鍵をまとめて持ち歩くのに便利なキーリングだけど、鍵を追加したり、外したりするのは少し面倒だ。時には爪を痛めてしまったり、指が痛くなったりすることもある。でも、鍵の着脱が本当に簡単なキーリングが存在した。
キーリングは、鍵が簡単に抜け落ちるようでは使い物にならない。だから外しにくいというのは、機能の実現のためには仕方がないものだし、外しにくいからには、それははめにくいことでもあるのだろう。何となくそういうものだと思って使い続けていた。キーリング自体は、何かと何かをつなぐためのパーツだから、そこにコストはかけにくいという事情も分かる。
とはいえ、キーリングの着脱がストレスだったことも確かだから、いくつかのメーカーが着脱しやすいキーリングを開発販売していた。例えば、Orbitkeyの「Ring v2」(2970円)などは、かなり早くからこの問題に取り組んでいた製品の1つだけれど、その構造上、リングのサイズをあまり小さくできないことと、価格面などで気軽に使うという感じにはならなかった。個人的には好きでも複数組み合わせて使うにもあまり向かず、とっておきのツールという感じだった。
カラビナも、やっぱり大きいのと、小さいものだと意外に抜け落ちやすかったり、強度に問題があったりするし、丈夫なものは、ちょっと大袈裟過ぎて普段遣いには向かない感じだった。アウトドアの製品という感じがする。バッグとかキーホルダーに付けて使うというものではないのだ。
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MAENI(神奈川県綾瀬市)が製造販売する「WAVECLIPS」ブランドの「SMART KEY RING(スマートキーリング)」(4個入りで1980円〜)は、そのあたりの条件をクリアした上に、着脱が本当に簡単で、その上強度が十分という、キーリングの悩みを一気に解決するものだった。以前、この製品を取り上げたテレビ番組で、所ジョージさんは「全てのキーリングはこれにしてほしい」と言ったそうだが、本当にそう思える製品なのだ。
何といっても、装着が簡単。キーをリングのすき間に差し込んで、そのままリングを回すと、いつの間にかキーはリングに入っている。キーだけでなく、チャームでも、チェーンでも簡単にリングに通すことができるのだ。
外す時は、少しリングの端を持ち上げてやると簡単にリングが開くので、すぐに外せる。この閉じた部分を引っ張ると簡単にリングが広がるというのが、この製品の最も便利なところだし、不思議なところでもある。手を放すと、ぴったりとくっつくし、キーはリングに完全に通っているから、抜け落ちることはない。
しかし、便利は分かるのだけど、これが一体何なのかというと、使っていてもよく分からなかったので、その正体を、WAVECLIPSを担当しているMAENIの斉藤出さんに、お話しをうかがった。
●正体はアメリカ生まれのばね
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「このリングの正体は、コイルドウェーブスプリングというアメリカ生まれのばねなんです。うちの会社では、このばねをいち早く取り入れて、最初は輸入販売、そこから自社でも作り初めて、名前を『スクロウェーブスプリング』として製造・販売しています。発明されたのは60年くらい前なので、もう特許は切れているんですが、これは作るのが中々難しくて面倒なんですね。それで、うちのように専門メーカーとして作っているのは世界でも珍しいみたいです」と斉藤さん。
そのコイルドウェーブスプリングは、通常のスプリングのような、針金状の金属棒を曲げるのではなく、平たく細い板状のものを曲げて作るのが特徴。さらに、それがただらせん状に巻かれているのではなく、その一部が上下で接触するような形で巻いてある。
通常のスプリングは、押しても引っ張っても戻ろうとする力が働くのだが、このコイルドウェーブスプリングは、押した時には戻ろうとするが、引っ張った時は簡単に引っ張られてしまい、戻る力がとても弱い。ただ、押した時に生まれる力は、通常のスプリングの半分の長さで同じ力を発揮できるという。
金属が棒状になっていれば、どの方向にも同じように剛性を発揮できるが、板状のものを巻いている構造だと、上下への剛性はとても弱くなる。そこで板状のものに波をうたせて、上下で一部が接触するように作ることで、その接点が起点となって、押す力に対しての剛性が生まれるという仕組みだ。そういう構造だけに、力を得るのに高さを必要とせず、狭い空間で使うパーツとして重宝されているのだそうだ。
