
伊勢孝夫が解説する大谷翔平「54本塁打のメカニズム」(前編)
大谷翔平(ドジャース)は昨シーズン、なぜ54本ものホームランを量産することができたのだろうか。パワーなのか、技術なのか、読みなのか......。かつて名コーチとして多くのスラッガーを育てた伊勢孝夫氏に、昨シーズン大谷が放った54本塁打すべてを見てもらい、分析してもらった。
【ミスショットが激減】
── 昨シーズン、大谷翔平選手が放った54本塁打をあらためて振り返り、感じたことはありましたか。
伊勢 まず54本塁打のチャート表をつくって、それをベースにカウント別、打ったコース、球種、打球方向などを整理したところ、試合中継だけではわからないポイントが見えてきました。大谷という打者の考え方みたいなものが、私なりにわかってきたような気がします。
── たとえば、どんなことでしょう?
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伊勢 まず感じたのは、大谷は"打つべきボールを確実に打っている"ということです。メジャーといえども、ほんとにコントロールのいいピッチャーは少ない。日本の投手に比べると、アバウトに投げる投手が圧倒的に多い。つまり、甘い球が多い。そうした球を大谷はしっかりとミスなくとらえて、スタンドインさせている。54本のうち「うまく打ったな」と言えるのは4本ぐらいでしょうか。残りの50本にしても、その半分くらいがほぼ真ん中付近のボールですから。
── 配球という点ではいかがですか。
伊勢 コントロール同様、緻密さがないというか「ここはその球種じゃないだろう」という配球が多いですね。日本だったら十中八九フォークなどの落ちる系で勝負というカウントで、スライダーを投げてスタンドに運ばれる。そんなシーンがいくつもありました。
あと、一塁が空いている場面で大谷と対戦し、ボール先行のカウントになったら、日本ならまず歩かせます。でもメジャーは、勝負にいって打たれてしまう。勝負するのがメジャーの流儀というのはわかるのですが、ならばもっとケアして投げないといけない。もちろん日本人投手より球威があるから、力で抑えようという考えもわからないわけではありません。そうした傾向を大谷は理解しているのでしょう。とにかく、甘い球に対してミスショットが少ない。
── なぜ大谷選手はミスショットが少ないのでしょうか。
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伊勢 スイングの再現性という部分で、重要になるのが打席に入る際のルーティン。大谷はネクストバッターズサークルから打席に入ると、ベースとの距離や立ち位置をしっかり確認しています。じつは球場によって、ピッチャーの見え方が変わってくることがあります。でも大谷のように、毎回同じルーティンで立ち位置を確認する。そうすることで球場が変わったとしても、同じポイントで打つことができる。彼の安定したミート力と飛距離は、打席に入った時点で決まると言っても過言ではありません。このルーティンこそが、大谷がホームランを量産する秘訣のひとつと言えるのではないでしょうか。
【高めゾーンへの対応力】
── 先ほど、うまく打った本塁打は4本ぐらいとおっしゃっていましたが、具体的にはどのホームランでしょうか。
伊勢 まず、高めのフォーシームをうまく打った打席として挙げたいのが、5月4日のブレーブス戦での8号、5月6日のマーリンズ戦での11号、9月20日のロッキーズ戦の52号の3本です。1本目は145キロのフォーシームをライトスタンドに、2本目は154キロの外角高めのフォーシームをセンターへ、3本目はインハイのフォーシームをセンターへ打ったものでした。
高めの速い球というのは、いい角度で打つのが難しく、下からバットが出てしまうとポップフライになりやすいんです。でも大谷は、きれいにレベルスイングでミートしていました。なかでも印象的だったのは3本目。インハイの球に対して窮屈になることなく、ヘッドを効かせて叩き、センターにスタンドインさせた。昨年なら打ち損じて、凡フライになっていた高さです。
── 高めでもアッパースイングで打ち上げるのではなく、レベルスイングでライナー性の当たりを心がけている?
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伊勢 無理に打球を上げようとしなくても、大谷の場合は強くミートさえすればスタンドまで飛んでいきます。特に昨シーズンは、高めの球をうまく打っている印象がありました。ただ、31号はインローのスライダーをライトポール際に運んだものでした。ふつうならファウルになってしまうコースなのですが、大谷はインサイドアウトの軌道でしっかり捉えたから打球が切れなかった。あれは見事な技術でしたね。
── パワーに隠れがちですが、大谷選手は精緻なスイングを持つ"ホームランマシン"だったということですね。
伊勢 そのとおりです。よくアマチュアの指導者に見受けられるのですが、「ボールの下っ面を叩いてフライを打て」と言ったり、それとは反対に「上からバットを出せとか」と言ったりしますが、それはそれでゴロにしかなりません。その点、大谷は決してバットを振り下ろしてもいません。それで高めの球をきっちり仕留めています。
あと、先ほども少し触れましたが、インサイドを克服したことが大きいと思います。それまではインコースを苦にしているところがあり、特に左投手のアウトローへ逃げるスライダー系のボールを見せられ、そのあとインサイドを攻められて凡打というのが多くありました。それをいかにして克服するかがエンゼルス時代からのテーマだったと思うのですが、昨年のバッティングを見る限り克服したといってもいいでしょう。
── 克服した要因はどこにあるのでしょう。
伊勢 タイミングの取り方です。エンゼルス時代と比べて、すり足というか、ほぼノーステップに近い打ち方に変えましたよね。私は、仲がいいというフレディ・フリーマンから助言をもらったか、あるいは参考にして変えたのかと思っているのですが、ステップ幅を狭めたことでバットの出がよりシャープになりました。
あのびっくりするような上半身の筋肉は、単にスイングスピードをあげるというより、ステップ幅を狭めても力負けしないためにつけた筋肉じゃないかと思っています。言うなれば、バッターとして一番変化したのは、筋肉とタイミングの取り方。それがメジャーで54本塁打という結果に結びついたのではないでしょうか。
つづく
伊勢孝夫(いせ・たかお)/1944年12月18日、兵庫県出身。63年に近鉄に投手として入団し、66年に野手に転向した。現役時代は勝負強い打撃で「伊勢大明神」と呼ばれ、近鉄、ヤクルトで活躍。現役引退後はヤクルトで野村克也監督の下、打撃コーチを務め、92、93、95年と3度の優勝に貢献。その後、近鉄や巨人でもリーグを制覇し優勝請負人の異名をとるなど、半世紀にわたりプロ野球に人生を捧げた伝説の名コーチ。現在はプロ野球解説者として活躍する傍ら、大阪観光大学の特別アドバイザーを務めるなど、指導者としても活躍している