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急速な人口減少でさまざまな国内市場がシュリンクしているにもかかわらず、右肩上がりで拡大しているマーケットがある。「犯罪」だ。
警察庁がまとめた2024年の犯罪統計によれば、特殊詐欺やSNS型詐欺の被害額は1989.5億円と「過去最悪」をマーク。殺人、強盗などの「重要犯罪」も前年比18.1%増、窃盗件数も増えており、特に「金属盗」は2020年から4倍の件数に激増している。
なぜこんなにも犯罪が増えてしまったのか。「政治が悪い」「社会が悪い」という話以前に、実は「リクルートシステム」が普及したことが大きい。
ネットやSNSで金に困った若者を手軽にスカウトして、詐欺や強盗の実行犯にする。個人情報を把握すれば「逃げたら家族を殺す」と脅し、奴隷のようにコキ使うこともできる。つまり、今の日本で「犯罪市場」が活況なのは、「闇バイト」によって新たな人材が続々と闇社会に流入してしまっているからだ。
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この動きを食い止めるため、警察が注目しているのが「求人情報サービス」だ。2024年12月、「スキマバイト」で知られる「タイミー」でも闇バイト募集が確認されたように、犯罪グループは「まともな求人」を装って募集してきた人の個人情報を奪い、逃げられないようにする手口が報告されている。
もちろん、それは事業者側もよく分かっているので各社、注意喚起やチェック体制の強化を進めている。ただ、違法ビジネスを取材してきた経験から言わせていただくと、そのような対策はかなり心許ない。闇社会の人間は、「システムの穴」をつくのが仕事だからだ。
そんなことを考えながら取材を進めていたところ、「防止効果」が期待できるユニークな闇バイト対策に踏み切った事業者を見つけた。国内最大のネット掲示板「爆サイ.com」(以下、爆サイ)である。
●「一般求人掲示板」が悪用された爆サイ
2024年夏、月間11億PV、月間アクティブユーザー数1500万人、1日投稿数70万回と成長を遂げ、ひろゆき氏が開設した「5ちゃんねる」を追い抜いたことで注目を集めた爆サイは、ローカルクチコミ情報に強みを持つ。
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国内15エリアで「一般求人掲示板」が設置され、各地の事業者が有料で求人情報を掲載しているのだが、なんとその中にも闇バイト募集があったことを、運用元が確認したという。警察庁が2023年7月に公表した「犯罪実行者募集の実態」にも、「募集に使われることが確認されているツール」として「爆サイ」の名が挙がっている。
当然、爆サイとしては「再発防止策」を講じなくてはいけない。しかし、運用チーム内で何度も議論を重ねたが、なかなか話がまとまらなかったという。
「営業担当としては、運用部に対して闇バイトをすぐに見つけて削除する体制を構築せよと求めますが、手口が非常に巧妙でイタチごっこなのでどれか闇バイトかを見極めるのは現実的には難しい。運用部としては、営業が仕事をとる前に闇バイトかチェックすべきだと主張しますが、1カ月に数千件単位で有料求人掲載があるのでこれも難しい。どこまでいっても平行線でした」(爆サイ.com運用企業)
このような「部署間の対立」は、ビジネスパーソンならば一度や二度は経験があるはずだ。各自がそれぞれ自分の持ち場で、自分の仕事をしっかりしようとすると必ず利害が衝突するものだ。
しかも、先ほども申し上げたように、ネットやSNSという誰でも手軽に利用できるオープンな世界で、悪質な少数ユーザーだけをピンポイントで排除するのはかなり至難の技だ。ハッカーなどと同じく、裏社会の人間はシステムの穴を突いて、新たなスキーム、新たな誘い文句で募集をかけるので、どうしても後手にまわってしまうのだ。
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●運営元代表者による驚きの決断
再発防止策がなかなか固まらない中で、議論は運用元代表者のこんな鶴の一言で突然終わりを迎える。
「もういいじゃん、それよりもユーザーがだまされて、人生が狂ってしまうことのほうが嫌なので、一般求人掲示板、廃止しましょう」
これを聞いて、正直かなり驚いた。筆者は報道対策アドバイザーとして、さまざまな企業の危機管理を手伝ってきた経験がある。中には今回の闇バイト問題のように、事業者側のサービスや商品が違法グループに悪用されてしまうケースにも立ち会ったことがある。
そういうとき、事業者側に「もうちょっと身を切る対策を打ち出さないと、世間に本気度が伝わりませんよ」などと進言して思いっきり嫌な顔をされることが多いのだが、今回の爆サイの対応は「いやいや、ちょっと身を切りすぎじゃないですか?」とこちらが心配してしまうほどだ。
