蔦屋重三郎 初めてのベストセラー『一見千本』がヒットした理由は? 専門家に聞く、江戸時代の美的価値観

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2025年01月26日 10:30  リアルサウンド

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■『一目千本』は画期的な一冊

  2025(令和7)年1月5日から放送されているNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。横浜流星演じるのが、主人公の蔦屋重三郎(以下、蔦重)だ。蔦重は江戸時代中期に活躍した出版業界人であり、出版プロデューサーであった。戦国武将でも幕末志士でもない、こうした立場の人が大河の主人公に起用されるのは異例のことである。


  蔦重は、1750(寛延3)年1月7日に江戸の吉原で生まれた。やがて出版事業に乗り出し、吉原のガイドブック『吉原細見』の出版などで名を馳せる。そして、吉原で培った人脈をもとにヒットを連発、江戸の出版ブームを牽引していった。なかでも人材を見出すことに関しては天性の才能があり、優れた作家や浮世絵師を発掘してはヒットに導いた。


  蔦重が関わった数多くの本の中でも、江戸時代の文化を象徴すると言ってもいい一冊が『一目千本』である。『べらぼう』第3話でも登場したので、タイトルを知っている人も多いだろう。浮世絵師の北尾重政が初めて蔦重の下で挿絵を手掛けた本で、吉原遊郭の遊女を列挙し、紹介したガイド本である。


 ■現代で言う“擬人化”の先駆け

  そう聞くと、なんだ、よくある吉原のガイド本じゃないかと思うかもしれない。しかし、『一目千本』には唯一無二の独創的な表現があったのだ。『蔦屋重三郎と粋な男たち!』(内外出版社/刊)の著者で、江戸の庶民文化全般に精通している櫻庭由紀子さんがこう解説する。


 「『一目千本』とは一目で千本の花を見渡せるという意味なのですが、遊女の姿をそのまま描くのではなく、彼女たちを生け花の“花”に見立てて個性を紹介するという凝った作りになっているのです。ドラマでは蔦重が、重政に『100人を描き分けてくれ』と言っていましたが、当時の美人画はみんな同じ顔で、若干髪型や着物が違うくらいだったのです」


  単に遊女の美人画を載せるのではなく、あえて遊女を生け花に見立て、遊女評判記として出版した。これは、現代の日本文化につながる画期的な本だと、櫻庭さんが言う。


 「現代でいえば“擬人化”に近いと思います。擬人化は今の日本人も大好きですよね。アニメや漫画の定番ですし、令和の時代にも“令和ちゃん”という女の子を作ったりするのが流行りました。読んでいる人たちは想像力がかき立てられますし、作っている人たちも楽しめる。読んでいる人も楽しい一冊に仕上がったと思います」


  ちなみに、ワサビの花に見立てられた遊女は、ドラマの中では本当に“ツン”とした性格として描かれている。おそらく、史実の遊女もそうだったのだろう。現代の漫画家、イラストレーターも顔負けの表現ではないか。こうした擬人化を好む文化は現代の漫画『はたらく細胞』などに脈々と継承されている。世界に評価される日本文化の源流といえる表現を、蔦重は仲間たちと議論を重ねながら創造していたのである。


■なぜ、知的エンタメを楽しめたのか

  蔦重が活躍した時代は、田沼意次のいわゆる田沼政治の影響で、町人が財政的にも潤っていた時代。江戸の人口は増加し、大工などの職人も稼げるようになっていた。こうした中で、当時の人々がエンタメを楽しむ余裕が生まれた。そこから江戸っ子の“粋”という文化が生まれていったことが関係していると、櫻庭さんは指摘する。


 「人々はせっかく吉原を訪れるなら、粋な遊び方をしようと思うわけです。そのためには教養が必要です。遊女や花魁は漢詩や和歌を勉強しているので、遊びに行く者たちも教養がないと会話ができないほどでした。だから客としても勉強をしましたし、芸能を手に付けることで通人の仲間入りをしようとしていたのです。そんな江戸っ子たちは「粋がりたい」という感覚で教養を身につけ、独自の美学が生まれていったのです」


  それにしても、『一目千本』ではなぜ、遊女の見立てが生け花だったのだろうか。ドラマのなかで、蔦重が、世間では生け花が流行っているという趣旨のセリフを話すシーンがある。櫻庭さんによると、実際に江戸の人たちの間で生け花の流行が起こっていたという。


  「宝暦(1751〜64)年間に、華道、茶道、尺八などの家元制度が誕生し、庶民が習いに行くようになりました。蔦重が生け花を題材に選んだのは流行をしっかりおさえた結果といえますし、高級な花卉に一輪の花や枝を入れて遊女を表現するアイデアも見事でした。“流行”と“粋”のダブル効果で『一目千本』はベストセラーになったといえます」


■江戸の文化は“粋”に通じる

  櫻庭さんは、江戸の文化の根底に流れるのは“粋”であると話す。『べらぼう』のなかでも「粋だねェ」という台詞があった。既に述べたように、人々は粋なことをしたいがために、本を買って教養を身につけようとした。江戸で出版文化が開花したのも、粋を楽しむ文化があったからこそといえそうだ。櫻庭さんがこう話す。


 「江戸っ子にとって“粋”の勝負の場と言えるのが吉原ということになるのですが、『べらぼう』で『お前さん、人間みたいなこと言ってるよ、忘八のくせにサ』と駿河屋に言った扇屋は、十八大通の一人で、粋も張りも芸能も教養もあった大通人です。遊女たちも同じように教養を持たせているため皆一流でした。『あふぎやへ行くので唐詩せんならい』という川柳があるように、吉原に行って知的な会話のひとつもできないと、“野暮”だったということがわかります」


  櫻庭さんによると、歌舞伎や戯作、洒落本は、人々が吉原、深川、千住などで遊んだ時の会話をまとめたものが多いそうだ。なかには、粋でありたいと思って行動し、かえって野暮なことをしてしまう顛末が書かれた本もあるという。かっこつけたいと思っても、なかなかうまくいかない。現代人にも通じる失敗を、江戸の人たちもやらかしていたと思うと、江戸の文化がグッと身近に感じられるのではないだろうか。


■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
総合:毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
BS:毎週日曜18:00〜放送
BSP4K:毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK



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