個を生きる欧米人などと違って、私たち日本人は人との間柄を生きているといった感じがある。仕事をするにも、仕事そのものだけでなく、職場の雰囲気や人間関係がとても気になる。ゆえに、仕事自体には不満はないけれども職場の雰囲気が合わないというようなことも、しばしば起こってくる。
【画像】コミュニケーションのトラブルは、相互作用の問題であることが多い
ただし、本人は職場の雰囲気に問題があると思っていても、じつは本人の仕事への取り組み姿勢に問題があるということも珍しくない。メタ認知ができていないため、本人はそこに気付いていないのである。
そのような部下への対応について悩んでいる管理職は、次のように事情を語る。
「いつも不満顔を見せることが多い部下が相談があるっていうから、個別面接の時間を取って話を聞いたんです。すると、仕事そのものには別に不満はないけれども、職場の雰囲気が悪いからやる気になれない、って言うんです」
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『職場の雰囲気ですか』(筆者、以下同)
「ええ。自分は職場の雰囲気が良ければモチベーションを上げて頑張るタイプなのだけれども、今の職場の雰囲気ではどうしてもモチベーションが上がらず、仕事も適当になってしまう、そんな自分は嫌なので何とかしてほしい、そんなふうに言うんです」
『そうですか。職場の雰囲気がどのように悪いっていうんでしょうか?』
「いちいちうるさいことを言う人がいる、お局様みたいな人がいつもみんなを見張っていて雰囲気を悪くしているとか言うんです。『私がミスをするたびに、そのお局が鬼の首でも取ったかのように指摘してくるんですよ。それも毎日何回もですよ。やってられませんよ』って言うんです」
『お局様みたいな人に見張られ、いちいちうるさいことを言われる、と』
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●雰囲気が悪くなる原因
「でも、これまでそんな話は聞いたことがなかったので、他の人たちと個別に面談して、職場に対して思うことがあれば遠慮なく言ってもらうことにしたんですけど、とくに職場の雰囲気が悪いとか、うるさい人がいるというような話は出てきませんでした。むしろ和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気で働きやすいという意見が出るほどで……」
『他の人たちとその相談者では、職場の雰囲気のとらえ方がまるで違ってる、っていうことですね』
「ええ。それで、いったいどういうことなんだろうって思って、とくに信頼できる人物を2人選んで、職場の雰囲気が悪くてやる気になれないという相談があったのだが何か心当たりはないかと、個別に尋ねてみたんです。すると、2人とも、『それってAさんのことじゃないですか?』って言うんです」
『職場の雰囲気に対する不満を持っていそうなのはAさんだと、誰もが思うような、何かがある、っていうことですかね』
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「ええ。それで、どういうことなのか説明を求めると、Aさんは仕事の覚えが悪く、それに加えて不注意によるミスが多いため、しょっちゅう注意しないといけない、とくにチューターのBさんがAさんを熱心に指導してるけど、Aさんがあからさまにうるさがってる様子を見せることがある、って言うんです」
『そうすると、Aさんが仕事の覚えが悪い上に不注意なため、しょっちゅう注意される、それがAさんにとっては見張られていていちいちうるさいことを言われるっていう感じで、職場の雰囲気が悪いと思ってしまう、っていうことですか』
「そのようです。それに加えて、仕事上のミスを注意されたとき、他の人は『すみません。これから気をつけます』っていう感じで素直な反応なのに、Aさんは不満げな表情でふて腐れた態度を取るらしいんです。それで注意した側もイラッとくることがあり、実際雰囲気が悪くなることもあるようなんです。結局、Aさんのコミュニケーション力に問題があるように思えてきました」
『そうですか。伺っていると、職場の雰囲気自体の問題というよりも、相談者であるAさんとチューターのBさんをはじめとする周囲の人たちとのコミュニケーションの問題という感じではないか、と』
「私にはそうとしか思えないんですけど、どうなんでしょうか?」
