角野隼斗、“不確かなまま”世界と渡り合う気概 ショパンコンクール〜武道館のその後

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2025年03月07日 08:00  ORICON NEWS

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角野隼斗 (C)ORICON NewS inc.
 今や世界的な評価と人気を博すピアニスト・角野隼斗(29)のあゆみを描いた『角野隼斗ドキュメンタリーフィルム 不確かな軌跡』が、全国の劇場で公開されている。ピアノに早熟な才を示した少年時代を経て、東京大学理科一類に進学、その後「Cateen かてぃん」名義でYouTube界を席巻し、2021年に出場したショパンコンクールは初エントリーにしてセミファイナルまで進出。その後も英ロイヤル・アルバート・ホール、日本武道館などメモリアルなステージを次々成功させ、今年11月には米カーネギー・ホールのリサイタルデビューも控え、破竹の勢いだ。世界のクラシックファンを魅了する角野の音楽観に迫るべく、映画公開直前のタイミングでインタビューした。

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●ショパンコンクールで魂が鍛えられた

――まずは、11月のカーネギー・ホールデビュー決定、おめでとうございます!

ありがとうございます。しかも1シーズンに2回…(11月ソロリサイタルと、26年3月にフィラデルフィア管と共演予定)。頑張ります!

――今回の映画に関して、改めて自分の軌跡を客観的に見てどんなことを感じましたか?

撮ってもらえるのはありがたいと思いつつも、映画として本当に成立するのか、本当に見応えあるものになるのか、最初は不安だったんですけど、自分で見ても面白いものになっていると思いました。例えば武道館の直前の舞台裏などは今見返しても全然ドキドキするし、ショパンコンクールもそうですよね。そういう時ってもう必死だから、客観的に自分がどうやっているかは全然わからないですし、後から見返すってこともなかなかないですから。

――映像では、世界の舞台でも淡々とご自身の表現・演奏を突き詰めている印象でしたが、やはり武道館など大舞台に向かう前は気持ち的に追い詰められたり、感情の起伏があったりするものなのでしょうか?

もちろんあります。どんなステージでも緊張するし、やはりステージに上る前は押し潰されそうになる瞬間があるけれど、ステージに立っていくらか(時間が)経てば音楽に入り込めるという感じですね。

――おそらくドキュメンタリーの撮影中も、数多のステージを経験して心が強く成長していった面があるのかなと思いました。自分の中でどうやってメンタル、魂を鍛えていったのですか?

魂の鍛え方ですか…。やはりショパンコンクールでだいぶ鍛えられた感覚はありますよね。あれ以上に緊張することはないだろうっていう気持ちが、自分の中でセーフティネットのように働いているかも。どんなに緊張しても、「あの時ほどじゃない、大丈夫」って。

――あと、恩師のジャン=マルク・ルイサダ氏とのレッスンシーンも印象的でした。彼の威勢の良い日本語に試写会場で笑いも起きていて…

ルイサダ先生は変な日本語ばかり知ってるんですよ(笑)。多分よく日本に来るからだと思うんですけど、『アホー』『醜い!』とかよく言いますよね。

(ルイサダ先生の第一印象は)「スーパーピアノレッスン」というのがあって、マスタークラスの映像と楽譜がセットになったDVDなんですけど、それを子どものときに観てルイサダ先生を知ったんです。ただ…、カメラの前だとめちゃくちゃ上品なんです。フランス人のパーソナリティ的に自分を美しく見せる意識があるのかと思うのですが、根は面白い人。(映画では)多分リモートレッスンの時だから撮られている感覚がなくてああなった(素が出た)んじゃないかな。

――とはいえ、レッスンの内容は本質的なものでしたね。“音楽人”としての彼からの教えで印象に残っていることは?

彼、映画がすごく好きで、家に行くと特に古い映画をたくさん持っているんですよね。たまにお薦めしてくれるんです。ショパンのバラード2番のレッスンを受けていた時に、(楽譜の)最初の2ページ、すごく穏やかなんですけど、先生からは「色々なことをやりすぎだ。小津安二郎の『東京物語』を観なさい。それを見れば、いかにシンプルなことが大切かわかるはずだ」と。カメラワークはとてもシンプルで動かさず、だからこそ登場人物の心の機微がそこから現れてくる。僕も実際に観て、なるほどと思ったりして。そういう学びがあるし、とにかく音楽があふれ出てくる方なので、先生からあふれ出てくるものを頑張ってキャッチする感じのレッスンだなと思っています。

●「自分が進む道の先が繋がっているのかは、わからない」

――映画のクライマックスは、なんといっても武道館でのボレロが圧巻でした。武道館公演が決まったとき、自分がどんなステージをやりたいか、すぐにイメージできた感じでしたか?

