写真近年の物価高や気象変動のあおりを受け、高騰を続ける野菜。スーパーなどで野菜のあまりの高さにおののき、買い控える瞬間も多いのではないだろうか?
中でも、昨年の猛暑の影響で限界突破の高値となった野菜のひとつが、トマトだ。そうした厳しい条件下で、日本一のトマトの産地からトマトの廃棄ゼロを目指す男性がいる。
◆日本のトマトは年間1万トン以上廃棄されている
昨年秋、トマトの価格が平年比2倍の高値となって久しい。2025年2月現在、真冬だからかもしれないが、ネットスーパー「Amazonフレッシュ」で検索すると、トマト1玉287円、4個で556〜816円と相変わらず高い。
日本のトマトの出荷量は年間60万トン以上(※1)。その内、「熟しすぎ、割れがあることで規格外となるトマトはおよそ全体の2%」と語るのは、日本一のトマトの産地、熊本・八代市で農家を営みながら、トマトの廃棄ゼロ活動をするトマト男氏。
その計算でいくと、流通からはじかれ、日本で捨てられるトマトはおよそ1.2万トンで、25mプールに換算すると33個分にものぼる。八代市だけでも、そのうちの大体10分の1にあたる、年間1000トン以上トマトが捨てられているというから驚きだ。
実情を知るべく、トマト男氏を直撃した。
※農林水産省 令和5年産・作物調査(野菜)調査より
◆トマトの値段は高騰するが…減らない廃棄トマト
──今、なぜこんなにトマトが高いんですか?
トマト男:とくに昨年の猛暑の影響が大きいです。15年間トマト栽培をしてきましたが、夏から秋が訪れず、いきなり冬になるような激しい気候変動に、トマトも適応できなかったんです。農家としても、2週間後の気象予測が立たず、温度や日照管理がとても難しいのです。
それと八代市では農機具を動かすための重油代も2倍に跳ね上がっているほか、輸入品の肥料や農薬代も物価高の影響で高くなり、大きな負担になっています。
──気候変動の影響でトマトが不作なのにもかかわらず、一方で食べられるトマトが規格外というだけで大量に捨てられるなんてもったいないですよね?
トマト男:そもそも実家も農家で、出荷組合を営んでいるので、規格外トマトは毎日当たり前のように捨てられるのは知っていました。
もちろん食べ物を捨てる後ろめたさはあるので、トマトを捨てるための畑は人里離れた場所が多く、人目に触れない時間に作業することが多いですね。
出荷組合としても、せっかく農家さんから集めたトマトを、規格外とはいえ大量に捨てるところは大っぴらに見せるのはよろしくないですから…。
◆当たり前だった“廃棄トマト”に違和感を感じたワケ
──Insagramでトマトが大量に捨てられる動画を観た時、衝撃を受けました。トマトの廃棄ゼロの活動を始めるきっかけは何でしたか?
トマト男:ある時、トマトを捨てているところを友達に見せたら、「えっ、もったいなくない?」とめちゃくちゃ驚かれたんです。肥料として再利用しようにも廃棄トマトが多すぎて限界がある。僕ら農家にとっては見慣れた当たり前の風景でしたが、友人に言われて初めて違和感を感じ始めました。
実際、規格外といってもちゃんと食べられるし、規格品とほとんど変わらない。どうにかできないかなと思ってSNSにアップしたら、「高すぎて手が届かないのにこんなに捨てられているなんて!」といった声が多くて、これはトマトを食べたくても食べられない人がたくさんいるんだなと。
──逆に、他のトマト農家からの反応はいかがでしたか?
トマト男:仲の良い農家さんから人伝いに、「廃棄トマトをなくしてどうするんだ?」「俺たちにとってトマト男の活動は害だ」と言われたこともありますよ。
それと以前、活動初期に地域で規格外トマトをタダで配ったら、「そんなことするから正規品のトマトが売れなくなったけど、どんな気持ち?」と嫌味を言われたことも(笑)。
◆廃棄トマトを無くすのは害なのか
──規格外トマトは捨てないと、一軍トマトが高く売れないということでしょうか?
