鉄道会社が「技術革新」や「新たな挑戦」を掲げ、さまざまな社会課題の解決に乗り出そうとしている。JR西日本が2024年12月に開催した総合展示会「2024 Innovation & Challenge Day」では、未来志向のテクノロジーや新たな事業展開が注目を集めた。
本展示会では、鉄道関連技術にとどまらず、監視カメラ「mitococa(ミトコカ) Edge」を活用した人流分析や異常検知、美術館などでの応用事例、訪日外国人を対象とした仮想空間「バーチャル大阪駅」の交流プラットフォームなど、さまざまなテーマが取り上げられた。
これらは鉄道会社という枠を越え、他業種や自治体、そして日常生活で活用できる可能性を秘めている。本記事では、こうした先端技術と新たな価値創出の現場を通じて、働く人々に向けたイノベーションのヒントをお届けする。
●JR西日本単独版「鉄道技術展」
|
|
イベントは展示会場とセミナーに分かれていた。2年に1度、東京で開催される「鉄道技術展」(産経新聞社主催)のJR西日本グループ専門版といったところだ。
今回の来場者は2日間で延べ5632人、これは前回の約1.3倍になる。来場者はJR西日本グループ社員のほか、幅広い業種の企業、自治体、個人事業主、学生など。公式Webサイトで告知したほか、取引先担当者や前回までの来場者を招待しているとのこと。企業にとって「自社に役立つ技術はあるか」、自治体にとって「JR西日本グループが沿線の発展に寄与するか」、学生にとっては「将来の進路の参考に」といったところだ。開発した商品やサービスの販売先は鉄道に限らない。
・「mitococa Edge」
展示会場を俯瞰(ふかん)した中で最も印象的な技術は、「mitococa Edge」という監視カメラだ。人体検知機能をカメラの内部に格納し、PCに接続すればすぐに映像を表示できる。サーバーを介さずに監視環境を構築できるほか、ネットワーク経由でも作動する。
JR西日本が踏切侵入監視や駅構内混雑監視を追求してつくられた技術だ。具体的には侵入検知、混雑度計測、滞在時間検知などに利用されるという。これを応用すると、例えば美術館なら、侵入検知機能は立ち入り禁止エリアの監視に利用できる。混雑度計測でイベント開催時の人流を検知して、入場制限に役立てる。トイレの混雑が片寄っていれば、空いているトイレに誘導できる。滞在検知機能は特定の人物が想定外に滞在したり、あるいは体調を崩して倒れた人といった異常を検知できる。
|
|
・「バーチャル大阪駅」
気付きを与えてくれた展示は「バーチャル大阪駅」だ。仮想の3D空間で自身のキャラクター「アバター」を操作して、アバター同士で会話ができるほか、空間内に設置されたイベントやライブ配信なども用意している。2024年3月6日にサービスを開始し、2025年3月下旬までオープンしている。
ただ、このバーチャル文化には懐疑的だった。私はゲームライターとしてキャリアをスタートしており、バーチャルワールドとしてはMMORPG(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲームの略称)をいくつか経験している。しかしメタバースはシナリオのないバーチャルワールドだと思っていて、面白味を感じなかった。コミュニティーならSNSもあるし、アバター作成や移動の操作はむしろ面倒ではないか。面白いゲームはプレイしなくても何らかの形で楽しさが伝わるものだ。
日本のバーチャル空間といえば、かつて広告事業として過剰に投資され大コケした「Second Life(セカンドライフ)」の印象が強い。だから最近のバーチャルワールドは、どうせ広告絡みのコンテンツを見せられるだけだろうと思っている。企業や自治体が参入しているけれども、面白さが伝わってこない。
ところが、出展社のJR西日本コミュニケーションズに話を聞くと、「バーチャル大阪駅は訪日外国人の情報交換の場になっている」という。これは意外だった。日本に関心を持つ外国人同士が情報交換をする場として「バーチャル大阪駅」は適任だと思う。日本の風景の中で、日本を旅しているという気分が盛り上がり、旅の仲間が集う。ああ、なるほどと腑(ふ)に落ちた。
|
|
バーチャル大阪駅にはこれまで、延べ2000万人以上がアクセスしており、ユーザーのうちなんと66%が海外在住だという。男女比は女性63%、男性37%、年齢別では18〜24歳が68%となっている。「日本に関心を持つ海外在住の若い女性が、日本の旅への関心と安全性の不安解消を求めてコミュニケーションに参加する」という姿がおぼろげに見えてくる。
ちなみに、「45歳以上」の参加者は6%しかいない。若い世代はむしろ、戦闘や宝探しのほうが面倒で、会話を楽しむメタバースを好んでいるのかもしれない。これは私にとって大きな気付きだった。
バーチャル大阪駅は、スマホ向け国産メタバース「REALITY」で展開している。2025年4月上旬には、進化版の「バーチャル大阪駅 4.u」がスタート。「REALITY」は1500万以上もダウンロードされているスマホ向けメタバースで、世界63の国と地域で展開され、12言語に対応している。日本製アプリが世界に広まっているという話もうれしい。
さらに、3月中旬からは「バーチャル広島駅」も始まる。こちらはスマホだけではなく、PCやVR機器にも対応したメタバース・プラットフォーム「cluster(クラスター)」で展開するという。
・「鉄道車両家具の販売」
会場には、見覚えのある家具も展示されていた。JR西日本の観光車両「West Express 銀河」で使われているソファベッドだ。出展はJR西日本テクノス。鉄道ファン向けに鉄道車両の座席や布地をグッズ化する例はいくつかあるけれども、ここでは注文生産の開始が発表された。「普段鉄道車両で利用されているものを日常生活にお使いいただきたい」がコンセプトだ。
1号車のファーストシートをオマージュした「1人掛けソファー」、6号車の個室プレミアムルームのベットをオマージュした固定式「3人掛けソファー」、4号車フリースペースをオマージュした「リビングテーブル」「サイドテーブル」のほか、「クッション」「スツール」「タイルカーペット」がある。いずれも注文生産で布地は実車と同じ素材を使い、カラーは8色を用意している。
パンフレットには、West Express 銀河のコンセプト「多様性」「くつろぎ」「カジュアル」をオマージュした家具と紹介されているけれども、私が注目した部分は小さく書かれた「鉄道用難燃(なんねん)処理」だ。鉄道車両に使用される材料は厳しい難燃基準に合格したものだけ。それは国鉄時代からの歴史の中で、凄惨(せいさん)な列車火災事故を経験し、改善を重ねてきたからだ。このJR西日本テクノスが販売する家具は鉄道ファン向けだけではなく、高層ビルやタワーマンション、地下街などにも適している。ここはもっとアピールしても良いと思う。
JR西日本テクノスの「本業」は鉄道車両の保守、延命改良工事、部品の新製、技術開発、車両工場の設備など、鉄道車両に関する業務だ。同社は国鉄時代に「太陽工業」という社名で誕生した。JR西日本発足後は国鉄から継承した電車を延命させて長持ちさせる工事を続けており、そのノウハウの蓄積が技術を向上させた。
こうした技術は他の鉄道会社、特に中小私鉄にとってもありがたいはず。公式Webサイトでは近江鉄道300形の先頭車化、北陸鉄道向けの東京メトロ03系短編成化を紹介している。
イベントタイトルの「Innovation & Challenge」を直訳すれば「革新」と「挑戦」。このタイトルでは研究開発の実績発表会という印象だが、実際に来てみれば、ただ見せるだけではなかった。「私たちが培った技術を外販します」という明確な意図があった。
(杉山淳一)
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。