「家族にとって最大の敵」芸能界37年の勝俣州和が元客室乗務員妻のため「やめた趣味」

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2025年02月16日 11:10  web女性自身

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【前編】「誰も僕をライバルだと思わない」「テレビは学芸会」勝俣州和語る芸能界37年“ファン0人説”も生き残れた本当の理由から続く



勝俣州和(59)は私生活では2年間の交際を経て’02年10月に結婚。朝4時起きの勝俣は早朝デートを繰り返し、東京ディズニーランドのシンデレラ城の前で「幸せになろうよ」とプロポーズした。決め手は何だったのか。



「結婚前、一緒に住んでいたときに大げんかをしたんです。次の日起きると家にいなくて『終わったな』と思った。そしたら机にノートが置いてあった。開けてみると彼女の反省点、これからの指針が何ページにも書いてあったんです。僕がふて寝している間に何時間も考えていた。『この人すげえ』って」



国際線の客室乗務員を務めていた彼女は専業主婦となった。



「妻は自分の幸せを俺に懸けている。その覚悟を受け止めなきゃいけないと思いました」



誕生日には年齢分のバラの花束をプレゼントし、30歳や40歳という節目には妻のよいところを年齢分つづったノートを渡した。



「“ありがとう”を書くんです。『カレーがとてもおいしい』とかね。これも元をたどれば、妻のおかげですよ。付き合ってるころから、交換日記をしていたんです。楽しかったこと、悔しかったこと、今考えてることなどを書き合っていた。すごく2人の関係に役立ちました。会話だと忘れてしまうけど、ノートだと一生残る。けんかをしたときも、過去の例を見ると解決法がわかる。人って、頭にくると汚い言葉を口にしてしまうけど、活字にすると冷静になれるんですよ」



結婚と同時に、芸能界の付き合いとして必要なゴルフをやめた。



「家族にとって、いちばんの敵だと思ったんです。休みの日に早朝から行かないといけないし、ふだんも練習に時間を取られる。子供からすると、ゴルフにお父さんを持っていかれる感覚になる。僕の親父は趣味のバイクをやめて、子供第一に考えてくれましたからね。その影響も大きかった」



’04年に娘、’09年に息子が誕生。妻と「すぐに答えを与えず、一緒に考える」と教育方針を決め、子供に反省ノートを書かせた。



「悪いことをしたときに何が間違っていたか考えさせるんです。的外れな反省だと、書き直しになります。妻が全部うまくやってくれるから、僕はよほどのことが起こらない限り、口出しはしません」



陰で支える妻の力もあって、勝俣は37年も芸能界で生きている――。



(取材・文:岡野誠)

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  • 丁度良いから貰う=頭とかで実際やれるかは分からない段階の際にならこの記事に書いてあることをやれば良いと思うが、実際にやるとなれば‥頭とか思考だけじゃ無くなる。‥正直、今は実際に出来ないw
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