さらに、ステンレスを平たい板状にするために、まず通常の棒状の素材を機械で伸ばしてから、つぶして平らにしているため、強度がとても高いのも特長。伸ばして叩くという工程は、ほとんど日本刀みたいなもので、それ自体が強度を上げるための工程と同じなのだ。だから、普通のステンレスのリングよりも強度がある。
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「最近の機械部品、自動車とか何でもそうですけど、省スペースでコンパクトで軽量化というのが進んでいて、通常のばねでスペースを小さくしようとすると巻きを減らすしかないんですが、それだと力が出ない。こっちは、元々、半分の長さで同じ力が出せるので、軽量化、省スペースに向いたばねなんです。車や新幹線のミッション、ブレーキなんかにも使われています」と斉藤さん。
ただ、製造コストは通常のスプリングと同じ力が必要なものを作った場合、約5倍くらいかかってしまうらしい。しかも製造が難しく、市場規模もそれほど大きくない。省スペース、軽量化が重要になる今後は増えるかもしれないが、製造するばねの直径ごとに機械を作らなければならないような、かなり面倒な製品なので、新規参入メーカーもほとんどないというのが現状らしい。そういう、ニッチなばねではあるけれど、これで、何かBtoC的なビジネスはできないかという話になったのが、今から10年くらい前だった。
「最初は、このばねでということでもなく、何か別事業を始められないかということだったんです。とは言っても、この平らな板を曲げて波をつけるという技術しなかったので、あくまでもこのばねで何かできないかということを探しいたところ、当時ヨーロッパのメーカーの折りたたみ自転車が流行っていたので、そのサスペンションを作ったりしました。サスペンションには樹脂が使われていて、結構頻繁に交換が必要だったんです。ばねだけだと支え切れなくて、樹脂が使われていたんですね。これはウチのばねなら樹脂なしでもイケそうと思って作ってみたら、いい感じのものが出来たので、Facebookなんかで『こういうの作りました』とか発信したら反応が良くて、商品化したんです。これは今も販売しています」と斉藤さん。
ただ、これは本来のばねの性能を生かせるマーケットが別にあったというだけで、ばねをばねとして使った製品をコンシューマー向けに出したというだけだ。このばねを使ったキーリングが面白いと思ったのは、これが、ばねとしての機能とは全然違う部分を使った製品だからなのだが、その発想の転換は、この段階では出てきていない。
「なんとなく、事業が形になっていったので、さらにできることはないかと思っていて、考えついたのがカードホルダー的な製品でした。径が大きめの2巻きくらいのばねを曲げて、そこにポストカードなどを差し込んで立てるといった感じのものです。それを作って美術館とかに飛び込みで営業していたら、東京都美術館が興味を持ってくださって、置いてもらいました。あとホテルのお土産屋さんなんかも置いてくれたんですけど、販路は狭いし、分かりにくいしであまり売れず、今は作っていません。その後、巻き数を増やして、車のダッシュボードにつけられるようにしたものを作ったんです。駐車券とか挟むような用途のものです。これがテレビで取り上げられて、それを見ていたイエローハットの社長さんが、自分のところで製品化したいと言ってくれました」。これも、イエローハットのオリジナル製品として、現在も販売中だ。
現在、WAVECLIPSの製品として販売されているのは「スマートキーリング」と「マネークリップ」の2種類。どちらもコイルドウェーブスプリングの応用製品ではあるのだけれど、本来のばねとしての機能ではなく、簡単に開いてしまうという本来のばねとしては欠点になる部分をメリットとして使った製品になっているのが何とも面白い。
特にマネークリップは、簡単に大きく開くという点のみに注目して、本来ばねだった製品を、クリップとして使おうというアイデアだ。正にWAVE CLIPであり、ブランド名が、スプリングではなくクリップなのも、そういうことなのだろう。
