
NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。3月9日に放送された第10回「『青楼美人』の見る夢は」では、蔦重の幼なじみでひそかに思いを通わせた“伝説の花魁”瀬川(元・花の井)が、鳥山検校(市原隼人)に身請けされ、吉原を去った。瀬川を演じるのは、これが大河ドラマ初出演となる小芝風花。放送開始以来、見事な演技で視聴者を魅了してきた小芝が、その舞台裏を語ってくれた。
−第10回、鳥山検校に身請けされた瀬川は吉原を去ることになり、華やかな花嫁衣装での花魁道中が行われました。どんなお気持ちで演じましたか。
普通なら、身請けされて大門を堂々と出ていくことは、花魁にとって数少ない希望のはずです。でも今回の瀬川の場合、お勤めが不要になる開放感と同時に、出たら二度と蔦重に会えなくなるという複雑な思いを抱えたお別れの道中でもあるので、すごく苦しかったです。だから、最後にすれ違うとき、蔦重の目を見ることができませんでした。見たら、出て行けなくなりそうで。
−第10回では、蔦重が吉原を去る瀬川に錦絵本を贈る一幕もありました。
“瀬川”として錦絵が載るのは、あれが最初で最後だったんです。しかも、描かれていたのは、彼女が本を読んでいる姿。花魁は、豪華絢爛に着飾ったイメージがありますが、それ以外の日常では、おしゃべりしていたり、瀬川の場合は本を読んでいたりすることもあります。そういうなにげない日常は、お客さんは絶対に見ることのできない、蔦重だからこそ描けた姿。しかも、つらいことや苦しいことの多い吉原で、瀬川にとっては本だけが唯一、大門を出て、自由に世界を膨らませることのできるツールでした。そういう姿を蔦重が絵にしてくれたことが、すごくうれしかったです。
−これまで演じてきた中で、小芝さんにとって印象的なシーンを教えてください。
たくさんありますが、中でも第9回、身請けが決まったことを知った蔦重に引き止められるシーンは、特に印象に残っています。いつもオフに蔦重と話をするときは、砕けた話し方になるんですけど、あの場面では最初、「鳥山さまはすてきな方でござんすよ」と、花魁言葉なんです。つまり、瀬川は本心を隠している。でも、蔦重が「この世のヒルみたいな連中だぞ」と鳥山さまの悪口を言った瞬間、「あんただって、わっちに吸い付くヒルじゃないか!」と、いつもの調子に戻って言い返す。それまで自分のつらさや苦しさを、蔦重には見せてこなかった瀬川が、その思いを初めて打ち明ける場面なので、大事に演じたいと思っていました。

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−瀬川の切ない気持ちが伝わってきて、胸打たれるシーンでした。
しかもその直後、「俺がお前を幸せにしてぇの!」と、思ってもいなかった言葉が蔦重の口から飛び出して。その驚きとうれしさはありながらも、甘い雰囲気にならないところが、この2人らしいなと。だから、「心変わりしないだろうね!」と問い詰めるときに蔦重の胸ぐらをつかんだんですけど、それは台本に書かれていたわけではなく、私の方から監督に「胸ぐらをつかんでもいいですか?」とご相談させていただきました。お互いの想いが通じ合っても、すぐにそういう感じにならず、男同士のけんかのようにぶつかり合うのも、幼なじみらしくていいかなと思って。そんなふうに監督と話し合い、アイデアを出し合いながら丁寧に作ったシーンだったので、とても印象に残っています。
−大河ドラマ初出演にもかかわらず、見事な花魁ぶりですが、役作りはどのようにされたのでしょうか。
今回は、高下駄で歩いたり、キセルを吸ったり、他にも毛筆や舞など、習得しなければいけない技術がすごく多かったんです。しかもそれは、花魁にとっては日常的なことなので、息をするようにナチュラルにできなければいけません。だから、まずはそういった所作から花魁らしさがにじみ出るように、体が覚えるまで自宅で繰り返し練習しました。
−その役作りの過程で、大河ドラマならではと感じたことはありますか。
最初に顔合わせをしたとき、それぞれの技術をご指導いただく先生方やインティマシー・コーディネーターの方をご紹介いただきました。そういう手厚いサポートは、大河ドラマならではです。先生方のご指導の下、所作だけでなく、例えばオフの時のお着物の着崩し方なども、花魁らしいけだるさを感じさせつつ、きれいに見えるように、話し合いながら作っていきました。撮影のときも、現場に入るとまず、先生方の居場所を確認し、リハーサルの後、不明な点があれば逐一、確認するように心がけました。
−そういったさまざまな技術を習得した上で、お芝居の面で心掛けたことはありますか。
台本には、強がっているけど、実はすごく苦しい…といった瀬川の複雑な感情が、痛いくらい伝わるように書かれているんです。それを余すことなく視聴者の方にお届けできるように、ちょっとした目の動きなどにも気を配りながら演じていました。実際の花魁は10代から20代前半くらいなので、年齢的に自分が花魁を演じられるのは、これが最初で最後のつもりで、すべてを出し切りたいと思って研究しました。以前の“花の井”のときと“瀬川”を襲名した後では、花魁道中の歩き方や声の出し方にも変化をつけています。

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−というと?
花魁道中で行う“外八文字”の歩き方は、花の井のときは上半身を動かさず、足だけで八の字を描いていましたが、瀬川の道中は貫禄やすごみを増すために、上半身も少しひねるようにしました。歩いているときの表情も、花の井のときは「こう微笑んだら見ているお客さんが落ちるな」と周りを意識していましたが、瀬川を襲名した後は、簡単には手を出せない風格と“瀬川”の名を背負う覚悟が見えるように変えています。声の出し方も、瀬川のときは、格が上がった感じを出すために、さらに気高く聞こえるように心がけました。気高くあればあるほど、華やかであればあるほど、実際の勤めとの落差や残酷さが際立ってくると思うので。
−瀬川にとって大切な存在である蔦重役の横浜流星さんの印象を教えてください。
流星くんは、その場の空気感やその場で起こっていることなど、そのとき感じたことを、大事にされる印象です。だから、監督のリクエストにも柔軟に応えることができるのかなと。私も流星くんとは、シーンごとに2人の感情を確認しながらお芝居をすることが多いです。例えば、第9回で“足抜け”を試みようとしたときも、「2人とも幼い頃から吉原にいるから、本当に成功するとは思っていないけど、それでも夢見てしまう感情ですよね」という話を流星くんがしてくれましたし。そんなふうに、監督を交えてシーンごとに細かくお互いの感情を確認しながら演じています。
−放送開始以来、「今までの小芝さんとは別人のよう」「いい意味でギャップがある」といった視聴者の好意的な反響が多く見られますが、どのように受け止めていますか。
すごくうれしいです。今までは、「元気で明るくて真っすぐないい子」といった役が多く、色気や大人っぽさ、みたいなものに自分でも苦手意識があり、課題だったんです。大河ドラマでそういう大きな課題にチャレンジさせていただけることにプレッシャーと不安を感じつつも、少しでもご期待に応えられるようにと、頑張って演じました。だから、皆さんが本当に細かいところまで、瀬川の感情をくみ取ってくださる様子を拝見し、「こだわってよかった」、「伝わってうれしい」という気持ちでいっぱいです。
(取材・文/井上健一)
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