深い味わいとつるつるぷりぷりの食感があいまって、なんの文句もないくらいにうまい。そこにこれだけの具材がのって750円って、あらためて考えると驚くべきレベルだ。
そして、先にコロッケ以外の具材について言及しておくと、ねぎ、豚肉、あげだまということになる。これらがおもしろい。
まぁ、ねぎは合うに決まってる。違和感なし。
次に豚肉。これが、ラーメン店でおなじみのチャーシュースタイルではなく、肉そばなどで多く見られる豚しゃぶ肉だ。その他のラーメンにはチャーシューがのっていること、また、メニュー名が"肉味噌ラーメン"であることから、なんらかのこだわりがあることがわかる。というか今気づいたけど、そもそも"肉味噌"ではなくて、"肉入り味噌ラーメン"というニュアンスのメニューだったんだな。これがこってりとしたみそ味のスープや麺にからまり、非常にうまい。
それから、あげだま。これは、確かに油のコクが加わってうまいことには間違いないんだろうけど、あってもなくてもあんまり大勢に影響はないと感じてしまい、そのあたりがかわいらしくもあった。
そしていよいよコロッケだ。中身はじゃがいもをベースに、コーンなども入る立ち食い系の王道タイプ。「溶かせ」と言われた以上、溶かしてみてその変化を確認しないことには気持ちが収まらない。
個人的に好物のひとつであるコロッケそばは、あえて自ら崩すようなことはせず、食べているうちにもろもろと自然に溶けていってしまい、その変化を楽しむことが醍醐味のひとつであると思っていた。ので、だいぶ違和感というか、「こんなことして本当にいいんだろうか......?」という思いはある。が、それ以上に驚いたのは、コロッケがぐずぐずに溶けた味噌ラーメンスープの味わい。これが、単純にうまいのだ。
たとえば「天下一品」や、スープに箸が立つようなとんこつラーメン店的な濃厚さではない。どこかさらりともしている、けれどもどろどろではある、他に形容しがたい美味だ。今後、自宅でもいろんなインスタントラーメンにコロッケを溶かしてみてもいいかもしれない。が、さすが名門である富士そばさんが世に送り出したメニュー。とにかく高いレベルで、ひとつのメニューとして味わいが成立している。
立ち食いそばにおける僕の好物といえば、かきあげや春菊天をトッピングした温かいそばが大定番ではあるけれど、こんなふうに新しい味覚の扉を開いてくれるのもまた、富士そばのありがたさ。
現状吉祥寺店でしか食べられないので、近所でない人には申し訳ないが、コロッケ溶かしラーメンにはかなりの可能性があるのかもしれない。そう教えてもらえる体験となった。
取材・文・撮影/パリッコ