マネークリップも中々面白い製品で、紙幣を二つ折りにして使うラージと、三つ折りにして使うスモールの2種類が用意されている丁寧さが、何とも好感が持てる。機能としてはシンプルな、円形のクリップなのだけど、簡単に大きく開くから、カードや名刺などをまとめて挟んでおくのにも便利。一般のマネークリップよりも着脱が楽で、デザインがシンプルというのが魅力だ。
個人的には、チェキを何枚も束ねて、このマネークリップで挟んで、簡易的なフォトスタンドとして机の上に置いている。ほとんど写真だけのスペースで立てられるのがカッコいいのだ。
「キーリングを思いついたきっかけは、キーホルダーのリングにキーを通すのに苦労しているという友人の話をたまたま聞いたことです。もしかしたら、うちのばねに鍵を通したら、楽に通るんじゃないかと思いついてやってみたら、簡単にスルスルと通っちゃって」と斉藤さんは笑う。ばねを熟知している人でさえ、そんな使い道があるとは思っていなかったわけで、やってみて上手くいった時には、それは笑っちゃうのも無理はないだろう。それくらい、簡単に通るのだから。
そうやって生まれたスマートキーリングは、当然のようにテレビなどでも紹介され、その都度、まとまった数が売れたそうだが、私は寡聞にして知らなかった。とてもすごい、キーリングのイノベーションなのだけど、キーを通しやすいリングという存在はやはり地味なのだろうか。個人的には新しいiPhoneよりも発明としては素晴らしいと思うのだけど、そこまでの話題にはならない。
大きな理由は、自分でやってみないと、そのすごさが伝わりにくいという点だろう。キーリングにキーを通すのがストレスであるというのは、あまり意識されることはない。大体、一度通してしまうと、それでオッケーになってしまう。
しかしこれ、使ってみると本当に魔法のようにスルスルとキーが通るのだ。そして、本当に指や爪に負担をかけずに外すことができる。この通すのも外すのも簡単というのは、リングに新しい使い道を与えることにもなる。
例えば、私はバッグにこのリングを使って鈴木茂氏お手製のストラトキャスター・キーホルダーと、豊島屋の「鳩ホルダー」と一緒に、五徳ツール的なアイテムもぶら下げている。こういう、外して使うアイテムも、このリングなら付けておこうという気になるのだ。
●カッコいいパッケージだと売れない?
現在、販売されているのは、外径30mmのリング1個と、外径23.5mmのリング3個がセットになったもので、1980円(税別)でAmazonなどのECサイトを中心に流通している。パッケージを流通先で変えるなど、きちんとビジネスを考えている。
面白いのは、カッコいいパッケージだと店頭ではあまり売れないということ。こういう小さくて、説明が必要な製品は、カッコいいパッケージだと埋もれてしまう。しかし、店頭だと、サンプルを用意して実際に試してもらうことができる。実際に試すと、この製品は強い。
ばね自体の特許は切れているので、誰でも作れるのだけど、使用方法が違うため、このキーリングは特許が取れている。実際、ばねをばねとして使っていないわけで、それはもう新しいモノといって構わないだろう。そのくらい、この発想の転換は面白い。しかも、横から見ると金属製の編目のように見えるデザインも面白い。ただのリングではないことがひと目で分かる。でも、だからこそ、これが何なのかは分かりにくい。
「ギフトショーでブースを出していても、通りがかった人は、パッと見て『知恵の輪?』みたいな感じで通り過ぎるんですよ」と斉藤さん。私もギフトショーで知ったクチだが、最初、通り過ぎようとして、そのリングの形状がカッコよくて足を止めたのだった。
それくらい地味な製品ではあるので、ユーザーからはカラーバリエーションの要望も来る。ただ、ステンレスは塗装が難しい。そこで、300度くらいの熱を加えて、茶色っぽくなったものを「シャンパンゴールド」として製品化、さらに四三酸化鉄皮膜を付けてステンレス表面を黒く見せる「黒染め」という技術を使って、ブラックバージョンも売り出した。小さいアイテムだが、金属加工技術の塊だったりする。
シンプルなリングなのに、使っていて、何となくガジェット感があるのは、こういう様々な技術やアイデアが詰まっていることが感じ取れるからかもしれない。手にしたら、すぐどこかに付けたくなる、そういう魅力があるのだ。
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