
スポーツが大好きな30代の女性のAさんは、ボランティアへの興味から、県が主催するスポーツイベントのボランティアに応募しました。開催されたイベントの事前説明会にも参加し、意欲に満ち溢れています。説明会ではイベントの概要やボランティアスタッフのやることなどが順番に説明され、Aさんは分かりやすい説明に感心していました。
【写真】「毎晩求められて…」認知症の夫を介護する83歳女性、涙の訴え
説明会の終わりに、職員から「質問は個別で対応する」という言葉があったものの、Aさんは特に不明点もなく、帰宅しようとします。しかし、ここで60代ぐらいの男性が「質問がある」と挙手しました。困った様子の職員さんが「質問は個別で対応します」と伝えても、「みんなに関係あるから」と譲りません。
男性の話を聞いていると、以前にも参加されたことがあるようで、その時の不満が爆発した様子です。同じ質問を言葉を変えて何度も繰り返し、それに職員が回答をするも男性の質問は止まらず、次第に声を荒らげる場面も見られ、最後には怒鳴り続けるような状況になってしまいました。一旦説明会は終わったものの、その後も男性は職員に詰め寄っていました。
Aさんはこの男性を見て「あんな感じで怒る人にはなりたくないな」と思いながら、会場を出ました。この男性は、なぜ同じ質問を何度も繰り返していたのでしょうか。国立精神・神経医療研究センター病院勤務などを経て、現在は精神科・心療内科クリニックを開院している清水聖童さんに話を聞きました。
|
|
ーこの男性の心理状況はなぜこうなってしまうのでしょうか?
大きく理由は3つあります。1つ目は、過去の不満が蓄積され、今回の場面で感情が爆発したと考えられます。心理学では「カタルシス効果」といい、積もった不満を吐き出すことで、心理的な解放を求める行動です。
2つ目は、承認欲求とコントロール欲求が高まったと考えられます。承認欲求は、自分の意見や経験を認めてもらいたいという欲求です。コントロール欲求は、場の進行を自分の思い通りにしたいという欲求です。年齢が上がると、社会的な役割が減るため、自己効力感が低下する傾向にあります。そこで場を支配することで「自分はまだ影響力を持っている」と示そうとしていると考えられます。
3つ目は、認知の柔軟性が低下している可能性があると考えられます。加齢によって、脳の前頭葉と呼ばれる領域の機能が低下します。これにより、物事を一つの視点でしか捉えられなくなってしまいます。その結果、納得できる答えが得られないと「繰り返し同じ質問をする」「しつこく追及する」といった行動につながります。
ーこういう場合、どのように対処すればいいのでしょうか?
|
|
感情的な対立を避けながら、適切な距離を取り、場を収めることです。相手の「話しを聞いてもらいたい」という欲求を満たさなければなりません。
具体的には、ゆっくり話すことで相手に冷静さを促したり、相手の言葉を要約して返すことで、気持ちを受け止めたりといった方法があります。また、相手の主張の一部を認める、相手に質問をして事実に目を向けさせるといった方法も有効です。
相手の怒りが激しい場合は、一度距離を置きましょう。怒りに我を忘れている場合は、「他の参加者の方もいらっしゃるので、少しお声を落としていただけますか?」など、周囲にどのような影響を与えているか、客観的な事実を伝えると効果的です。
どのような対応をしても、相手が執拗に絡んでくる場合は、物理的・心理的に距離を取りましょう。感情的な対立を避けつつ、毅然とした態度を取ることが重要です。
◆清水聖童(しみず・せいどう)医療法人社団燈心会理事長 国立精神・神経医療研究センター病院や都内精神科・心療内科クリニックなどでの勤務を経て、2020年にライトメンタルクリニックを開業。予防医療を重視し、薬のみに頼るのではなく、心理療法やtDCS(経頭蓋直流電気刺激法)など、一人ひとりに合った治療を提供している。
|
|
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)