『そうですね。コミュニケーションがうまくいっていないのは事実のようですね。でも、その背後に、Aさんが自分自身の問題を自覚してない、つまりメタ認知が働いてないということがあるように思います』
「メタ認知が働いていない?」
そこで、職場の雰囲気が悪いからやる気になれないというAさんの訴えが孕む問題点について、メタ認知を絡めて、つぎのように解説およびアドバイスを行った。
●コミュニケーションのトラブルは、相互作用の問題であることが多い
一般に、コミュニケーションのトラブルは、一方的にどちらかに問題があるというより、相互作用の問題であることが多い。今回のケースでは、もしかしたら職場の雰囲気、とくにAさんを取り巻く職場の雰囲気が悪くなっているのは事実であるかもしれない。
しかし、その雰囲気の悪さをもたらす要因として、Aさんのミスの多さや注意されたときの態度があるのではないか。そこが改善されれば、Aさんを取り巻く職場の雰囲気の悪さも改善される可能性が高い。
では、そのためにはどうすべきなのか。
まず第1に必要なのは、Aさんにメタ認知の心の構えを植えつけてあげることである。Aさんにメタ認知の姿勢が欠けていることが雰囲気の悪さをもたらしていると思われる。そのことへの気付きを促すような対話をしていくのがよいだろう。
例えば、本人の訴えの中に、「私がミスをするたびに、そのお局が鬼の首でも取ったかのように指摘してくるんですよ。それも毎日何回もですよ。やってられませんよ」というのがあった。自分がミスをするたびに鬼の首でも取ったかのように指摘してくるというのは、確かに気分の良いものではないかもしれない。
でも、毎日何度もそういうことがあるということは、毎日何度も仕事でミスをしているということでもある。いくら注意しても毎日何度もミスをする人物がいたら、どんな気持ちになるだろうか。そのような人物をその都度何度も注意しなければならない立場の人は、どんな気持ちになるだろうか。そういったことに想像力を働かせるように促す必要がある。
職場の雰囲気が悪いと感じる場面を振り返るように導くのである。なぜ雰囲気が悪いと感じるのか。なぜ毎日何度も注意されてしまうのか。注意する人がなぜ感じが悪いのか。つまり、メタ認知を働かせて、自分が注意される場面を振り返る、それに加えて相手の立場に立って毎日何度も注意する側の気持ちに想像力を働かせる。
●「相手の気持ち」を想像してもらう
さらには、ミスをして注意された場面で、自分自身がどんな反応をしているかを振り返るように導く。このようにメタ認知を働かせることによって、自分の感じている職場の雰囲気の悪さの理由として、以下の2点があることに気付いてもらう。
1. 自分自身のミスが非常に多いこと
2. 注意されたときの態度が良くないこと
これに気付かず、モチベーションが上がらないのは職場の雰囲気の悪さのせいだと思っている限り、決してやる気にはなれないだろう。
だが、自分が感じる職場の雰囲気の悪さをもたらす要因として、自分自身のミスの多さや注意されたときの態度の悪さがあると気付くことができれば、状況改善への一歩を踏み出すことができる。
そうした気付きを前提に、まずはミスを少なくするように気を付ける必要がある。それでも、一気にミスがなくなることはないので、万一ミスをした場合は「すみません、これから気をつけます」と謝罪と改善の気持ちを示す必要がある。こうしたことに気づくことができれば、職場の雰囲気の悪さを嘆いていた頃と違って、モチベーションを持って仕事に集中できるようになるはずだ。
いきなり仕事力が高まるわけではないので、相変わらずミスをすることはあったとしても、ミスを少なくしようと頑張っている姿が見えてくれば、周囲の注意する側の気持ちも和らぎ、Aさんが感じる職場の雰囲気も好転していくことが期待できる。
そうした方向に導くように、ていねいに対話を重ねていくことが大切となる。
※この記事は、榎本博明氏の著書『「指示通り」ができない人たち』(日経BP 日本経済新聞出版、2024年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
筆者プロフィール:榎本 博明(えのもと ひろあき)
MP人間科学研究所代表、心理学博士
1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学助教授等を経て、現職。
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