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富士通クライアントコンピューティング(FCCL)が、FMVブランドをリニューアルした。ブランドロゴを刷新するとともに、個人向けPCについては、ノートPCの「FMV LIFEBOOK」を「FMV Note」に、デスクトップPCの「FMV ESPRIMO」を「FMV Desktop」に名称を変更。「シンプルで分かりやすいこと」「時代に合った価値観であること」「日本のお客さまを見つめ、コンピューティングテクノロジーで日本の暮らしを応援すること」の3点を、新たなブランドコンセプトとして発表した。
そして、ブランドリニューアルを象徴する製品に位置付けたのが、若年層を対象にしたモバイルノートPC「FMV Note C」だ。なぜ、今FMVブランドをリニューアルしたのか。FMV Note Cはどんな狙いから誕生したのか。富士通クライアントコンピューティングの大隈健史社長にインタビューした。その内容を2回に分けてお届けする。
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●なぜトップシェアを獲得したのにブランド変更を行ったのか
―― 2025年1月に、FMVのブランドをリニューアルしました。この狙いを教えてください。
大隈 FMVのブランドリニューアルとして、まずはロゴを変更しました。シンプルであり、洗練されたフラットなデザインを採用しました。従来の重厚感を持ったロゴから、軽やかなイメージを持ったものになったと思っています。
富士通のコンシューマーPCブランドとしてFMVが誕生したのは1993年10月であり、長い歴史があります。FMVは日本におけるPCブランドとして、一定の認知度を持っていますが、この認知度は過去からの歴史や、その蓄積によって得られています。言い方を換えれば、40代以上の世代によって、支えられているブランドだといえます。
実際に調査をしてみると、若者世代にはFMVといってもパソコンのブランドということすら認知されていないことが分かりました。つまり、パソコンとして認知されていないため、若者がパソコンを選ぶときには候補にすら入らない。
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この状態を放置し、過去に築いた遺産に寄りかかっているだけでは、FMVの将来はありません。今こそ、FMVとはどういうブランドなのかということを、しっかりとコミュニケーションすべきである。これが、ブランドリニューアルの最大の理由です。
―― 現在、FMVは、個人向けPC市場において、トップシェア(※)を維持しています。それにも関わらず、ブランドのリニューアルに踏み出したんですね。
※2023年度(2023年4月〜2024年3月)、全国有力家電量販店の販売実績を集計する第三者機関データに基づくFCCL自社集計
大隈 確かにトップシェアなのだから、わざわざブランドをリニューアルしなくてもいいという考え方もあるでしょう。しかし、これは短期的な話です。中長期的に捉えれば、新たな顧客層に訴えていかないとFMVは過去のブランドになり、いずれは忘れ去られてしまいます。
私には、トップシェアだから今のままでいいという考え方は全くなく、むしろ危機感の方が強いのです。新たな顧客層にアプローチするために何を行うか、将来に渡って、トップシェアを維持するにはどうすべきか。それが、今回のブランドリニューアルにつながっています。
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現在、個人向けPC市場でトップシェアではありますが、幅広い顧客層に支えられたナンバーワンではありません。また、ブランド力によって購入され、その結果、ナンバーワンになっているのかというと、そこにも課題があります。
製品の良さが評価されたり、強い営業力によって販売が促進されたりといったことはありますが、強いブランド力を背景にFMVを購入してもらうという点では、まだまだ努力すべき点があります。
今はブランド力によってナンバーワンになったわけではないと認識しており、裏を返せば、これからはナンバーワンにふさわしいブランド力を備える必要があります。「FMVというブランドだから買った」と言っていただけるように、ナンバーワンらしいブランド力を持てるように投資をしていきます。
―― FMVの新たなブランドコンセプトとして、「シンプルで分かりやすいこと」「時代に合った価値観であること」「日本のお客さまを見つめ、コンピューティングテクノロジーで日本の暮らしを応援すること」の3つを定義しました。それぞれの意図を教えてください。
