写真/産経新聞社 “生ける伝説”大谷翔平を生で観戦できる数少ないチャンスとあって、大きな注目を集めるMLB・ドジャースの開幕戦。その水面下では、苛烈なチケット転売戦が勃発していた。
◆夫婦で45万円の支払いも「高い買い物とは思わない」
プラチナチケットを手に入れることができたのは、一握りの幸運の持ち主だった。MLB東京シリーズのドジャース対カブス開幕戦チケットの争奪戦である。
2月16日に行われた一般販売では、数十万人が販売サイトに殺到。しかし、多くは申し込みページにすら辿り着けぬまま、販売終了となった。
とはいえ、幸運に恵まれずともカネさえあればチケットを入手する方法は存在する。
「チケット転売サイトです。営利目的の転売は法律で禁じられていますが、現実に複数のサイトで堂々とドジャース戦のチケットが売られています。出品者の多くは転売目当てに申し込んだ“プロ”で、実質、野放し状態です」(スポーツ紙記者)
都内在住の会社員、武内昭夫さん(仮名・46歳)は転売サイトを通じて開幕戦のチケットを入手した一人。自身と妻の分の2枚で45万円もの大枚をはたくことになった。
「妻も私も大谷選手の大ファンで、どうしても生で観たくて。定価は1万6000円ですから、10倍以上の高値でした。もうアメリカまで観に行ったと思ってガマンするしかないのかなと……」
◆転売における日米の文化差はある
需給が合うからこそ、この金額で折り合ったわけだが、それにしてもすさまじい高騰ぶり。もっとも良席とされるバックネット裏にいたっては、定価6万円のチケットがなんと200万円で取引されている事例もあった。
高額な転売価格も「必要経費」と割り切って購入する人がいる一方、SNS上では定価での購入チャンスを奪われた人々からの「転売ヤー死ね!」という怨嗟の声が渦巻いている。
2月26日、MLB東京シリーズの公式ページには、「チケットの不正転売は、野球ファンの皆さまが公平、公正に試合を観戦する機会を奪うもの」「不正転売が確認されたチケットについては無効」といった文章が掲載された。
こうした転売騒動について、ロス在住のスポーツジャーナリスト、青池奈津子氏はこう語る。
「アメリカでもスポーツ観戦チケットの転売システムは存在し、利用するファンも少なくありません。時折、転売サイトのほうが安く買えることもあり、試合直前の値下げを狙う人もいるほど。4月2日に大谷のボブルヘッド人形が配られるブレーブス戦の公式サイトの最安チケットは136ドルですが、米転売サイト『StubHub』では110ドルで出ていました。日本と比べると転売ヤーが牛耳って市場を動かしている印象は薄く、仮に高額で出ていたとしても『金持ちが買うのは個人の自由』という概念が強く、あまり問題視されない印象です」
◆転売ヤーに狙われる構造には疑問もあるが…
一方で「今回のMLB東京シリーズのチケット販売は転売ヤーが群がりやすい仕組みになっていた」と指摘するのは、転売事情に詳しいフリーライターの奥窪優木氏だ。
「一般販売に先行して複数回の抽選販売が行われていましたが、抽選販売は往々にして転売ヤーに利する結果になりやすい。彼らはアカウントを大量に保有しており、多重申し込みを行うので。結果として転売ヤーに流れるチケットの割合が大きくなってしまう」
さらに一般販売では、ニワカ転売ヤーの参入も相次いだ。
「転売サイトの存在から『運良くチケットが手に入れば数十万円の利益になる』とわかってしまった。いわばタダで買える宝くじのようなもの。最安で7000円からというのは超良心的価格ですが、荒れますよね。販売方法は果たして適正だったのか、検証する必要があるのでは」(奥窪氏)
大谷チケットに限らず、ファンの情熱を食い物にする転売ヤーだが、憎悪だけで彼らを駆逐できないことも確かだ。
アメリカのように許容するべきか徹底排除するべきなのか。社会全体での議論が必要だ。
◆運営サイドが転売ヤーを放置する理由とは?
「転売ヤーは、商品の販売価格が各々の支払意思額よりも低いときに発生し、前者で買って後者で売ることで利鞘を得ようと行動する。“大谷チケット”の転売行為が相次いでいるのは、価格が支払意思額よりもずいぶん低いということです」
そう話すのは、経済学者の依田高典氏だ。依田氏によれば、単純な方法で転売ヤーの駆逐は可能だという。
「MLBのダイナミック・プライシングは、販売価格を支払意思額に近づけるもの。また、オークションや最初は値段を高めに設定し、日を追うごとに値段を下げていくリバース・オークション形式での販売も同様の効果がある。いずれも理論的には転売ヤーが取引から排除されます」
しかし、そこには注意点もある。
「支払意思額通りの販売は結局、転売ヤーから買う際の価格と同額になります。ただ、利益が転売ヤーの懐に入らず興行主や選手に届くことになるので、価値の帰着先としては健全とも言えますが」
◆ダイナミック・プライシングにも大きな弱点はある
ではなぜ、興行側はあえて支払意思額よりも安い定価で販売するのか?
「支払意思額より安い定価で販売する場合、もっと多く支払ってもいいから転売ヤーから買おうとする、支払意思額が高めの消費者が出てくる。一方、はじめから各々の支払意思額で売られる場合、すべての消費者が最大支払意思額を財布から手放すことになる。すると、消費者に残る最終的な満足度はゼロとなり、すべての取引金額が興行側の利益となるので、分配面では問題がある。興行側はそうした“全取り”への社会的批判を回避するために、転売ヤーを黙認しているとも言えるのです」
大谷チケットの高騰も、こういった両者の思惑が絡んだ結果なのだ。
◆開幕戦チケットの取引相場
•指定席SSSネット裏
正規価格:6万円→転売価格:→200万円
•指定席S2枚連番
正規価格:6万4000円→転売価格:160万円
•指定席S1塁側
正規価格:3万2000円→転売価格:38万円
•指定席B2枚連番
正規価格:3万2000円→転売価格:28万円
•パノラマシート1塁側
正規価格:8000円→転売価格:25万8000円
•指定席C1塁側
正規価格:7000円→転売価格:20万円
【スポーツジャーナリスト・青池奈津子氏】
ロサンゼルスを拠点にMLB現地取材歴18年。元CBCアナウンサーの経歴を生かし、テレビ、新聞、雑誌、数多くの媒体で活躍する
【フリーライター・奥窪優木氏】
1980年愛媛県生まれ。上智大学卒。ニューヨーク市立大学中退。国内外の社会事情を幅広く取材。著書に『転売ヤー 闇の経済学』(新潮社)ほか
【経済学者・依田高典氏】
京都大学大学院経済学研究科教授。専門は人間の経済心理の限定合理性に着目する行動経済学。近著に『データサイエンスの経済学』(岩波書店)
取材・文/週刊SPA!編集部
―[ドジャース開幕戦が[転売天国なワケ]]―