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『ブルータリスト』(2月21日公開)
ハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は第2次世界大戦下のナチスによるホロコーストを生き延びるが、妻(フェリシティ・ジョーンズ)や姪と引き離されてしまう。
家族と新しい生活を始めるためアメリカのペンシルベニアに移住した彼は、著名な実業家のハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。ラースローのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、ラースローの妻と姪のアメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築を依頼する。だがラースローにとって母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には、多くの困難があった。
天才建築家の数奇な半生を描いたヒューマンドラマ。監督は36歳のブラディ・コーベット。昨年のベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞。エイドリアン・ブロディが『戦場のピアニスト』(02)以来、再びホロコーストから生き延びた人物を演じている。
タイトルのブルータリストとは、無機質なコンクリートやレンガをむき出しにしたブルータリズム(荒々しい)と呼ばれる建築様式を用いる建築家のこと。日本では丹下健三が設計した国立代々木競技場が有名だ。
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主人公ラースローの生き方を通して、ホロコーストの影、移民が直面する困難、文化の違いなどが浮き彫りになるこの映画は、逆さの自由の女神像が映る場面が印象的。移民たちが最初に目撃する希望の象徴の失墜が、その後の彼らの多難を示しているからだ。
そんなこの映画は、「序曲〜第1章」(100分)「インターミッション(途中休憩)」(15分)「第2章〜エピローグ」(100分)という配置で215分の長尺になっているが、全体の構成のうまさや映像や音響の力に加えてインターミッションも効果的で、飽きることなく見ることができる。
また、ラースローは架空の人物だが、インターミッションの前と後とでは大きく印象が異なること、あるいは一人の天才を描いた悲劇的な叙事詩として『アラビアのロレンス』(62)を思い出すところがあった。
今年のアカデミー賞では、主演男優賞候補のブロディと監督賞候補のコーベットが本命視されている。
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『ゆきてかへらぬ』(2月21日公開)
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大正時代の京都。20歳の新進女優・長谷川泰子(広瀬すず)は、17歳の学生・中原中也(木戸大聖)と出会い、一緒に暮らし始める。やがて東京に出た2人の家を、評論家の小林秀雄(岡田将生)が訪れる。
小林は詩人としての中也の才能を誰よりも認めており、中也も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っていた。中也と小林の仲むつまじい様子を目の当たりにした泰子は、嫉妬と寂しさを感じる。やがて小林も泰子の魅力に気付き、3人の間で複雑でいびつな関係が始まる。
大正時代の京都と東京を舞台に、実在した女優の長谷川泰子と詩人の中原中也、文芸評論家の小林秀雄の愛と青春を描く。『ツィゴイネルワイゼン』(80)などが有名な田中陽造の脚本を基に、『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』(09)以来、16年ぶりの長編映画となる根岸吉太郎監督が映画化。
雨の中、窓を開けて長屋の屋根瓦の上にある柿を取る泰子。そして狭い路地を歩いてくる中也の赤い傘を屋根瓦の上から俯瞰(ふかん)で捉えたショットに続いてタイトルが映る。何だか往年の文芸映画をほうふつとさせるようなオープニングに目を奪われる。
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そして登場する長屋のセット、部屋の中の雰囲気、それを照らす暗めの照明、小物(傘、ローラースケート、柱時計…)、衣装など、そのどれもが素晴らしい。
根岸監督は「大正から昭和初期の建物がなかなかなくてセットを組んだけど、今はこの程度のセットでも驚かれる」と苦笑していたが、遊園地を造り、電車や自動車を走らせ、建物の外観や室内の造りにまでこだわったことが感じられ、CGでは表せない説得力を生み出している。
広瀬が生々しい大人の女の役を演じたことに時の流れを感じたし、岡田と木戸も好演を見せる。3人の何とも説明し難い不思議な関係を見ながら、久しぶりに純文学の香りがする映画を見たと思った。
根岸吉太郎監督インタビューも掲載中
(田中雄二)