第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作(犬怪寅日子『羊式型人間模擬機』との同時受賞)。ポストアポカリプスSFにして、四人の少女による部活小説だ。
二十一世紀半ばの気候変動による飢餓と汚染、混乱下での独裁的中央集権の樹立と、それに対する反政府運動、双方が共倒れになったあとの荒廃。この小説の舞台である僻村は、原始的な農耕によって集落を維持している。そんな時代にあっても、主人公たち四人は旧文明の廃墟から散発的に見つかるマンガに興味を持ち、自分たちで同好会活動をおこなっている。
倒壊寸前だった農具倉庫を修繕のうえ、部室と称し、そこに集まって手描きの同人誌をつくっているのだ。彼女たちがかねてより語りあっているのは、〈コミケ〉への遠征である。〈コミケ〉とは、旧文明時代に《廃京》の海岸で開かれていたマンガの祝祭のことだが、普通に考えれば現在も同じかたちでおこなわれているとは思えない。しかし、ここで自分たちが同人誌をつくっているように、どこかにマンガを描いている、あるいは新しいマンガを読みたがっているひとがきっといるはずだ。
こうやってあらましを紹介するとオタク的色調の物語に思われかねないが、実際に重点を持って描かれているのは、村の苛酷な状況であり封建的な集落のありさまだ。主人公たちのあいだには友情があり、旧文明のマンガに描かれていたような部活をトレースすることで、束の間の現実逃避を得ているが、いずれ自分たちが封建的共同体の役割へ戻っていくことを知っている。
三年生で部長の比那子(ひなこ)は名家の孫娘という立場を果たさねばならず、同じく三年生副部長の悠凪(ゆうなぎ)は診療所の後継ぎだと決まっている。二年生のスズは村の外からのナガレ者だった猟師の娘で、一年生の茅(かや)は村の底辺に位置する小作人の娘。それぞれの身分からは逃れられない。格差と差別、さらには制度化された性的搾取がある。
こうしたディストピア状況がしだいに明らかになっていくなかで、憧憬あるいは妄想としての〈コミケ〉が対照される。また、村の過去にまつわるいくつかの秘密(三代〜四代前にまで遡る因縁)が、横糸として絡んでくる。そうした物語構成がじつにみごと。コンテスト選考委員のひとり、早川書房編集部の塩澤快浩氏が選評で「過去の大賞受賞作のなかでも、完成度では最高レベル」と太鼓判を押すのも、頷ける。
(牧眞司)
『コミケへの聖歌』
著者:カスガ
出版社:早川書房
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