大隈 1つ目に掲げた「シンプルで分かりやすいこと」というのは、これからの時代のパソコンに必要な要素だと思っています。パソコンは、テクニカルかつ複雑な商品です。何でもできるけど、うまく使わないと何もできない。そして、何でもできることを追求しすぎるとプロダクトアウトの考え方になり、技術者はどんどん作り込んでいってしまいます。
技術的には優れてはいても、それが必ずしもお客さまの使いやすさや、使う目的には直結しないということが起きてしまうのです。そこで、何でも詰め込むのではなく、研ぎ澄ますことでシンプルな製品を作り、シンプルに課題を解決する提案を行うことを重視することにしました。
技術をしっかりと理解して購入していただける方は、とてもありがたく大事なお客さまです。しかし、そうしたお客さまだけでなく、もっと広く、シンプルに使ってもらうための提案が必要だと考えています。
「結局、FMVを使うと何ができるの?」と聞かれたときに、シンプルに「これができます」と言えることが必要で、これからの時代に求められている要素だと思っています。
●トップシェアなのに街角でFMVを使っている若者がいない
―― もともとFMVには、たくさんのアプリケーションが最初から付属していて、むしろシンプル路線とは逆の印象があります。
大隈 1つのアプリケーションだけを見ると、ある人には便利だったり、たまにしか使わないにしても、あった方が良かったりというものもあります。この点では、プラスだと判断できます。
しかし、これが50個搭載されると、プラスが50倍になるのではなく、むしろ、どのアプリケーションを使ったらいいのかが分からなかったり、ほとんど使わないのにパソコンのリソースを無駄に使ってしまったりといったことにつながり、多くの利用者にとっては結局はマイナスになってしまいます。
私たちを含めて、日本の多くのメーカーに共通しているのは足すことはとても得意だということです。昨年の製品よりも、今年の製品はここが良くなったということを示すために、機能の追加を繰り返してきました。本当にこれでいいのでしょうか。
結果として、私たちは複雑なものに作り上げてしまっていたのではないかという反省があります。そこでFMVは、一度立ち止まって、シンプルにすることで価値を届けられないかということに着目しました。
そして、本当にシンプルなのかということを自らに問いかけるためにも、1つ目のコンセプトとして、シンプルを掲げました。放っておくと、どんどんシンプルから離れていくのが、日本のメーカーの悪いところですからね(笑)。
―― ノートPCのFMV LIFEBOOKを「FMV Note」に、デスクトップPCのFMV ESPRIMOを「FMV Desktop」に名称変更しましたね。
大隈 これもシンプルというコンセプトに沿ったものです。分かりやすく統一したものとして、お客さまが選びやすくし、ブランドとしての一貫性を向上させました。
―― 2つ目のコンセプトとして、「時代に合った価値観であること」を挙げています。
大隈 これは、2025年という「今」を捉えたものではありません。時代はどんどん変化していきます。移り変わり続けるこということを前提として、「今」という瞬間に合うものをFMVは作り続けることを示しました。
ですから、今年言っていることと、来年言っていることは変化するのは当たり前だと思っています。それが「時代に合った価値観」という意味です。FMVが実現する本質的なものは変わりませんが、常に、時代の価値観にあったものを提供しているのかどうか、ということを自問していくことが大切です。
FMVのエンジニアは、技術志向で突き詰めていきがちです。こうしたエンジニアが多く在籍していることは私たちの強みです。ここに、お客さまが求める価値と合致しているのかどうかという視点が加わることで、2025年という時代の価値観に合った製品が提供できると思っています。
2030年には全く別の価値観が生まれ、私たちはそこにおいても、しっかりと合致した製品を提供していく必要があります。アンテナを張り続けて、そこに引っかかったものに対して、私たちの技術や製品、サービスを組み合わせて、答えとなるものを提供していくことが重要です。
FMVは、エンジニアの独りよがりで作ったものではなく、技術トレンドだけを捉えたものでもなく、時代に合った価値観をベースにモノ作りをしているんだ、というメッセージを込めています。
―― これを実現するためには、どんなことをしていますか。
大隈 今は「もっと外に出よう」と言っています。例を挙げると、先に触れたようにFMVはトップシェアであるにも関わらず、若年層というカテゴリーで見るとナンバーワンではありません。
キャンパスに行ったり、カフェに行ったりしても、FMVを使っている人がほとんどいないのです。それは、なぜなのか。どこにギャップがあるのか。机の前に座って考えても答えは出てきません。出てきたとしても表層的なものでしかありません。
そこで今回は、忖度(そんたく)せずに答えてくれる大学生に直接聞きに行きました。大学生に「FMVに駄目出しをしてくれ」と言ったところ、さまざまな意見をいただきました。それが、新たなFMVのモノ作りに生かされています。
