インターネットやSNSの世界にどっぷりつかり、生の人間関係の世界で過ごす時間が少なくなっているせいか、人とのコミュニケーションが苦手という人が増えている。
将来の職業を考える際にも、できるだけ人とのかかわりの少ない仕事に就きたいという人や、人とかかわるような仕事は無理という人さえ珍しくない。企業などでも、採用した新人があまりにもコミュニケーションが苦手なので困ってしまうといったケースもみられる。
そんな時代ゆえに、企業などが採用時に最も重視するのがコミュニケーション力ということになってきた。ところが、コミュニケーション力を重視して採用したはずなのに、職務上のコミュニケーションがうまくできないことに手を焼く管理職も珍しくない。
一つの典型的なケースは、雑談などのコミュニケーション力はあるものの、論理能力が乏しいため、仕事そのもので行き詰まるといったものである。これは認知能力(知能検査で測定できる能力)の問題だが、もう一つの典型的なケースは、慣れない場でも、慣れない相手でも、臆することなく平気でしゃべれる、いわゆる社交性が高いのだが、人と気持ちの交流ができないというものである。
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このタイプの従業員を採用して困惑している経営者は、次のように悩む胸の内を吐露する。
「ビジネスを進める上でコミュニケーション力は必須なのに、コミュニケーションが苦手な人物を採用したらまずいので、とにかくコミュ力重視ということで採用したんです」
『多くの企業がコミュニケーション力重視で採用していますよね』(筆者、以下同)
「はい。それでうちもコミュ力重視で採用して、先輩たちや上司の前でもガチガチに緊張するようなこともないし、冗談を言って周囲を笑わせたりするので、コミュ力の高い人物を採用してよかったと思っていたんです。ところが、営業で取引先を回るようになると、どうもパッとしないんです」
『パッとしない? どういう感じなんですか?』
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●一方的にしゃべりまくってしまう
「先方からなかなか注文が取れない。これまでコミュ力の低い人物が担当していたときの方がよかったくらいです。そのうち先方から担当者を代えてくれ、前の人はいないのか、っていう連絡が来て、困っているところです」
『担当を代えてほしいという要望の理由は何だったんでしょう』
「私もそれが気になって、先方に出向いて話を聞いてきました。向こうが言うには、彼は非常に社交的でよくしゃべるし、面白いことも言うけれども、話していて疲れるし、こっちの求めているものをくみ取ってくれないと。そして、気持ちのふれあいがなく、あんな感じでは信頼関係が築けないとまで言われました」
『よくしゃべるし、面白いことも言うけど、気持ちのふれあいがなく、疲れる、ということですね。その方は、相手の反応に関係なしに一方的にしゃべりまくるようなところはないですか?』
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「あ、まさにそんな感じです。そう言われてみると、私も彼と話してると、こっちの言いたいことを言うタイミングが取れなくてイライラすることがあります」
『やっぱりそうですか。その場を盛り上げるような面白おかしいしゃべりができる人物をコミュニケーション力が高いと見なす風潮がありますけど、ほんとうのコミュニケーション力には傾聴力も含まれます。一方的にしゃべりまくるようだと、相互性がないので、コミュニケーションがうまくいっていることにはなりません』
「なるほど。相互性ですか。傾聴力……」
『その方と話していてイライラするというのも、よくしゃべるけれどもこっちの話を傾聴してくれない、こっちの気持ちをくみ取ろうとしてくれないからなのでは。良いコミュニケーションというのは、ただ一方的にしゃべるのではなく、相手の思いを引き出すような、そしてそれを受け止めるようなものでしょう』
「相手の思いを引き出し、それを受け止める……」
『面白い話で笑いを取ったりできても、相手の気持ちがスッキリするような対話ができないなら、コミュニケーション力が高いことにはならないのではないでしょうか』
