【今週はこれを読め! SF編】グランプリ受賞の十一篇〜『星に届ける物語 日経「星新一賞」受賞作品集』

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2025年03月04日 11:40  BOOK STAND

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『星に届ける物語:日経「星新一賞」受賞作品集 (新潮文庫 ほ 4-81)』藤崎 慎吾
 星新一賞は、現代日本SFのパイオニアにして、現在に至るまで広範な読者に読みつがれている作家、星新一の名を冠した年次の公募新人賞だ。「理系文学」をコンセプトにして、一般部門とジュニア部門が設けられている(途中、学生部門が設けられたこともあるが、現在は一般部門と統合)。一般部門の規定文字数は一万字以内で、これは星新一の代表作のひとつ「午後の恐竜」くらいのボリュームだ。
 本書は、その星新一賞受賞作のうち、一般部門の最高位であるグランプリ作品を一堂に集めたアンソロジーである。第一回から第十一回までの十一作品を収録。収録作品を順番に紹介していこう。
 第一回グランプリの藤崎慎吾「「恐怖の谷」から「恍惚の峰」へ 〜 その政策的応用」は、人工知能進化の顛末を学術論文形式で綴られた異色作。論文なので横書きで、図版も入り、注釈も多く施されている。たんに見た目が珍しいだけでなく、人間と人工物を隔てる心理的・認識的差異というテーマに、斬新な切り口でアプローチする。この作品が書かれたのは十年以上前だが、生成AIが世界的に取り沙汰される現在に読むと、いっそうその着眼の鋭さが際立つ。
 第二回、相川啓太「次の満月の夜には」は、地球環境をテーマにした作品だ。遺伝的改良を加えた珊瑚によって二酸化炭素を固定することに成功。地球温暖化を食いとめ、環境的にもビジネス的にも、いったんは良い方向へと向かう。しかし、思わぬ陥穽が待っていた。生物学的・生態学的アイデアがじつにキメ細かく、これぞ理系文学と言える密度で展開される。ちなみに、作者の相川啓太は第一回の星新一賞で準グランプリを受賞しており、二度目でみごとグランプリを射止めた。
 第三回、佐藤実「ローンチ・フリー」は、軌道エレベーターを人力で登攀する主人公の姿を描く。彼はかつて宇宙飛行士を夢見ていたのだが、軌道エレベーターの実現によって宇宙飛行士は熟達を必要としない、たんなる労働と化してしまった。その代替として、宇宙への人力登攀という困難な挑戦を選んだのである。計画や装備、登攀実行のディテールが淡々と描かれ、最終段階のトラブルでクライマックスを迎える。
 第四回、之人冗悟「OV元年」は、人間の脳と身体外部とを結びつける装置オムニバイザーの発展と、それが人間の文化・社会にもたらした変貌の物語。もともとは視聴覚障害者のための補助デバイスだったが、段階的に機能が追加され、一般にも広く普及しはじめる。それはインターネットが世の中を変えた以上のインパクトだった。しかし、その陰で......。オムニバイザー利用者のさまざまな声を並べ、事態の進展を示す叙述形式が、効果的に用いられている。
 第五回、八島游舷「Final Anchors」では、まさに衝突しようとしている二台のクルマ(正確に言えば高度な車載AI)のあいだの交信が現在進行形で記録される。衝突回避処置をとることは可能だが、どちらかの運転者は犠牲にしなければならない。双方のAIはコンマ何秒のあいだに膨大なやりとりをし、互いの責任の所在、運転者の背景、法的な扱いが議論される。この議論の様子は、風変わりな法廷サスペンスとでもいうべき味わいがあって面白い。