私がFCCLに来て感じたのは、優秀で勤勉な社員が多いのですが、その一方で、極論すれば、外のことをほとんど知らない社員が多いということでした。
同じことをやり続けたり、年齢を重ねたりすると、新しいことに対する感度はどうしても下がりがちになります。慣れ親しんだものを、慣れ親しんだように使い、慣れ親しんだ人と交流をすることが積み重なり、それが快適になると、新しいものに接することがどうしても減ってしまいます。
FCCLは、もともと社員の流動性が低い会社です。それによって素晴らしいチームが構築され、情報伝達のロスがなく、効率的な仕事ができているというメリットはありますが、現在の価値観でアップデートするという点では、情報感度が鈍いと感じる部分がありました。
OpenAIの「ChatGPT」が登場した当初、FCCLのエンジニアたちが、これをあまり使っていないということがありました。だけど使っていなくても、これはどういうものかということを、しっかりと説明することはできるのです(笑)。しかし、時代に合った価値観を捉えるには、この姿勢ではいけません。
時代の価値観を知るには、まずは実際に触れてみることが大切です。「使っていなくても分かる」ということではなく、「使ってみないと分からないことを知る」という方向にマインドセットを変えていかないと、新しいモノを作り出すことはできません。
製品には、これまでの延長線上で進化させるものと、ゼロから新しく作るものがありますが、特に後者の場合には、外に出て刺激を得ること、使ってみて理解することが大切だと思っています。
●学生から「パソコンはいらないよ」と言われて分かった外の空気
―― そして、3つ目は「日本」を意識したコンセプトになっていますね。
大隈 3つ目に「日本のお客さまを見つめ、コンピューティングテクノロジーで日本の暮らしを応援すること」としたのは、あえて日本ということを強調する狙いがあります。
海外市場への展開は以前にも行っていましたし、私が2021年4月に社長に就任してからも、海外8市場を対象に事業展開をしました。しかし、結果としてはあまりうまくいきませんでした。ここは真摯に反省し、今は海外からは完全に撤退し、日本市場にフォーカスして事業を進めています。
FMVが単独のブランドとして生きていくには、徹底して日本の市場に焦点を当てることが、より重要になります。グローバルメーカーはコスト競争力が高く、素晴らしい製品を開発して日本に投入していますが、あくまでグローバルで多くの人が利用する平均的な製品を作る傾向が強くなります。
日本の意見も大切ですが、北米や中国のユーザーの意見も反映しなくてはなりません。私自身、以前はレノボグループの海外拠点で働いていましたから、その点はとてもよく理解しています。FMVは日本のお客さまの声を聞き、日本のお客さまの声にだけ反応した製品を作ることができます。
これは、日本のお客さまの暮らしを応援することになり、それはFMVにしかできないことだと思っています。FMVは、日本に設計/開発チームがあり、日本に生産拠点があり、日本にサポート拠点があります。その体制を生かして、日本のお客さまを応援することができるブランドであるということは、新たなFMVでも打ち出していくべき重要なポイントであると考えています。
―― 3つのコンセプトの中に、「安心感」や「信頼感」といったFMVが培ってきた強みを示す言葉が含まれていません。これはなぜですか。
大隈 信頼感や安心感というのは、ユーザー体験の結果として得られるものです。それを私たちが訴求するのは、主客転倒です。3つのコンセプトを突き詰めていけば、結果として安心感や信頼感は醸成されていくものです。もし、私たちに安心感や信頼感に課題があるのであれば、むしろそれをコンセプトの1つとして掲げた方がいいでしょう。
しかし、FMVは国産ブランドの中でも最も安心感があり、信頼感があり、顧客満足度も高い。それを言語化して、コンセプトの柱にするより、お客さまの立場に立ち、日本にお客さまのために現代の価値観に合って、シンプルなパソコンを提供することを掲げることの方が重要であり、それが実現できれば、自ずと安心感や信頼感が作れると考えています。
―― 2025年1月の会見では、今回のFMVのブランドリニューアルを、「ロゴや製品を刷新だけでなく、会社の風土や文化を進化させるものになる」と位置づけていました。
大隈 これまでのFMVのモノ作りは、どちらかというと技術主導やプロダクトアウト、インサイドアウトというアプローチに寄ったものでした。私は、こうしたモノ作りは決して間違ったものだとは思っていませんし、他社では到達できない高見までFMVが到達できるのは、高い技術力があり、それを中心に突き詰めていくことができるからです。
ただ、それだけではなく、別のモノ作りのアプローチがあり、製品によってはそのやり方へと軌道修正をしていく必要があります。マーケットインやアウトサイドインというようなアプローチに振り切った方法など、1つのやり方だけでなく、別のアプローチもできる体質を持ちたいですね。