「なるほど……よくしゃべるし、笑いを取る能力が高いから、コミュ力が高いと思ってたんですけど、確かに人の話をちゃんと聞かないところがあるから、相手をイライラさせちゃうのかもしれません。そう考えると、取引先の人の言い分が分かるような気がします。それじゃ、コミュニケーション力が高いことにはならないですね」
『お話を伺っていると、どうもそのようですね』
「そうすると、彼のコミュニケーション力を向上させるには、どうしたらいいでしょうか?」
●とにかく「良い聞き手」となるべき
『気持ちがふれ合い、相手の気持ちをスッキリさせるために大切なのは、相手に言いたいことを十分話してもらうことです。そのためには良い聞き手になることが大切となります。一方的にしゃべりまくるようでは、相手は言いたいことも言えず、イライラするでしょう』
「まさに先方の言ってきたことですね」
『とにかく良い聞き手になって、相手に思う存分しゃべらせる。それが良質のコミュニケーション力の高さなのではないでしょうか』
そこで、ほんとうのコミュニケーション力について、さらにはコミュニケーション力を高めるためのコツについて、つぎのような解説をした。
コミュニケーション力を高めるというと、聞き上手より話し上手になることをイメージする人が多い。だが、ビジネスで必要なコミュニケーション力としては、話し上手より聞き上手のコツを身につける方がはるかに重要となる。なぜなら、聞き上手な人の方が相手に大きな満足を与えることができるからである。
話し上手な人は、その場を盛り上げたりして人を楽しませることができるものの、どちらかと言えば自分自身がしゃべることでスッキリする感じがある。その分、相手をストレスフルな状態にしてしまうことがある。例えば、しゃべりが得意だと自認する人は、ときに一方的にしゃべりすぎて、相手をうんざりさせたり、イライラさせたりすることがある。
今回の事例でも、取引先の人はそのような心理状態に追い込まれているのではないか。それに対して、聞き上手な人は、相手の話にじっくり耳を傾けることで、相手の気持ちをスッキリさせることができる。ゆえに、聞き上手な人の方が、相手にとって報酬価の高い存在といえる。口べたな人が意外に好感を与えたりするのも、自分がしゃべりに自信がない分、聞き役に徹するため、相手は気持ちよくしゃべることができるからである。
このように、また話したいと思える相手、一緒にいてホッとできる相手というのは、話し上手な人よりも聞き上手な人であることが多い。従って、コミュニケーション力を高めたいなら、話し上手を目指すよりも、聞き上手を中心とした対話上手を目指すべきであろう。
●対話上手な人の特徴
ブログやX(旧:Twitter)の流行にみられるように、自分の思いを発信したいといった欲求を持つ人が非常に多い時代である。みんな聞いてほしいのだ。自分の言うことに耳を傾けてほしいのだ。それだけ聞き手に飢えている。カウンセリングが流行ってきたのも、じっくりと耳を傾けてくれる相手が身近にいないからといえる。
そんな時代だからこそ、聞き上手の価値は大きい。相手にとって報酬価の大きい存在になれれば、職場の人間関係も良くなるだろうし、ビジネスの交渉もうまくいきやすい。
聞き上手を中心とした対話上手な人の特徴は、次のように整理することができる。
・相手の話を真剣に聞く
・一方的にしゃべらない
・自分のことばかり話さない
・相手に関心を持つ
・押しつけがましいことは言わない
・相手の気持ちに共感する
・相手が話しにくいことはしつこく聞かない
・適度に話を切り上げることができる
このようなポイントを意識しながら気持ちの交流を心掛けるように指導することで、対話力を中心としたコミュニケーション力を高めることができるはずである。
この事例であれば、それによって取引先担当者の気持ちがスッキリして、気持ちのふれ合いが生じるだけでなく、先方の思いを十分引き出すことで、何を求めているのか、何が気になっているのかが分かり、それを踏まえた提案を工夫することもできるだろう。
※この記事は、榎本博明氏の著書『「指示通り」ができない人たち』(日経BP 日本経済新聞出版、2024年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
筆者プロフィール:榎本 博明(えのもと ひろあき)
MP人間科学研究所代表、心理学博士
1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学助教授等を経て、現職。
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