
伊勢孝夫が解説する大谷翔平「54本塁打のメカニズム」(中編)
昨シーズン、ナ・リーグトップとなる54本ものホームランを放った大谷翔平。なぜこれだけ量産できたのかを、名コーチ・伊勢孝夫氏が解説する企画。中編では、打った球種から大谷のバッティングに迫ってみたい。
【メジャーの配球傾向と本塁打の関係】
── 大谷選手が放った54本塁打を球種という観点から解説してください。
伊勢 本塁打の多かった球種順に並べると、次のようになります。スライダー(17本)、フォーシーム(13本)、チェンジアップ、シンカー(5本)、カーブ、スプリット(4本)、カッター(3本)、ナックル(2本)、スローボール1本。ちなみに、スローボールというのは、9月19日のマーリンズ戦で放った51号。ドジャースが大量リードしたため野手がマウンドに上がったもので、厳密にはフォーシームでしょうが、球速は110キロだったのでスローボールにしたものです。
── スライダーとフォーシームが圧倒的に多いですね。
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伊勢 54本のうち30本がこの2つの球種というのは興味深いですね。データを調べる前は、もっとツーシーム系の低めに落ちる球、あるいはスプリットなども打っていたと思っていましたが、意外と少なかったですね。
── フォーシームはともかく、なぜスライダーが多いのでしょう? 結果として、たまたまそうなっただけしょうか。
伊勢 いえ、結果論ではありません。大谷は意図してスライダーを狙っていたと思われます。スライダーという球種は、ほかの変化球に比べて回転数が多いので、当たると飛ぶんです。大谷はそのことを知ったうえで、「同じ飛距離を出すなら」とスライダーに狙いを絞った可能性は高いと思います。
── これだけ多いのは、配球も関係していますか。
伊勢 メジャーはカウントを稼ぐ球として、フォーシームとスライダーが多い傾向にあります。特にスライダーは、カウントを稼ぐのにも勝負球にも使えるボールとして、バッテリーからすれば"一番便利な球種"なんです。
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── 一番多い球種ということもあって、大谷選手は狙いにきている?
伊勢 それは大いに考えられます。打者ってある程度球種が読めると、バットに当てるだけなら相当の確率でできます。当然、フルスイングしてくるわけですから、当たれば飛びますよね。
近年、日本人投手がメジャーで活躍していますが、その大きな要因として挙げられるのは配球で勝負できるからだと思っています。昨年のポストシーズンでダルビッシュ有(パドレス)が大谷を翻弄しましたが、あの時もしっかり配球を組み立てて投げていました。山本由伸(ドジャース)も、シーズン終盤はしっかり配球を考えて投げられるようになっていました。最低限の球速は必要ですが、日本人投手が勝てる大きな理由は、変化球の制球力に長けているからだと思っています。
【フルカウントから圧巻の7本塁打】
── 投手としては的を絞らせないことが大事?
伊勢 使える球種が多ければ多いほど、バッターは的が絞りづらくなります。特にカウントを稼ぐ時に、ストレートやスライダー以外のボールが来れば、打者は戸惑うかもしれないですね。
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── カウント別の傾向はどうでしょうか?
伊勢 これもハッキリとした傾向がありました。とにかく、大谷は早打ち。初球だけで7本もホームランを打っています。"好球必打"といえばそれまでですが、打てるボールと判断したら迷いなくスイングする。そのアグレッシブさが、この数字に表れています。
── 大谷選手とすれば、追い込まれるまでに勝負したい。
伊勢 大谷に限らず、どの打者も追い込まれるまでに勝負したいと思います。ただ大谷は、カウント3−2のフルカウントからも7本塁打放っています。これも特徴的だと思いました。あとビックリしたのが、カウント3−0から6本あったことです。どちらもストライクを取りにいったところを、仕留められたと見ていいでしょう。前編でも触れましたが、大谷の甘い球を仕留める確率は劇的に上がっています。
── 日本ではカウント3−0から打ちにいく打者は多くありません。
伊勢 3−0になっても、ベンチから「待て」のサインは出ないのでしょう。この6本という数字に、日米の野球の違いが顕著に表れています。
── 球種やカウントから、大谷のホームランのポイントがあるとすれば、どんなところでしょうか。
伊勢 球種的には、前述したようにスライダーは"飛ぶ球種"であり、バッテリーとしても"便利な球種"ということから、今シーズンも注目の球種と言えそうです。また早いカウントから打ちにいくのは、追い込まれるまでに勝負したいことと、もうひとつは大谷が"自分のゾーン"を確立していて、そこに来た球はカウント関係なく打ちにいっている。
あと感じるのは、大谷がメジャーのスタイルに適応しているということです。7年もプレーしているのだから当然と言えば当然ですが、それも簡単なことではありません。あらためて彼のすごさを実感しました。
つづく
伊勢孝夫(いせ・たかお)/1944年12月18日、兵庫県出身。63年に近鉄に投手として入団し、66年に野手に転向した。現役時代は勝負強い打撃で「伊勢大明神」と呼ばれ、近鉄、ヤクルトで活躍。現役引退後はヤクルトで野村克也監督の下、打撃コーチを務め、92、93、95年と3度の優勝に貢献。その後、近鉄や巨人でもリーグを制覇し優勝請負人の異名をとるなど、半世紀にわたりプロ野球に人生を捧げた伝説の名コーチ。現在はプロ野球解説者として活躍する傍ら、大阪観光大学の特別アドバイザーを務めるなど、指導者としても活躍している