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先日、ある若手社員から相談を受けた。「上司がAIについて詳しくないのに、AIを使って業務改善しろと指示してきます。具体的な方法を尋ねても、それは君が考えることだといわれるだけです」と。
このような経験のない分野で知ったかぶりをする上司、いわゆる「エアプ上司」の存在に悩む声が、昨今増えている。なぜか?
「エアプ」という言葉は、「エアプレー」の略称だ。実際には経験していないことを、あたかも経験したように語る行為を指す。とくに恋愛に関する知識や経験を誇張して語る人を「恋愛エアプ」として、若い人の間で皮肉的に用いることが多い。
今回は「エアプ上司」とはどんな上司か、なぜ問題なのかについて解説する。自分自身が「エアプ上司」になっていないか?――そう考える世の中の上司たちは、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
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●なぜ今「エアプ上司」が問題になるのか
デジタル化が急速に進む昨今、上司と部下の知識や経験の差が開きやすい環境にある。いわゆる「情報格差」「情報の非対称性」である。とりわけ若手社員のほうが、デジタルスキルに長けているケースも珍しくない。そのため一部の上司は、自分の立場が危うくなることを恐れ、経験のない分野であっても知ったかぶりをしてしまう。
しかし、このような上司の下で働く部下たちは強いストレスを感じている。上司が実務を理解していないにもかかわらず、的外れな指示を出し続けるからだ。部下は「この人に従っていて大丈夫なのか」という不安を抱え、やがて組織への不信感を募らせていく。
●「エアプ上司」の3つの特徴
そもそも「エアプ上司」とは、どんな上司を指すのか。特徴は以下の3つである。
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1. 実績の誇大広告が多い
2. はやり言葉を多用する
3. 曖昧(あいまい)な指示で逃げる
それでは、一つ一つ解説してこう。
1. 実績の誇大広告が多い
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「エアプ上司」の最大の特徴は“誇大広告”だ。
「私だって、若いころはこれと同じようなことをやってきた」
「昔はもっと大変だったんだぞ」
と過去の実績を声高に語る。しかし具体的なプロセスを尋ねると、途端に歯切れが悪くなる。そもそも実績自体が曖昧なケースも少なくない。例えば海外赴任の経験が数カ月しかないのに、「私も海外でバリバリやってきた」などと大げさに語るのが典型だ。
短期出張レベルの体験を、さも数年単位の駐在経験であるかのように話す。このような誇大広告は、やがて部下たちに見抜かれることになる。
2. はやり言葉を多用する
2つ目の特徴は、DXと生成AIなど、世間で話題のキーワードを頻繁に口にすることだ。エアプ上司は、こういった言葉を会議の場で連発し、さも詳しそうに振る舞う。
「うちの会社も生成AIを導入していこう」
「もっとDXを推進して、仕事を効率化できないのか?」
このような旗振り役を演じる。ただし、どのような業務に活用すべきかのアイデアはない。セキュリティ上の課題も把握していない。社内データの扱い方も理解せず、単に「時代の流れに乗り遅れたくない」という焦りから安易に使っているだけのように見える。
3. 曖昧な指示で逃げる
3つ目の特徴は、
「それは現場で考えろ」
「具体的なことは、君たちで何とかしろ」
など、具体性に欠ける指示ばかり出すことだ。エアプ上司は、自分自身が答えを持っていない。
そのため細かい質問をされると「それは、うまいことやってくれ」などと言って逃げてしまう。
例えば「ChatGPTを使って業務効率を上げろ」と指示を出しておきながら、なぜAIなのか? どの業務にどう活用すべきか? といった具体的なことを言わない。
「とりあえずやってみて」
「細かいことは、君たちの判断に任せるから」
といった言葉で責任を丸投げしてしまう。結果として、部下は方向性を見失い、貴重な時間と労力を無駄にするだろう。
●「ダニング=クルーガー効果」を知ろう
