里崎智也×五十嵐亮太のライフハックベースボール! 日本を代表するレジェンドプレイヤーの2人が、野球からの学びをライフハックに翻訳、「生き抜く知恵」を惜しげもなく大公開してきた連載も、今回が最終回。その第40回では、「死との向き合い方」に関する考え方に迫ります!
■成功率10パーセントの手術を受けるか?
----前回は「親の死」、さらには「親の介護」について話題が及びました。それを受けて、今回は連載の締めくくりとして、「死との向き合い方」についてお話いただきたいと思います。お2人は、「自分の死」についてのイメージはありますか?
五十嵐 まだ40代なので、「死」というのはそこまでリアルじゃないけど、あと数年で50代になるので、これからは身近になってくると思いますね。実際に僕の周りでも、先輩たちが病気になったり、手術をしたりということが増えてきました。
里崎 でも、ある意味で「手術はポジティブだな」と思うんだよね。だって、手術できるってことは治る可能性があるということだから。そういうこともあって、前々回に話題に出たけど、40代後半から人間ドックに行くようにはなった。
五十嵐 最近の医学は進歩しているし、手術の精度も上がっていると言いますよね。それが「成功率10パーセント」だとしても、治る可能性がある。ということは、サトさんの言うように「手術はポジティブ」と言えますね。
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里崎 何もせずに、座して100パーセント死ぬのを待つか、10パーセントの確率で手術するか、それは人それぞれ。「手術をしない」という選択肢もあるわけで、それは本人も含めた家族の話し合いになるよね。
五十嵐 成功率は低いかもしれないけど、手術をすれば延命できるかもしれないとなったら、サトさんは受けますか?
里崎 何もしなければ確実に死ぬ、ということだったら受けるね。それでダメだったら、それが僕にとっての「命のローソクの炎」のラストだということだから。ひとまず、打席に立ってバットは振りたいとは思うよ。
五十嵐 僕も同じですね。家族のためにも、生きるための最善は尽くしたい。でも、すでに手遅れの場合や、手術をしてもずっと寝たきりとなってしまう場合、「果たしてこのまま生きていてもいいのか、その先はどうなのか?」と考えるケースもあると思うんです。そうなると、手術をするのかどうか、延命治療を望むのかどうかというのは、自分も含めて、家族も判断しなければいけないときがくるかもしれない。これは難しいですよね。
■安楽死、尊厳死、そして脳死――死にまつわるあれこれ
里崎 いわゆる「健康寿命」の問題は、まさにそれだよね。
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五十嵐 呼吸はあるけど、意識もないままずっとベッドにいる状態が続いていたとしたら、周りの人たちが看護で疲れしてしまうことがあるかもしれない。僕は、そういったことも考えて、自分がそういった状態になったら治療をストップすると決めておく、という選択もあるんじゃないかと思っています。その場合は事前に家族に伝えておかなきゃいけない、とつくづく思いますね。
里崎 意識がある場合は? 意識はあるけど、自らの意思で四肢を動かすことができない場合でも、「治療ストップを選択する」ということがあり得るかな?
五十嵐 生涯にわたって治療をし続けないといけない、となると、やはりどこかで決断しなければいけないかもしれないな、考えるかもしれませんね。よく、海外で安楽死のニュースが話題になるけど、それは「これ以上、苦しみたくない」とか、「家族に迷惑をかけたくない」という側面もあるのかもしれないですね。
里崎 「人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせること」という考えの尊厳死の問題もあるからね。だけど、もし意識があるのなら、仮に寝たきり状態でも、僕は生き続けたいな。だって、意識があるのならテレビもネットも見ることができるわけだし。
五十嵐 確かに意識があれば、それでもいいかもしれませんね。でも、意識がなくなってしまったらその判断もできなくなりますから、やっぱり事前に家族間で意思を共有しておかないといけないですね。
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里崎 僕は事前に家族間で決めておくか、そうなった時は家族の判断に僕は任せるという感じにしたいかな。自分で判断できないのなら、家族に任せたいし、その判断を尊重したい。意思表示ができるのなら、今のところは「このまま延命治療を続けてほしい」と希望するような気がするけど。
五十嵐 でも、意識がないように見えて、実は意識がある可能性もあるわけですよね。線引きが難しいからこそ、事前に家族間と深いところまで話し合っておきたい。こうやって話しながら、そんなことを思いましたね。そのほうが、家族も負担が軽くなるんじゃないかな。
■とことん追い込まれたときに救いのある社会に
里崎 高齢化社会で平均寿命が延びた一方で、自殺者が増加しているということも社会問題化しているよね。
五十嵐 僕は経験がないから想像で話すことしかできないけど、生きていて、よっぽど「つらい」ってなると、もしかしたら自ら死を選びたくなっちゃうかもしれない。それでも、なんとかそこで踏みとどまれるような社会であってほしい、と個人的には強く思います。
里崎 現状は法整備も、社会の考え方も、欧米ほどに進んでいない印象はありますけど......このまま少子高齢化社会が進めば、ひとり暮らしの高齢者も増えるだろうし、介護士の人手不足も起こるだろうし、日本でも議論が活発化していく可能性は高いよね。"老々介護"のニュースもよく見るようになったし。
五十嵐 現状では、わざわざ欧米の医療機関に行って、人生の最期を迎える人もいるそうですね。僕らはまだ40代だけど、これから直面する親世代の死を含めて、もう少し「死」というものを真剣に考えなければいけない。今回、サトさんと話していて強くそう思いましたね。
里崎 どんな人にも必ず老いも死も訪れる。それがいつの日になるのかは、あくまでも「ローソクの炎」次第だし、自分で知ることはできないわけだから、その日が来るまでは自分なりに生きていきたいよね。
----どうもありがとうございました。普段、なかなか真剣に死について考えることもないので、お2人の話を自分の身に置き換えて聞いていました。今回でこの連載はひとまず終了となります。1年間、どうもありがとうございました。
里崎・五十嵐 野球とはまったく違ったテーマで話をすることができて楽しかったです。また近々、お会いしましょう。どうもありがとうございました!
構成/長谷川晶一 撮影/熊谷 貫