 第六回、梅津高重「SING×(シンクロ)レインボー」は、新種の雑草繁茂による崩壊後の世界が舞台だ。散らばった共同体がどうにか連絡を取りあおうとしているが、通信に利用できるのは、かろうじて機能しているクラウド網に残った音楽ゲームだけ。送る情報量に制限があり、それを確保するため、やりたくもない音楽ゲームを当番制でこなしている状況が、ユーモラスでもあり哀しくもある。
 第七回、白川小六「森で」は、食糧問題解決を目ざして開発された人体の緑化技術の顛末を描く。語り手は内戦がつづく国の孤児で、緑化技術を発明したベルギーの科学者に引き取られ、被験者となった。語り手たち第一世代は部分的にしか光合成ができなかったが、やがて技術が改良され、ほぼすべてを光合成でまかえる人体緑化が実現する。食糧問題は解決したが、そこからまた新しい社会問題が生まれてしまう。共感できる登場人物たちの行動を通して、切実な社会的テーマを扱った作品。
 第八回、村上岳「繭子」は、星新一賞グランプリのなかで、いちばんの異色作と言ってよかろう。視点人物は高校三年生のアキ。彼女には高校入学以来、気になっている同級生、繭子がいた。アキの繭子に向ける感情は憧憬のようでもあるが、むしろ言葉であらわせない感情といったほうがいい。学校で繭子を見かけているにもかかわらず、繭子が実在しているか確信が持てない----それほどの違和感である。アキは物理が好きで、物理の論理で繭子の存在性に思いを巡らせていく。その部分はまぎれもなく理系文学なのだが、どこか幻想文学的でもあり、また繊細さにおいて青春小説の味わいもある。
 第九回、関元聡「リンネウス」は、地球の遺伝子資源を調査するために送りだされた分子レベルのナノマシンの物語。ナノマシンは食物連鎖に乗って、宿主を変えながら環境を循環する。そのありさまが、ナノマシンの仮想的自我によって描写されるのだ。膨大なタイムスケールによって地球生命のクロニクルが描かれ、宇宙的俯瞰とでも言うべきカタルシスが横溢する結末を迎える。
 第十回は、第九回につづいて関元聡がグランプリを受賞した。星新一は応募者名を伏せて審査されるので、過去の受賞歴・応募歴が考慮されることはなく、純粋に作品に対する評価である。第十回の受賞作「楕円軌道の精霊たち」は、軌道エレベーターの発射基地になっているプアプア島を、その島の出身者である主人公が訪れる。この島はかつては楽園のような環境だったが、温暖化の影響で海に沈むはめになり、住民は離散。島のすべては買い取られて、その場所に軌道エレベーターがつくられたのだ。主人公は複雑な心境で軌道エレベーターに乗り、島で暮らした日々を回想する。失われたプアプア島のアニミズム的な習俗や島民たちの記憶が、現在の主人公の行動と交差しながら綴られ、鮮やかな結末に向かって上昇していく。
 第十一回、柚木理佐「冬の果実」は、ゆるやかに死へ向かう低体温症に罹った語り手と、その治療法を模索する博士との、穏やかなふれあいを描く。彼らが生きているのは地球に氷河期が到来しつつある時代で、物語全体が静謐な雰囲気に包まれている。星新一賞グランプリのなかでも、とくに詩情を湛えた一篇。
 こうして通して読んでみると、ひとくちに理系文学と言っても、いわゆるハードSFに限らず、かなりバラエティに富んでいることがわかる。ちなみに、先日、第十二回の受賞結果が発表されたばかりである。詳細は公式サイトを参照のこと(https://hoshiaward.nikkei.co.jp/)。
 ちなみに、この『星に届ける物語』の背表紙番号は「ほ−4−71」。書店の棚では、新潮文庫の星新一コーナーのいちばん最後に並ぶことになる。探すときの目安にしていただきたい。
(牧眞司)


『星に届ける物語:日経「星新一賞」受賞作品集 (新潮文庫 ほ 4-81)』
著者:藤崎 慎吾,相川 啓太,佐藤 実,之人 冗悟,八島 游舷
出版社:新潮社
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