Text by 今川彩香
無人島に漂着した最新型のアシスト・ロボット。自分の仕事を求めさまよううち、雁(ガン)の子どもを一人前の渡り鳥になるまで育てる「仕事」を見つける……。ドリームワークス・アニメーションの最新作『野生の島のロズ』は、ほとんど人間が登場しない一方で、心や感情をあざやかに描いた作品だ。第97回アカデミー賞には、長編アニメーション賞のほか全3部門でノミネートされている。
メガホンをとったのは、これまで『リロ&スティッチ』や『ヒックとドラゴン』など、異種族間の交流を描いてきたクリス・サンダース監督。『野生の島のロズ』の原作となった児童小説は、ちょうど娘が学校教材として読んでいた作品だったという。自らも子育て中の監督が、本作で描きたかったのはどんなテーマなのだろう? また、鳥肌が立つような美しいあのシーンには、どんなメタファーが込められているのだろう? などなど、制作の背景や思いを監督に聞いた。
—まずは、児童小説『野生のロボット』の映画化を手掛けるに至った経緯を教えてもらえますか?
クリス・サンダース(以下、サンダース):ドリームワークス・アニメーションへ現在どんなプロジェクトを検討しているのかを問い合わせた際に、提示されたなかにあったひとつが『野生のロボット』でした。その作品にとても興味を惹かれたことを娘に伝えると、ちょうど学校の教材として読んでいるところだと教えてもらったんです。
私も原作を読み、その感情が溢れ出るような優しい物語にとても惹かれました。純粋な善でも悪でもない複雑な内面を持ったキャラクターたちは、私やあなた、その周囲にいる人々とも通じるところがありますよね。
私はこれまでロボットのキャラクターを扱った経験がなかったこともあって、とりわけ興味をそそられたのが主人公のロズでした。ロボットや動物という存在は、人間的なテーマを語るうえでとても効果的な存在だと感じているので、そういった要素が見事に組み合わさったこのプロジェクトに取り組みたいと考えたのです。
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サンダース:とても鋭い解釈ですね。すでに存在する物語をベースに映画の脚本を書くというのは、とても大変ですが、興味深い作業です。この物語において、ロズは己の力だけであらゆる動物たちとの関係を構築しなければなりませんでした。それは決して簡単なことではないだろうから、脚本においてもそのプロセスのための余白をつくる必要があったんです。
そのうえでとても大切にしたのは、物語が最適なリズムとペースで、自然に展開されていくこと。決して急かされているように感じてほしくはなかったんです。だから私が脚本家として行った作業のひとつは、原作の核となる部分を特定し、映像化するうえで余計なものを削ぎ落とし、そこに説得力を持たせるための余白をつくることでした。
Ⓒ2024 DREAMWORKS ANIMATION LLC.
サンダース:その良い例がロズとキツネのチャッカリの関係性です。序盤、ヤマアラシの針が大量に刺さって困っているチャッカリをロズが助けますが、すぐにふたりを親しくせずに、友情の構築に時間がかかるように描きました。
ふたりの関係は、ロズが育てている卵をチャッカリが奪おうとする突然の衝突から始まり、ロズに助けられたことを経て、チャッカリがあらためてロズに自己紹介します。なぜならチャッカリは、ロズを利用し、操ることができると考えたから。最初はキツネらしく騙してやろうというつながりから始まるのです。でも、そこからゆっくり友情を育み、やがてチャッカリがロズと本当に友達になったとき、それが当然の帰結だと感じられるように関係性を構築していきました。
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サンダース:そうですね。私としてもチャッカリはその島全体を象徴するキャラクターとして考え、設計していきました。ロズが島のルールや動物たちのことを知るため、チャッカリは皆の代弁者という役割を果たすのです。
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—外面に傷が増えるにつれて内面では心が育ち、愛すべきキャラクターへと変貌していくロズの造形が見事でした。ロズのビジュアルと内面の設計、そしてその変容に対するこだわりを教えてもらえますか?
サンダース:本作の背景やあらゆる動物は、すべて手書きタッチの映像で描かれています。ですが、よく見ると空から島に落ちてきた冒頭のロズに関してだけは、唯一伝統的なCGの見た目で表現されているんです。なぜなら、ロズがコンテナから出てくるときには、観客に「彼女はこの島に属していない」と感じてほしかったから。
そして物語が進むにつれて、彼女の身体に少しずつ傷が増え、徐々に手書きのような見た目へと変容していくようにしました。そして中盤以降には、ロズの姿はほかの動物と同じような質感になり、その見た目だけで島に馴染んだことがわかります。ことあるごとに傷ができるので、ロズのデザインは全部で30種類あるんですよ。あなたが言うとおり、ロズは外面が傷ついていくほど、内面は強く豊かになっていくんです。
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—子どもたちはもちろん夢中になる作品だと思いますが、何より心を揺さぶられるのはその親なのかなと感じました。原作と比べて子育ての苦労がより重く生々しく描かれていますね。ロズがキラリを育てるなかで自分自身も成長していく過程は、きっと多くの母父からの共感を呼ぶと思います。子育て中の監督の感情も乗っているのかなと感じたのですが、本作を親世代に届けることは意識したのでしょうか?