先ほど触れたように、爆サイの一般掲示板では、1日数千件の有料求人が掲載されている。得られる利益はかなりのものだ。普通の企業ならば、まずはこのビジネスモデルをしっかりと守ったうえで、「闇バイト」をどう排除していくかという発想になる。「対策が甘い」「本当にやる気があるのか!」と社会から叩かれても、「ビジネスの防御」を優先する。
この対応で分かりやすいのは、メタ(旧フェイスブック)だ。同社は有名人を使った偽広告が問題となり、被害者も出ている。有名人らが厳しい取り締まりや対策を求めたが、メタの対応は不十分と見なされ批判を浴び、実業家の前澤友作氏に提訴されてしまった。
●メタが行った真逆の対応
なぜこんなことになってしまったのかというと、メタが「ビジネスの防御」を優先しているからだ。まず、自分たちの広告ビジネスモデルをしっかりと守ったうえで、「偽広告」をどう排除していくか考えている。「ほんのひと握りの悪徳業者」のため、全体のレギュレーションをイジるなんてことは、理にかなっていないという発想なのだ。
しかし、今回の爆サイの判断はそれとは真逆だ。「ほんの一握りの悪徳業者」を排除するために全体のレギュレーションに手を付けるどころか、掲示板そのものを廃止し、これまで得られていた利益も捨てたのである。こういう決断をする組織は珍しい。
危機管理のセオリー的にも「いくら問題解決のためとはいえ、自分たちが大きなダメージを受けるような対応はするべきではない」とされている。つまり、「返り血を浴びるような改革は避けるべし」という暗黙の了解があるからだ。
でも、筆者はそうは思わない。確かにこのやり方は短期的に損失を生む。しかし、長期的な視点に立つと、大きな利益をもたらす。まず、この対応によって「爆サイの求人募集で集められた若者が高齢者宅で強盗した」というリスクはほぼゼロになる。加えて、「爆サイ.comはユーザーの安全を優先する」というメッセージを世に投げかけることができた。これはサービス企業のブランディング的にはかなり大きい。
このような話を聞くと、「いやいや、でも爆サイが求人をやめたところで、他の求人サイトに行くだけだから、闇バイト対策としてはあんま意味ないじゃん」という意見の人もいるかもしれないが、もちろん、そのあたりは爆サイも考えている。
●爆サイ「一般求人掲示板」廃止後の対応
一般求人掲示板の廃止が決まった後も、運用チームは「闇バイト撲滅にどう貢献できるか」と議論を重ね、国内15エリアのTOPページにはこれまで通りに「一般求人掲示板」という表示を残すことにした。
なぜかというと、そこから「闇バイト撲滅特設サイト」へ誘導するためだ。
まず、「一般求人掲示板」の表示をクリックすると、これまでのような掲示板スレッド画面が開く。ただ、そこには闇バイト対策用のサイトだというバナーがあり、掲載されているのは全てダミーで、その中には闇バイトを思わせるような怪しい募集もある。これらのどこをクリックしても、「闇バイト撲滅特設サイト」へ飛ぶようになっている。
この特設サイトでは、過去の闇バイト事件の事例や、闇バイト募集に使われる隠語、身分証明書の提出を求める手口などを詳しく解説し、随時更新していく。Webサイトの詳細は、2月13日に爆サイ上でリリースしていくという。
電動キックボードのシェアリングサービス「LUUP」やタイミー、メタ、メルカリなど、提供するサービスや技術が悪用される企業が増えている。これらの会社の危機管理対応は、「悪事を働いているのはほんの一握りなので、注意喚起や監視を強化する」というのが一般的だ。
批判をしているわけではない。大多数のユーザーメリットを考慮すれば、サービス継続は当然だ。その中で各社、最大限できる対策を模索している。実際、筆者自身もそういう企業ステートメントの作成アドバイスに関わってきた。
一方で闇バイトのように人命が失われる事件や、人生が狂う人がたくさん出てくるような問題の場合、そのような対応だけで十分なのか――という考え方も当然あるだろう。
●爆サイの対応から学べること
悪事を働いているのは犯罪集団や詐欺グループなので、事業者側に落ち度はない。しかし、悪用されるようなサービスや技術を提供している者の社会的責任として、もっと踏み込んだ対策をするべきではないか。たとえそれが自分たちの不利益につながっていても、である。今回の爆サイの対応はまさしくそれだ。
危機管理はマニュアルにとらわれると必ず失敗する。自社のビジネスモデルや理念、ユーザーとのかかわり方に加えて、その時々の社会状況や他社事例に目を向け、悩みながら「自分たち流の戦い方」を見つけていくしかないのだ。
そういう意味では、爆サイの対応からは学ぶべきことが多い。危機管理に悩む企業は、ぜひ参考にしていただきたい。
(窪田順生)
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