トマト男:たとえ今後、廃棄トマト1000トンすべてを流通させたとしても、価格には影響はないと思っています。どちらかというと農家は感情論で言いがちなので、カドを立てたくはありませんが…。
規格外トマトの9割を占めるのは、流通に適さない、やわらかいトマト、割れたトマトです。
八代で出る廃棄トマトが1000トンというとものすごい量に感じますが、国内のトマト生産量約60万トンすべてを正規品のトマトとして流通させたとしても、対する1000トンなんてほんの数%程度にすぎませんから。
──収益性が低い規格外トマトに取り組むのはやはり非効率と考えられてきたんですね。
トマト男:もちろん、産地の農家さんにも賛同を得ながら活動を進めたいと思っているので、なるべく刺激しないように、規格外トマトそのものを売るというよりは、加工品での利用を増やしていきたいと思っています。
◆「世界一青臭くないトマトジュース」を開発中
──どんな再利用法を考えていますか?
トマト男:フォロワーさんにご意見をいただきながら進めるスタイルで、最初は「トマトペーストを作って売ってみたら?」という意見を元に、クラウドファンディングで挑戦したものの、加工費が高くつきすぎて採算が合わず、断念しました。
今は子ども食堂や動物園に提供するほか、訳ありトマトとして1玉80〜90円で販売したり、ふるさと納税の返礼品にしたりしています。
──安い!それならSPA!読者も躊躇なく買えると思います(笑)。
トマト男:僕のInstagramのアカウントは、トマトが好きな人や廃棄削減を応援してくれる人が集まっています。なんですけど、いざ「トマトジュースは好き?」というアンケートをとったら、「嫌い」と答えた人が3割もいたんです。実は僕も好きじゃないんですが(笑)。
その理由の半分は、「青臭いから」とのことでした。それならば、トマトジュースが嫌いな人向けに、「世界一青臭くないトマトジュース」をテーマに商品を作れば、手にとってもらえるかなと思い、現在開発中です。
──商品開発する上で大変なことは?
トマト男:すべて一人でやっているので、何を作るにせよ外注費や加工費がどうしても高くついて商品の価格も高くなってしまうんです。自社で加工場を作るにしても初期投資が莫大にかかります。
当然、大手メーカーとの価格競争には勝てませんから、価格以上の付加価値を出すことにかかっています。農業しかしてきていないので、開発力やブランディングには限界がある。このままでは進まないので、スタッフも徐々に増やしたくはあるのですが…。
◆トマト祭りを熊本県八代市でも開催したい
──別業界からの反響やコラボレーションなどはありましたか?
トマト男:地元のスターバックスさんから共同イベントの開催に興味を示していただいたり、先日は牡蠣の養殖業者から飼料としての引き合いで問い合わせがあったり。牡蠣にトマトを飼料として与えたらおいしくなったそうで。
──トマトが牡蠣をおいしくするんですね…!今後のビジョンはいかがですか?
トマト男:今後僕がトマトジュースを開発しても、使いきれないくらい規格外トマトはあります。なので、飲食店や加工業者などと手を組んで、あらゆる活用法を見出したいと思っています。加工先の出口ができたら、最終的には廃棄トマト向けの出荷組合を作りたいですね。
それと活動当初からの夢は、スペインで有名なトマト祭りを八代でも開催することです。食べ物を投げる祭りなので、日本人の倫理的なハードルもあるし、街中では難しいですが、広大な畑でならできるかなと。祭りの後、散乱したつぶれたトマトを肥料にするところまでセットで考えていて、絶対実現させたいですね。
◆トマトには美肌効果も?
──産地で「トマト祭り」いいですね!ところで、トマト男さんって肌がめちゃきれいですよね。産地の人ってみんなそうなんですか?もしかして抗酸化作用の強いトマト効果でしょうか…?
トマト男:言われてみればそうかもしれませんね(笑)。当然ながら食卓にトマトが上がる頻度も高いし、小さい頃から人よりは多く食べてきました。
仕事柄、朝から晩まで外で作業しているわりには日焼けもしていない方だと思います。最近トマトジュースを開発するためにいろんな種類のものを飲んでいるので、それも大きいかもしれません。
昨年はトマト廃棄の削減量の目標である10トンを達成したというトマト男氏。今年の削減量の目標は、50トン。それを6月までに達成した後、2030年までには1000トンの削減を目指しているという。
野菜が捨てられている現状はどこの農家も抱える課題だ。こうした活動がほかの野菜にも広がれば、限界突破する勢いで高騰する野菜はもっと安く手に入るかもしれない。
<取材・文/庄司真美>
【庄司真美】
EDIT for FUTURE代表取締役。編集者、ライター、編集コンサルタントとして多くのメディアで編集長やライティング、記事制作を手がける。おもなジャンルはビジネス、ライフスタイル系。趣味は散歩とギターと山登り。