【MLB】大谷翔平とマイケル・ジョーダンに共通する「完璧なイメージ」 ジョーダンの例に見るその葛藤と今後の大谷へ期待することーー

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2025年03月16日 07:20  webスポルティーバ

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大谷翔平とマイケル・ジョーダン 後編

現在のMLBにおける大谷翔平の活躍は、1990年代にNBAを世界的リーグへとの押し上げたマイケル・ジョーダンと重なって見える−−。

野球とバスケットボールという異なる競技ゆえ、違いもあるが、競技に対するメンタリティや周囲に与えた影響は共通点が多い。ただ、かつてのジョーダンはその存在が偶像化されるなか、実際の自分自身との乖離に苦しい思いをしてきたことも事実。

ジョーダンが抱えてきた苦悩、そして大谷がアメリカ社会の中で果たしている役割とは−−。

【完璧なヒーローであることに疲れたジョーダン】

 1990年代のマイケル・ジョーダンと現在の大谷翔平を比べると、その世界的な人気やアメリカでの知名度には明らかな差がある。それはバスケットボールと野球という競技そのものの人気の違いでもあり、さらに、試合の重要な場面でスター選手がボールを支配できるスポーツと、分業制が基本のスポーツという構造の違いによるものだろう。

 それでも筆者が1992年のジョーダンと2025年の大谷に共通点を感じるのは、スポーツヒーローとしての「完璧なイメージ」だ。ふたりともその競技に革命をもたらし、前人未到の記録を打ち立て、さらにルックスもよく、高い好感度を誇る。そうした魅力に惹かれ、多くの企業が競うようにスポンサーに名乗りを上げる。

 結果として、ふたりはクリーンで傷ひとつない完璧な存在として偶像化されていく。しかし、現実にはそんな完璧な人間はほとんどいない。ジョーダンは2度の3連覇を達成しているが、その間に一度バスケットボールから退き、野球に挑戦した。その背景にはさまざまな理由があったが、そのひとつに「完璧なヒーローであることに疲れた」という思いがあった。

 2020年に制作されたドキュメンタリー『ラストダンス』のなかで、ジョーダンは当時の苦悩を振り返っている。

「俺の評判は、最初はよかった。いつもよい話題で聞くのもうれしかった。でも、それは偶像化された姿だった。次第に批判が聞こえてくる。だから世間にあまり知られないよう、人前に出なくなった。

 ロールモデル(人々が模範とするような人物や、目指すべき理想的な人物)になろうとするのは、勝ち目のない戦いに挑むようなものだ。人それぞれが勝手に理想像を描き、それを押しつけてくる。手本になれるよう振る舞ってきたが、全員を満足させることなど不可能なんだ」

【ジョーダンの1度目の引退の背景にあった偶像とのギャップ】

 ジョーダンが初めて批判を浴びたのは、1990年のノースカロライナ州上院議員選挙の時だった。黒人の民主党候補者に対し支持表明せず、「共和党員もスニーカーを買う」とチームメイトにこぼした。この言葉が公になると、自分の金儲けが大事で、ボクシングのモハメド・アリのような政治的信念がないと批判された。

 アリが世界的に尊敬されたのは、自らの利益を犠牲にしてでも信念を貫いたからだ。1960年代、公民権運動やベトナム戦争の最中、アリは社会問題と正面から向き合い、戦った。これに対し、ジョーダンはこう釈明している。

「アリのことは尊敬する。でも、自分は活動家には向かない。自己中心的かもしれないが、ただのバスケットボール選手だ。自分の仕事に集中したい」

 続いてシカゴ在住のバスケットボール記者サム・スミスが著書『ジョーダン・ルール』で聖人君子とはほど遠いジョーダンの姿を暴露した。

 チームメイトに「あの選手にはパスを出すな」と指示したり、怒鳴り散らしたり、さらには殴ったこともあったという。そのリアルな内幕は大きな話題となり、偶像化されたジョーダンのイメージとのギャップが読者の興味を引いた。

