映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』などの撮影監督を務めた山本周平さん (C)ORICON NewS inc. 映画は、何気なく観ても楽しめるものだが、作品の背景や撮影の工夫を知ることで、より深く味わうことができる。映画を意識的に観ることで、新たな視点が生まれ、映画鑑賞の楽しみはさらに広がるものだ。今回、注目したのは、現地時間2日に授賞式が行われた「第97回アカデミー賞」で、主演男優賞(エイドリアン・ブロディ)、作曲賞(ダニエル・ブルンバーグ)、撮影賞(ロル・クロウリー)の3冠に輝いた、映画『ブルータリスト』。上映時間3時間35分(※15分間の休憩あり)という規格外の本作の“見方”を、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』などの撮影監督として活躍する山本周平さんに伺った。
【画像】映画『ブルータリスト』フォトギャラリー■ 映画『ブルータリスト』とは
第二次世界大戦下にホロコーストを生き延び、アメリカへと渡った、ハンガリー系ユダヤ人建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)の30年にわたる数奇な半生を、監督・脚本を務めた36歳の気鋭ブラディ・コーベットが描き出した、215分にわたる壮大な人間ドラマ。
才能にあふれるハンガリー系ユダヤ人建築家のラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)、姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)と強制的に引き離されてしまう。家族と新しい生活を始めるためにアメリカ・ペンシルベニアへと移住したラースローは、そこで裕福で著名な実業家ハリソン(ガイ・ピアース)と出会う。
建築家ラースロー・トートのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、ラースローの才能を認め、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラースローへ依頼した。しかし、母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には多くの障害が立ちはだかる。ラースローが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、彼を待ち受けたのは大きな困難と代償だった――。
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――『ブルータリスト』は上映時間3時間35分の作品ですが、観た印象はいかがでしたか?
【山本】3時間35分は長いな、と思いましたが、最近はスマホで何時間も動画を観てしまうこともあるので、それよりもずっと有意義な時間でしたね(笑)。上映が始まるとエイドリアン・ブロディ演じる主人公に感情移入してしまい、気づいたら3時間35分があっという間に過ぎていました。長さを感じさせない没入感がありました。次はもう少し客観的に観たい、これは何度かスクリーンで観ないと駄目だなと感じました。僕は、気に入った映画を何度も繰り返し観るタイプなんです。時にせりふを覚えるくらいまで繰り返し観ることもあります。『ブルータリスト』もそうなると思います。
――3時間半、映画に没入できる時間を持てるのは、現代では贅沢なことかもしれませんね。
【山本】本当にそう思います。僕も撮影の仕事や家庭の子育てなどで忙しく、映画館に足を運ぶ機会が減ってしまっているのが正直なところです。それでも映画館で観たいと思わせてくれるものが、『ブルータリスト』にはありました。
――この映画を観よう!と思うのは、何が決め手になりますか?
【山本】僕はYouTubeで予告編を観るのが好きで、新作の予告を毎日のようにチェックしています。『ブルータリスト』の予告編を観た瞬間、心をつかまれました。最初に「A24」のロゴが横に流れる演出や、音楽の入り方など、細かい要素が積み重なって「これは観たい」と直感的に思いました。
――予告編は、映画の楽しみを左右する重要な要素ですね。
【山本】そうですね。職業柄、この作品がビスタビジョンで撮影されたこと、そしてフィルムを使用していることにも興味をそそられました。予告編を観たときに「これはフィルムっぽいな」と思い、その後調べてみたら、やはりそうだった。「映画館で観るべき作品」だと思いました。
――主人公に感情移入してしまったというのは?
【山本】僕自身、「こういう作品を作りたい」という思いがある一方で、現実的な問題や予算との折り合いをどうつけるか、という課題に直面することがよくあります。映画の中で描かれるその葛藤が、まさに自分の状況と重なって感じられました。それに、主人公のように感情を爆発させたり、怒りを表に出したりするのは、僕にはなかなかできないことなので、ある意味ではうらやましくも感じましたね。
――それは多くの人が共感できると思いますか?
【山本】「こうしたい」という強い欲求がありながらも、しがらみや現実の壁に阻まれるという構図は、どの分野でも共通するものです。現実的な制約の中でどう折り合いをつけるかという悩みも、多くの人が経験するものだと思います。
――作品の中で特に印象的だったシーンはありますか?
【山本】冒頭の船のシーンですね。暗い船内から外に出ると、自由の女神が斜めに見える。混乱の中で新たな世界へ踏み出す感覚が、非常に強く伝わってきました。また、長回しやステディカムを活用したシーンも多く、映像がカットされずに続くことで、息つく暇もなく物語に引き込まれました。さらに、シルエットだけで人物を描くショットや、砕石場での3人の歩くシーンなど、映像だけで語る場面も印象的でしたね。
――撮影技術として、観客が気づかないけれど映画の没入感に影響している部分はありますか?
【山本】ビスタビジョンの使用は、観客が明確に「ここがビスタビジョンだ」と意識するものではありません。それでも、映像の質感やカメラの動きによって、無意識のうちに映画の世界に引き込まれるんです。特に『ブルータリスト』では、採石場のシーンなどで「その場にいるような感覚」を覚えました。これは、映像技術が巧みにストーリーテリングに作用しているからこそ生まれる感覚ですね。
――山本さんも撮影では「その場にいるような感覚」を大切にされているんですか?
【山本】そうですね、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』という作品で、パリのルーヴル美術館で撮影させてもらった時は、その空間の広がりや空気感も観客に伝えたいと思いました。ストーリーに沿った最適な撮影手法を選ぶことが重要ですが、時には予算の制約もあります。それでも、監督やカメラマン、技術スタッフがそれぞれの経験や思いを持ち寄って、最もふさわしい映像表現を探るのが映画制作の醍醐味でもあります。
――2024 年、洋画の興行が全体の25%に落ち込みました(2023年は約33%)。「洋画離れ」という話もありますが、それについてはどう感じますか?
【山本】個人的には、洋画が大好きです。日本映画も素晴らしい作品がたくさんありますが、予算の規模の違いもあり、やはりハリウッド映画ならではの迫力やスケール感、映像体験があると思います。映画館で上映してこそ最大限に魅力が引き出されるように作っていると思いますし、それはやはり映画館で観るべきものだと思います。
――タイパ、コスパ、多様な視聴方法とコンテンツがあふれる今の時代、映画というメディアならではの魅力について、どう思われますか?
【山本】僕は子どもの頃から映画が大好きなんですが、映画の最大の魅力は、登場人物に感情移入したり、彼らが自分とは違う選択をしながら道を切り開いていく姿を見たりすることで、勇気をもらえることだと思っています。2〜3時間で他人の人生を疑似体験、あるいは追体験できたり、その世界観に没入してストーリーを一気に体験できたりする。そこにも大きな魅力があると思います。
■山本周平
日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、撮影助手として経験を積む。主にCM、MV、映画などのフォーカスプラーとして現場を重ね、映画『ケンとカズ』で撮影技師に。主な作品にNHK ドラマ『岸辺露伴は動かない』、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』、『辰巳』『アングリースクワッド』など。オールイタリアロケの『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が公開待機中。