また、お客さまのクレームや量販店のバイヤーからいただく意見は、次のモノ作りにおいて重要なものですが、それだけでなく、もっと隠れた声を拾っていく必要があると思っており、それができるような会社でありたいですね。
パソコンに対する不満はあるが、それを言うほどではなかったり、あえて言う必要がなかったりという意見がたくさん埋もれています。先ほど、大学生にFMVに駄目出しをしてもらったという話をしましたが、新製品のプロジェクトチームが大学生の声から導き出した結果が、「若年層にとって、パソコンは興味がなく、意識の外側にあるプロダクト」というものでした。
―― パソコンメーカーの社長としては、かなりショックな結論ですね(笑)
大隈 パソコンを作っているメーカーが、「パソコンはいらないよ」と言われたわけですから本当にショックですし、とても悲しかったです。また、私自身はパソコン少年で、学生時代もパソコンを自作したり、徹底的に使い倒したりしていたので、「今の大学生って、そうなの?」と驚きましたよ。
とはいえ、よく考えてみると大学生はスマホを手に持ち、それを日常的に使っています。それなのに大学に入学し、授業に必要だから、どうしてもパソコンを使わなくてはならなくなって「また、新しい操作を覚えなくてはならないのか」と思えば、ちょっと嫌にはなりますよね。しかも、スマホよりも重たいですし(笑)。
FMVは、パソコンが好きな学生にだけ販売していればいいというのではなく、興味がなく、仕方なくパソコンを使い始めるという学生に対しても、正面から向き合っていかなくてはいけないと考えたのです。
同様に、パソコンはいらないと判断してしまったお客さまは、なぜそう思ったのか。私たちは、こうした本音を知ることが大切です。耳が痛いリアリティーにも、しっかりと耳を傾けることができる文化を定着させたいですね。
●王道であることにこだわる理由
―― 今回のFMVのリニューアルによって、変わるものは何ですか。
大隈 お客さまの裾野を広げていきたいと思っています。日本の個人向けPC市場は、長期的視点で見ると規模が縮小し続けています。
これは使う人が減少していることや、買い替えサイクルが長期化していることなどが理由ですが、その状況を作ったのは、私たちが魅力をアップデートし続けることできていなかったということに尽きると思っています。
FMVがトップシェアメーカーであるからには、市場全体を広げるための提案をする必要がありますし、お客さまに手に取っていただけるようなパソコンを提案できるブランドにならなくてはいけません。「パソコンは必要ないから」と言われないように、FMVが日本のパソコン市場をリードする役割を担っていきいですね。
―― その一方で、FMVがブランドリニューアルをしても、変わらないものとは何でしょうか。
大隈 変わらない点は、FMVは、これからも王道であるという点です。奇抜なことをやったり、目を引くようなことをやったりということでなく、正攻法でやっていきます。これはトップシェアメーカーとしての責務だと思っています。
一部のユーザーに刺さるような尖った製品ではなく、広く、あまねく、より多くのお客さまに手に取っていただけるような王道の製品を作り続けていきます。
―― これまでの歴史を振り返ると、1989年のFM TOWNSによって、世界初のCD-ROMドライブ搭載PCを発売したのは富士通ですし、LOOXに代表されるポケットサイズの小型パソコンや、世界最軽量モデルノートPCもFCCLから登場しています。むしろ、奇抜なものを出すPCメーカーという認識があります(笑)。
大隈 当時はチャレンジャーの立場ですし、市場も黎明(れいめい)期でしたから、挑戦的なモノ作りをしていた部分はあったと思います。その結果、大きな空振りをしたものもありました。
ただし今は、パソコン市場が成熟しており、FMVの立ち位置も変わっています。そうした環境の変化と、その中での役割をしっかりと捉えながら、既に実績がある世界最軽量モバイルノートPCなど、技術的に挑戦できるところには挑んでいきます。
―― FMVには“奇抜なもの”を投入し続けて欲しいという気持ちがあります。
大隈 そうですね。何年かに一度ぐらいのペースで、単発で挑戦するといったことはやりたいですね。お客さまに対して、ポジティブなサプライズを提供することは必要だと思っていますし、エンジニアもそうした挑戦がないと、燃えないところありますからね(笑)。
とはいえ、それをビジネスの中心に捉えることはしません。メインのビジネスをしっかりとやりながら、半歩や一歩進んだ提案型の製品にはチャレンジしていきます。その点では、期待していてください。
※近日公開予定の後編に続く。
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