 また、彼のギャンブル癖も大きな批判を浴びた。1993年のプレーオフ、イースタン・カンファレンス決勝でブルズはニューヨーク・ニックスに2連敗。しかし第2戦の前夜、ジョーダンはアトランティックシティのカジノで深夜まで遊んでいたことが発覚し、メディアは猛批判を展開した。また、1991年の優勝後にホワイトハウスへ招待された際、チームが訪問するなか、ジョーダンだけが姿を見せなかった。その理由は、曰く付きの人物と賭けゴルフに興じていたからだ。その相手はのちにドラッグと資金洗浄の罪で起訴されるが、ジョーダンも5万7000ドル(約855万円)の小切手を渡していたことが判明。 当初は「金を貸しただけ」と弁明したが、のちに法廷でギャンブルの負債の返済だったと認めることになった。

 さらにジョーダンの遊び仲間が『マイケルと私』という本を出版し、ジョーダンがゴルフ賭博で総額120万ドル(約3億円)の借金を抱えていたことまで暴露される。批判が過熱するなか、ジョーダンは「自分はギャンブル依存症ではない。ただ、負けず嫌いなだけだ」と反論した。

 それでもメディアの追及が止まらない事態に対し、ジョーダンの親しい友人であり元ロサンゼルス・レイカーズのスター、マジック・ジョンソンはメディアに警告した。

「彼をNBAから追い出したいのか? このままだと、嫌気がさして辞めてしまうぞ」

 そして、他にも理由があったとはいえ、実際にそうなった。

【存在が大きくなり続ける大谷の胸中は?】

 現在の大谷には、いっさいネガティブな話がない。水原一平・元通訳のスキャンダルがあったが、素早い対応で自身の身の潔白を証明し、フィールドで結果を出し続けている。それはすばらしいことだが、スポーツヒーローとして完璧なイメージが日々強化され、膨れ上がっていくなかで、彼自身はどう感じているのだろうか。

 ジョーダンは、当時の生活を振り返り、「プライバシーがなかった」と語っている。世界中の人々が彼に会いたがり、ホテルの部屋を一歩出れば、分刻みのスケジュールのなかで常に人目を意識しなければならなかった。試合では常に最高の結果を求められ、試合後はメディア対応、その後は取り巻きの人々が押し寄せる。ジョーダンは「閉じ込められているのも同然で、抜け出したいと思った」と語っている。

 彼が世界的スターとなった1990年代は、テレビや新聞が報道の中心だった。しかし2020年代はSNSの時代だ。今やアスリートの発言や行動は、24時間どこにいても監視され、即座に世界中に拡散される。 現代のスターにはさらに慎重な振る舞いが求められる。

 大谷は今のところ、メディア対応を賢明にこなし、余計な発言を避けている。また社会的な発言を求められる場面もほとんどない。 しかし今後さらなる活躍を遂げ、スター性がより高まれば、アメリカ社会における成功したアジア系アスリートの代表として、より発言や行動を求められる日が来るかもしれない。

 そんななか、よかったと思うのは、ロサンゼルスで発生した山火事で甚大な被害があった住宅街の消防署を1月30日に訪問したことだ。ドジャースのチームメイトとともに背番号17のユニフォーム姿で現れ、消防隊員に感謝を伝え、写真撮影やサインに応じた。そして自身のインスタグラムを更新。英語で「私たちのヒーローに感謝」とつづった。

 出迎えた消防隊長トミー・キタハタさんは勤続36年のベテランで、そうしたドジャースの選手たちの激励に対して感謝の意を表した。

「消防士たちはすでに24日間ここにいて、多くの者がまだ家に帰れていない。特に最初の1週間は、誰もまともに寝られず、全員が総動員された。そんな中、ドジャースの選手たちが訪れてくれたことは、本当にありがたい」

 とりわけ大谷については「個人的にもとても感慨深い。私は日系3世でドジャースファンですし、息子は翔平の大ファンで、自分が翔平に似ていると思いたがっている」と笑った。大谷は英語で雄弁にとはいかないが、それでも発する言葉に力がある。「短い言葉でも、私たちにとっては非常に大きな意味があった。プロのスポーツ選手たちは、地域社会のために貢献し人々に勇気を与える。私たち消防士も同じで地域に根ざし人々に尽くす。そんな話を彼としました」と言う。

 アメリカ球界関係者から、ジョーダンのような役割を期待される大谷。存在がますます大きくなるなかで、アメリカ社会における社会的役割にどう向き合っていくのか、大谷の目に映る未来には、どんな景色が広がっているのだろうか。

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