2024年12月26日に改正された「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」で、スマートフォンの価格が変わった。iPhoneのように影響が軽微だった端末はあるものの、一部のモデルは、実質価格の値上げを余儀なくされている。その原因となっているのが、端末購入プログラムで用いられる残価の低下だ。
以前はキャリアが中古市場を参照して根拠を示せばよかったが、現行のガイドラインでは基準が厳格化された。キャリアごとにばらつきが大きく、参照している市場が異なっていたためだ。現行ガイドラインでは、これを中古携帯電話業者の業界団体であるリユースモバイル・ジャパン(RMJ)がまとめた買い取り価格の平均値を参照することが求められている。
結果として、リセールバリューの低い機種は残価を抑えざるを得なくなり、実質価格が上がった格好だ。一方で、仕組みが以前にも増して複雑になったことは否めず、キャリアからは不満の声も聞こえてくる。では、このような仕組みになったのはなぜなのか。また、買い取り価格はどのように算出されているのか。その中身を、ニューズドテック代表取締役社長でRMJの理事 公共政策委員会委員長を務める粟津浜一氏に聞いた。
●対象スマホは312機種 買い取り台数も加味して正確に平均価格を算出
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―― ガイドラインでRMJの買い取り価格を参照することになりましたが、どういった流れでこのようになったのかを改めて教えてください。
粟津氏 一昨年(2023年)のワーキンググループ(WG)で、端末購入プログラムの価格がおかしいのではないかという意見が有識者から出ました。算定ロジックに、KDDIとソフトバンクがメルカリやヤフオクの価格を使っていた。逆に、ドコモは中古買い取り店の価格を見ているという話がありました。WGの新見(育文)座長が、RMJに価格を出してもらえれば、それが市場の価格とイコールになるのではというご意見を出し、それに基づいたお話をいただきました。それを受けてお出ししたのが、今回の価格です。
―― RMJとして自分たちのデータを使ってほしいと求めたわけではなく、要請があったので出したということですね。
粟津氏 そうです。
―― とはいえ、データを見るとかなり膨大です。PDFをダウンロードしてみて、あまりの文字の細かさにビックリしました。
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粟津氏 312機種ありますからね。
―― しかもそれが1カ月ごとに。
粟津氏 そうです。このデータをまとめたのが弊社だったのですが、24年の正月休みはそれでつぶれてしまいました(笑)。データの集計だけで頭がおかしくなりそうになりましたね……。
―― 312機種を具体的に教えていただけますか。
粟津氏 iPhone、Androidそれぞれと、スマートウォッチも対象にしています。キャリアの下取りとの比較になるので、キャリアから出ている端末を元にして選定しました。コンシューマー向けなので、B2Bではなく、B2C向けに買い取った端末の台数と平均ランクも出しています。各社とも新品だと「S」で、その下に「A」「B」「C」と続き、ジャンクの「J」がありますが、新品は下取りとは関係がないですし、ジャンクも中古とはいえない。これらをカットし、「A」から「C」ランクでデータを出せるところのものを集計しました。
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買い取り台数、平均価格、実績値が出せるところという条件で、RMJの正会員9社が対象になっています。その9社から、2018年から2024年6月までのデータを出してもらって平均価格を算出しています。
―― 買い取り台数は、どういったことに使うデータなのでしょうか。
粟津氏 例えば、2018年1月に10台買った場合と、1台しか買わなかった場合があるとします。各社で買い取った台数と平均額を出し、その平均額を全て足してから台数で加重平均をかけています。
―― そこまで正確にしているんですね。
粟津氏 本当は金額だけあれば単純な平均は出せたのかもしれませんが、100台、200台の金額をExcelに落とし込んで計算するのが大変だったということがあります。そのため、各社から平均を出してもらい、突出した数値が出ないよう、加重平均をかけています。それをやったからといって2万円、3万円と結果が変わるわけではないのですが、どうしても幅が出てしまう。AランクからCランクでも6000円から1万円ぐらい違うので、あまりバラつきが出てしまわないよう、このようなやり方にしています。