サンダース:『野生の島のロズ』を絵画のような芸術スタイルと洗練されたデザインで表現した一番の理由は、まさに現在子育てに不安を感じている、または過去に感じていた大人に見てほしいという想いがあったからなんです。
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—これまで『リロ&スティッチ』や『ヒックとドラゴン』、『野性の呼び声』など、サンダース監督は異なる種族の愛や友情を繰り返し描かれていたように思います。この「異種族のつながり」というテーマを重ねて扱う理由と、本作で新たに挑戦したことがあれば教えてください。
サンダース:確かに私が惹きつけられる題材には、あなたが言うような共通点がありますね。それらの物語の魅力は、深い感情を持った複雑なキャラクターが登場することと、一見単純そうに見えてもじつはそうではないところにあります。
そして、私が手掛けてきたそういった物語のなかで、『野生の島のロズ』こそがもっとも感情に訴えかける作品だと思います。誤解されてしまい、ここには居場所がないと感じているキャラクターが、他者とつながって居場所を見つけていく。それは、あらゆるものを超越する物語だと考えています。
ロズのようなキャラクターとともに仕事をするのは今回が初めてです。プログラムされた機械であるために、彼女の思考の構造や、状況と情報のギャップを理解する作業は骨が折れました。島ではロズはまったくの新入りで、何に対しても先入観を一切持たずに物語を進めます。ゼロから学んでいかなければならないロズという主人公を創造する、それが今回、私にとっての新たな挑戦だったと思います。ワクワクしながら挑みましたよ。
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※以下、微細なネタバレがあります。
—子育ての過程が丁寧に描かれているからこそ、渡り鳥として群れとともに飛び立つ我が子、キラリをロズが見送るシーンには爆発的な感動が生まれますよね。ここも原作からかなりアレンジされているように感じましたが、あのパワフルなシーンをどのようにつくりあげていったのでしょうか?
サンダース:このパートもそうですが、大事な瞬間に関しては私自身が絵コンテを書くことがあります。ここは原作を読んでいたときから意識していた部分なんです。音楽を聴きつつ自転車を漕いで、ロズの気持ちを想像しながらこのシーンをどう表現しようかと何度も何度も考えました。
このシーンはロズが我が子の成長を見届ける瞬間であると同時に、我が子との別れの瞬間でもあります。色と光もふたりの関係を象徴する重要な要素としてこだわりました。このシーンは早朝から始まり、徐々に太陽が昇っていきますよね。飛び立つ鳥たちは、空に差し始めた鮮やかな光に触れます。雁の仲間として本来いるべき場所に戻ったキラリを祝福するような瞬間ですが、大地の上に立つロズだけはその光に手が届かないんです。
自分では気付かないうちに良い母親になったロズにとって、キラリを立派な渡り鳥として育てることは、内情的には崖へと向かって走っているのと同じなんです。なぜなら立派な渡り鳥になるということは、そのあとに別れが待っているということだから。群れの仲間とともに空へと羽ばたいていったキラリの姿が見えなくなった瞬間、ロズは無意識に駆けだすんです。そんなことを感じるなんて思ってもいなかったけれど、もう一目だけでも我が子の姿が見たい一心で。でも空を飛べないロズは、崖のギリギリまで身を乗り出しキラリを見送るしかできない。あの崖はロズの心情を表すメタファーなんです。
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—ロズの感情が発露したあの姿にはとても心を動かされましたが、同時にロズに対して心残りがあるキラリ側の描写も素晴らしかったですね。
サンダース:ほかの鳥たちに続いて飛び立とうとするとき、キラリもクビナガ(雁の群れの長老)に言われてロズの本心を知ります。たくさんの想いをロズに伝えたいのに、もう時間が残されていない。その「言えなかった言葉」を果たしてキラリはロズに伝えられるのか、ということがここから物語を引っ張る推進剤になるんです。
その後、雁の群れが島に戻ってくるとき、当初のアニメーションではキラリの顔には微かな笑みがありました。でも本作のヘッド・オブ・ストーリー(※)であるハイディ・ジョー・ギルバートが「その瞬間に笑顔だと、すべてが問題なかったということになる」と指摘してくれて笑みを消しました。すると、映像からもキラリにはロズに伝えていない言葉がある、という緊張を漂わせることができたんです。
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