全部を決めきるまでには結構、時間を要しましたね。まず、アコースティックではできないのが確定しているからPA(音響機材)を入れる。でも、普段クラシックコンサートに来てる人も満足できる音で届けたかったから、そこはこだわらなければならなかった。一方、武道館という場所でやる意味として、クラシックコンサートホールではやれないことができる側面もあるので、その特別さ持たせたかったし、その塩梅をどうするかっていうところですよね。

ボレロに関しては、自分のソロツアーでもその半年前くらいから既にやっていたので、逆にそれと同じことはしたくないなっていう思いがありました。それで、曲間に1分くらい自由なカデンツァ(即興)を入れたり、シンセサイザーを使うアイデアだったり、内部奏法を取り入れたりしました。あと、曲の最後で転調した時(舞台が)回転するとか、あんなことは普段のコンサートではできないですから。なので、結果的に武道館でしかできないことがやれたんじゃないかと思います。

――大きな目標だった武道館公演が終わり、ロイヤル・アルバート・ホールも経験され、今後カーネギー・ホールも控えます。クラシック演奏家の方が目標とするステージを早々に制覇して、そこへの憧れが“過去”になっていくなか、その次に自分はこれをやりたいみたいな構想ってすでにお持ちなのでしょうか?

おっしゃるとおり、憧れの場所で演奏したいみたいという目標は、おそらく2025年で1周する。クラシック音楽だけで考えたら、それが1回だけじゃなくて継続させなければいけないというのはもちろんありつつ、今後は(音楽の)バリエーションを増やしていくようなイメージですかね。

例えば、ピアノとオーケストラの作品を書きたいですし、ある程度キャリアを積んだらクラシックコンサートで思いっきりジャズの方向に寄せたコンサートをやってみるのも面白いだろうな。逆にクラシックでバッハだけとか、そういうバリエーションをつけられるようになっていたらいいなと思います。

――過去のインタビューで「クラシックという再現芸術を21世紀でやることに絶望していた。なぜみんな絶望せずにできるんだろうと思っていた」と話されていたのがすごく印象に残っています。でも今、絶望どころかすごく創造力に満ちているように見えるのですが、かつての“絶望”をここまでプラスに転換できた理由は?

転換というか、その問いについては今もずっと思っています。(クラシック音楽は)歴史の長い分野ですし、レコードというものが現れてからも歴史が長いですから。時代は大きく変わっているはずだけど、やっていることはほとんど変わっていないし、すでにやられていること。生演奏に価値がある点は変わらないですけど、例えばレコードを作ることに関して、何が自分たちの世代で新たにできるかという問いは、大変、大変に難しい話だと思うんです。それは世界的に見てもそう。

なので、新しいレパートリーを発掘するか自分の作品を書くか、自分で編曲をするかだと思うし、僕はそういう部分に力を入れていきたい。それが、自分が今この時代にクラシック音楽のためにできることだと考えています。

――角野さんの哲学として、いかに自由に、多面的に創作力を展開していけるかがすごく重要なテーマなのかと思います。そういう風に活動する上でのロールモデルっていたりするのでしょうか?

いないから困ってるんですよ…。(映画タイトルの)「不確かな」っていうのにも込められているんですけど、自分が進んでいる道の先が繋がっているのかどうなのか、わからない。究極的にはやっぱり自分の道がないといけないと思うけど、それが何かはまだわからないですね。

――最後に、映画のなかで語られていた「自分が提供できる唯一の価値」とは何なのかをあえて言語化するなら?

(しばらく悩んで)クラシック音楽の新しい楽しみ方、というのは一つ目指すところではあります。今の時代や、新しい時代における楽しみ方。それは古いものを否定するという意味ではなく、いかにこの時代に沿った形で提示できるかというのが、“唯一”になり得ると考えています。


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