●総務省から費用は出ず 正月休み返上で計算に追われる
―― ここまでやるのは、相当なご苦労だと思いますが、総務省からちゃんと費用は出ているのでしょうか。
粟津氏 いや。ボランティアです。大きな声では言えませんが、それが嫌で参加しないところもありました。
―― 余剰のリソースがないとできないですしね……。ギリギリで店舗を回している会社はなかなか厳しそうです。
粟津氏 だから僕も正月休み返上になってしまったわけで(笑)。
―― ですよね(笑)。ただ、ここまで細かく出さなくても、何らかの傾向はありそうです。もっと簡易的にしていくお話はあるのでしょうか。
粟津氏 そういう話はあります。正直なところ、機種数はちょっと減らしたい。この仕組みが決定したタイミングで、お話はしています。逆に、この機種も入れた方がいいということもあると思います。
―― 今後も増えていくので、どこかでそれは必要になりそうですね。
粟津氏 おっしゃる通りです。今は24年6月分まで出ていますが、その続きも3カ月か半年ごとに集計して発表していくので。
―― 3カ月ごとは、ちょっと大変では……。
粟津氏 僕の集計だけでのべ6日間かかりましたからね……。1日ごとの進捗(しんちょく)率は3%ぐらいでした。ただ、ちょっとずつ「これをやった方が楽になる」というノウハウがたまっていき、最後の1日で40%ぐらい一気に進めることができました。PCがクラッシュしないかヒヤヒヤしましたが(笑)。
―― 確かに、データが膨大なのでPDFの読み込みにも少し時間がかかりました。
粟津氏 あと、これ用に大きなモニターも買いました。ノートPCだと作業がしづらくて仕方なかったので。ただ、モバイルの競争促進のために下取りと対照させるものなので、ある程度ちゃんとやる必要もあります。iPhoneも、容量は1つでいいのではという話が当初ありましたが、やはり容量もということで全てやっています。これもリストには入っていますが、同じProモデルでも、Maxまでは必要ないのではという話もありました。将来予測をするには、いろいろな機種の販売価格と買い取り価格が必要になるからです。賛同していただけた9社に関しては、その趣旨をご理解いただけました。
●買い取り価格は需要と供給のバランスで変動 有利なのはiPhoneやGalaxy
―― 僕もリストを見てみましたが、端末によっては月がたつごとに下がるだけでなく、途中で1回上がってからまた下がるような値動きをしていることもあります。これはなぜでしょうか。
粟津氏 そこが中古ならではです。100台仕入れて売れたので残り10台になったときに仕入れようとしても、今までのように仕入れられなかったので通常より買い取り価格が上がることがあります。その波が出ている感じですね。あとは、業界全体のトレンドです。iPhoneだと、新機種発売時に下がり、そこから1カ月ぐらいで上がっていくトレンドもあります。他にも、この機種が欲しいという需要が急に高まったときなどに、買い取り価格を上げることもあります。需要と供給のバランスも組み込まれたデータになるので、将来予測はしにくくなりますが、ここが中古マーケットならではの面白いところです。
―― キャリア側はどこを基準にすればいいのか、迷いそうですね。
粟津氏 はい。ですので、参加する社数を増やしてサンプル数を上げていくのが今後の課題になります。
―― iPhoneのような海外端末の場合、為替レートを反映した値上げがあると買い取り価格も上がるということもありそうですよね。
粟津氏 おっしゃる通りです。iPhoneは国内で仕入れるのがなかなか難しくなっているので、為替の影響を受けやすい。需要と供給に加えて、海外価格や日本の価格も関係してきます。
―― 可能性としてですが、発売後に本体価格が値上げされて買い取り価格が上がり、結果として1年後なり2年後なりには発売時の価格に近い買い取り価格になることもありえますよね。そうすると、キャリアの端末購入プログラムで全額引けてしまうような気がします。
粟津氏 ありえますね。実際、iPhone 15やiPhone 16はなかなか中古が入ってこない(ので高止まりしている)。一括1円のような販売が禁止され、新品の端末が中古市場に流れてこなくなったことが大きな要因としてあります。また、iPhone 15や16はまだ分割払いの途中なので、そもそも売却する人の数が多くない。集まるのはイレギュラーなので、海外から引っ張ってくるものが多くなり(価格が上がり)ます。
―― 23年12月のガイドライン改正は、そこにも影響が出ているんですね。
粟津氏 新品が売れなければ中古に回ってこないですからね。
―― 海外の影響をもう少し詳しく教えてください。