エアプ上司は、なぜ知ったかぶりという行動を取ってしまうのか。その理由の一つに「ダニング=クルーガー効果」という心理現象があると私は考えている。
「ダニング=クルーガー効果」とは、能力や知識が乏しい人ほど自分のスキルを過大評価してしまうという傾向だ。研究者のデイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーが提唱したこの理論によれば、知識が足りないがゆえに自分の未熟さに気付けないことが最大の問題だという。
例えば生成AIについて表面的な知識しか持たない上司が、
「AIを使えば業務は劇的に効率化する」
と根拠なく断言するようなケースだ。そして部下に「とにかくAIを使え」と指示を出し、具体的な質問には曖昧な返答しかできない。
本来であれば、経験や知識の不足を自覚し、謙虚に学ぼうとする姿勢が必要だ。しかし「ダニング=クルーガー効果」により、
「この本に詳しいことが書かれていた。ChatGPTは使える」
「AIのセミナーにも参加した。これはすごいぞ」
などと鼻高々だ。「自分は十分に理解している」という過剰な自信を持ってしまう。結果として、的外れな方針を示し、現場を混乱に陥れることになる。
エアプ上司の最大の問題は、この「能力の低さを認識できない状態」にある。自分こそが正しいと思い込むため、部下からの指摘や意見に耳を傾けることもできない。実力の裏付けがないまま強引に組織を動かそうとする姿勢は、結果として組織全体の成長を妨げることになる。
●エアプ上司にならないために必要な3つの対策
それでは、部下から「ついていけない!」と思われるようなエアプ上司にならないために、どうしたらいいのか? 3つの対策を紹介しよう。
1. 知らないことを潔く認める勇気を持つ
上司が知ったかぶりをせず、素直に「知らない」と認めることは、決して恥ずかしいことではない。時代の変化が激しいのだから、分からないことが多いのは当然だ。開き直っても問題はない。
むしろ「知らないことを認める勇気」があるのは、優れたリーダーの条件とも言えよう。
2. 部下の声に謙虚に耳を傾ける
自分の過去の成功体験を必要以上に引き合いに出すのも控えたほうがいい。部下の意見に耳を傾けることが重要だ。とりわけDXやAIといった新しい分野では、現場の若手社員のほうが詳しい知見を持っていることもある。
「この指示で本当に大丈夫かな」
「本来の課題は何か?」
など、部下と真摯(しんし)に向き合って対話していこう。分からないことがあれば「調べてみる」と約束し、必ずフォローする姿勢を持とう。
3. 組織全体で学び合う環境を整備する
最も大事な対策は、コレだ。
知識やスキルは、一朝一夕には身につかない。だからこそ、組織全体で継続的に学び合える環境を作ることだ。例えば週1回の勉強会を開催したり、部署の垣根を越えた情報共有の場を設けたりするのもいい。また、外部のセミナーや研修に参加した際は、その内容を組織内で共有する仕組みを作ろう。
上司だからといって、全てを知っている必要はない。むしろ「私にも分からないことがある」と認め、部下と共に成長していく姿勢のほうが、組織の発展には効果的だ。
●学び続ける謙虚さこそが最大の武器となる
ダニング=クルーガー効果が示すように、経験が浅く知識の少ない人ほど過剰な自信を持ってしまう。反対に、本当の意味で経験を積み、深い知見を持つ人ほど謙虚になるものだ。なぜなら、学べば学ぶほど「まだ知らないことがたくさんある」と実感するからだ。
部下たちが上司についていけないと感じるのは、単に上司の謙虚さが足りないからではない。その上司に「学ぼうとする意欲」が見られないからだ。人的資本経営が叫ばれ、リスキリングの重要性が強調される現代において、もはや「知ったかぶり」で場を取り繕う時代ではない。
学ばない上司の下では自分も成長できないと考え、優秀な人材ほど早々に見切りをつけてしまう。一方で、率直に「知らない」と認め、部下と共に学ぼうとする上司の下では、メンバーも安心して成長できる。
だからこそ上司は、もっと学び続けることだ。新しい知識を得ようとすることで、自然と謙虚になれる。その謙虚さこそが、部下との信頼関係を深める最大の武器となるのだ。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。
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