「レプリコンワクチン」とは何か……科学的なしくみと、気になるウワサの真偽【薬学部教授が解説】

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2025年02月03日 20:50  All About

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【薬学部教授が解説】レプリコンワクチンとは、どのような効果・メリット・副作用があるワクチンなのでしょうか。一部で懸念の声が上がった「シェディング」という危険な現象は、科学的に考えられるものなのか、分かりやすく解説します。
2024年10月1日から開始された今シーズンの新型コロナウイルスワクチンの定期接種では、通称「レプリコンワクチン」と呼ばれる、新しいタイプのワクチンが加わりました。レプリコンワクチンは、ウイルスに対する免疫力を効率よく獲得でき、副反応を少なくできる可能性が期待されて認可されたワクチンです。

一方で、接種を受けた人からウイルスが排出(shed)され、周囲の人に感染させる「シェディング」という現象があるのではと心配する声が一部であがりました。レプリコンワクチン接種者の入店を拒否する飲食店が出てくるなど、混乱も見られたようです。

いままでに経験したことのない医療技術を受けることに、漠然とした不安を覚えるのは不思議なことではありません。しかし、「分からないから不安」というのはよくありません。リスクを考えるのであれば、真偽を見極められるように内容をきちんと理解した上で、「正しく怖がる」べきです。

ここでは、皆さんが自分できちんと判断できる助けとなるよう、レプリコンワクチンとは何なのかを、分かりやすく、かつ薬学的にも正確に解説します。

レプリコンワクチンとは? ワクチンが新型コロナウイルスに効くしくみ

「レプリコン」とは、レプリカ(複製品)を作ることのできるしくみです。2023年11月に初めてのレプリコンワクチンとして国から承認されたMeiji Seikaファルマの「コスタイベ®筋注用」は、「ザポメラン」という有効成分を含んでいました(※あえて過去形なのは、後述するように、現在は有効成分が変更されているため)。

ザポメランは、新型コロナウイルス(正式名称:SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質類縁体全長に加え、ベネズエラ馬脳炎ウイルスRNAレプリカーゼをコードした自己複製型mRNAです。この説明だけだと理解できない方が多いと思うので、もう少し丁寧にお話しします。

そもそも新型コロナウイルスは、「エンベロープ」と呼ばれる外膜に、「スパイクタンパク質」と呼ばれるトゲのような構造体がたくさんついたものです。スパイクタンパク質は、ウイルスが私たちの体内の細胞に取り付いて侵入するときに利用されるので、このスパイクタンパク質が機能しないようにすることが、ウイルス感染を防ぐ有力な手段となります。

新型コロナウイルスワクチンとして、ファイザーの「コミナティ」やモデルナの「スパイクバックス」が先行使用されてきました。これらは新型コロナウイルスがもつオリジナルのスパイクタンパク質よりも細胞への結合力が弱い「改変スパイクタンパク質」の設計図に相当する、RNA(リボ核酸)薬です。

これを注射すると、体内でRNAの情報に基づいて改変スパイクタンパク質が作られます。それに対して、私たちが備えた免疫系が応答し、スパイクタンパク質が機能しないようにする抗体ができあがれば、本物のウイルスに感染したときでもすぐに撃退できます。つまり、ウイルスに感染しても発症しなくて済むか、重症化を防ぐことができるのです。

レプリコンワクチンのメリットは「免疫が獲得されるまで効く」こと

新たに登場したレプリコンワクチンに含まれるのも、基本的に同じものです。改変スパイクタンパク質の設計図に相当するRNAですので、作られるのはウイルスそのものではなく、ウイルスの部品であるスパイクタンパク質だけです。スパイクタンパク質だけあっても、ウイルスは増殖しません。

それどころか、レプリコンワクチンには、スパイクタンパク質をコピーして量を増やすこともできる酵素(レプリカーゼ)も含まれているので、少量を使うだけで抗体を作り出しやすくなります。

通常のワクチンだと免疫を獲得するために、一度にたくさんの抗原(新型コロナウイルスの場合はスパイクタンパク質)を与えることになるので、それに対する副反応が懸念されます。しかし、「少量の抗原を持続的に与える」ことで、副反応を少なくすることが実現された技術です。優れたアイデアだと思われます。

また、レプリコンワクチンに対して「一度投与しただけでいつまでもワクチンが複製され続けるのでは」という不安を抱く声もあるようです。しかしよく考えてみると、ワクチン接種後に十分量の抗体ができあがれば、その抗体によってスパイクタンパク質などは打ち消されます。

言い方を変えれば「十分な免疫が獲得できるまでワクチンが効く(免疫が獲得されたら終わり)」ということです。

レプリコンワクチン接種で、科学的に「シェディング」は起こりうるのか

この原理を理解すれば、たとえ「シェディング」があったとしても怖がるようなものではないと分かるでしょう。レプリコンワクチンの接種によって体内で増えるのは、スパイクタンパク質とそれに対する抗体です。ウイルスそのものではありません。ウイルスがうつることはあり得ないのです。

「接種者の近くにいた人に、新型コロナウイルスの症状が現れた」というケースもあるかもしれません。しかし、ワクチン接種者とは関係なく、他の場所で接触した新型コロナウイルス感染者から感染した可能性が高いのではないでしょうか。

実際に「シェディング」という現象が起きるならば、例えば家族内で誰か一人だけワクチン接種を受ければ、他の家族も全員ワクチン接種者と同じように免疫を獲得できることになります。しかし、そのような都合のいいことは起こりません。

直感的に何となく「シェディングというものが怖い」「何かは分からないが、何かが排出されているのではないか」と感じている人は、改めて冷静に判断してみてはいかがでしょうか。

レプリコンワクチン「コスタイベ®筋注用」が使われなかったわけ

なお、上述の2023年11月に承認されたレプリコンワクチンの「コスタイベ®筋注用」(有効成分:ザポメラン)は、実際には使用されることはありませんでした。新型コロナウイルスの起源株はすでに流行のピークを過ぎており、ファイザーやモデルナのワクチンで十分対応できたためです。

その代わり、新型コロナウイルスが次々と変異し、それらの変異株に対応できるワクチンが求められるようになりました。そのような状況下で、「コスタイベ」は一部内容変更されたものが2024年9月に認められ、10月からの定期接種に採用されたというわけです。

その中に含まれているのは、オミクロンJN.1変異株のスパイクタンパク質の設計図を含んだRNA薬です。原理は元祖「コスタイベ」と何ら変わりはなく、変異株に対しても免疫力を効率よく獲得でき、副反応を少なくできると期待していいでしょう。

分からないものを不安に感じることは反応として自然なことで、恥ずかしいことではありません。不安を感じたときは、科学的に考えて理解するようにすれば、きっと判断の役に立つはずです。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))

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