粟津氏 日本のキャリアもそうですが、私どもの買い取り価格も海外市場の影響が大きい。いくら日本で売れていても、海外だとそんなに……という端末だと、買い取り価格が上がりません。買い取ったものを海外に流すので、その影響が大きくなります。
―― そうなると、流通している国の数が多く、かつ人気のあるiPhoneはやはり有利ですね。
粟津氏 そうなります。AndroidだとGalaxyですね。iPhoneは、利点として修理がしやすいこともあります。変なもの(純正品ではないもの)まで含めて、パーツが国際的に流通しています。それと比べると、Androidはそこまでの規模ではありません。
●中古業界に端末が流通し、仕入れの課題が解消されることに期待
―― この仕組みが始まったことで、中古業界にはどのような影響がありそうでしょうか。
粟津氏 想定しているのは、プラスの要因です。今までだと、キャリアの下取りの方がわれわれの買い取り価格より高い機種が多かった。そうなると、(端末が)キャリアの方に行ってしまいます。これがニアリーイコールのところまでくれば、われわれのところに持ってくる可能性があります。ここは大きいですね。
―― 課題だった仕入れが解消されるということですね。
粟津氏 そうです。結局仕入れられなければ売れないですからね。
―― iPhone発売前後で、各社が買い取りキャンペーンをするのも納得です。
粟津氏 端末購入プログラムが始まる前と始まった後では、大きく状況が変わりました。ガイドライン改正で転売ヤーもほとんどいなくなったので、キャンペーンで買い取り価格を上げないと(端末が)集まらなくなっています。端末購入プログラム前の時代は、発売日をギリギリまで確認しながらそこに向けて1分単位で価格を変えているようなところもありましたが、今はまったくそういうことがなくなりました。そういう意味では、プライシングはしやすくなっています。
―― ちなみに、同じiPhoneでも人気のものとそうでないものがあったりするのでしょうか。
粟津氏 今の傾向で言うと、無印のiPhoneの方が一般向けで数も出ます。逆に、Pro Maxは在庫を抱えてもなかなか売れないですね。
―― となると、買い取り価格が下がっていく可能性もありますね。
粟津氏 その可能性はあると思います。売れないものには、高いお金は出しづらいですから。
―― これは、日本だけの話でしょうか。
粟津氏 そんなこともありません。値段が高いことや、無印とProの差が小さくなっているためで、世界的な傾向です。
―― 買い取り価格を参照するようになると、売れないものは残価も下がるので、実質価格が上がってしまいます。そうするとますます売れなくなってしまい、さらに買い取り価格が下がっていき、どんどん実質価格が上がっていく……そんな負のスパイラルになってしまった場合、どうすればいいでしょうか。RMJに聞くことではないかもしれませんが。
粟津氏 うーん、非常に難しいですね。1つあるとすれば、パーツを開放して修理しやすくすることで、セカンダリーマーケットの値段を上げることでしょうか。セカンダリーマーケットで人気があれば、買い取り価格も若干上がっていきます。
―― お話をうかがっていると、作業が非常に大変なようにも思えました。今後、離脱する会社が出て、9社が減ってしまう可能性はないでしょうか。
粟津氏 どうでしょうね。ただ、やると思います。なぜなら、1回目が一番しんどいからです。6年分ですからね(笑)。ここからは、3カ月ごとか半年ごとなので、ハードルは下がっていきます。
●取材を終えて:価格調査は効率化の余地あり、端末間の不公平さも課題
粟津氏の解説で、中古買い取り店各社から集めたデータをどのように集計しているかが分かった。発表後、RMJのサイトで公開されているPDFを見た際には、その膨大なデータ量に頭がクラクラしてしまったほど。公正な競争環境を守る大義があるとはいえ、長期休暇返上でこれをまとめ上げた努力には、頭が下がる思いだ。
一方で、話を聞いているとやはり課題もあるように感じた。効率化はその1つで、ブランド別や容量別に傾向がある程度つかめるようになれば、標本調査に切り替え、トラッキングする端末を減らしてもいいような気がした。ボランティアというのも、引っ掛かったポイント。国が民間のリソースをただ乗りしていることになるからだ。
負のスパイラルが解消しづらい点も、議論していく必要がありそうだ。粟津氏が語っていたように、この仕組みだとどうしてもグローバルモデルで、かつ需要が大きなモデルの方が有利になる。勝ち組がますます勝つ仕組みと言い換えることもできそうだ。そうなると、新規参入がしづらい環境になってしまう。端末メーカーの業績は総務省の管轄外なのかもしれないが、不公平な競争環境は是正されるべきだと感じた。
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