写真 俳優の橋本愛さん(29歳)が、柚木麻子による小説『早稲女、女、男』を原案に映画化した『早乙女カナコの場合は』に主演しました。主人公早乙女カナコのおよそ10年にも及ぶラブストーリーを軸に、女性の生き方や女性同士の関係を丁寧に描いた群像劇となっています。
橋本さんは、2010年の映画『告白』で注目を集め、以来15年間、映画やドラマなど幅広く活躍しています。その道のりには迷いや葛藤もあったと言いますが、「苦しいことも楽しみながら乗り越えたい」と今の想いを明かします。映画の公開を前に橋本さんのホンネに迫りました。
◆「男性恐怖症」の感覚に共感
――矢崎仁司監督、そして柚木さんの小説のファンだったそうですが、早乙女カナコ役に決まった時はいかがでしたか?
橋本愛(以下、橋本):矢崎監督の作品に携わることができて、ファンとしてはまずうれしかったです。原作では各大学の“あるある”をあえてカテゴライズすることでリアルな女の子の姿を描いていましたが、映画では詳細な大学名は出さずに、リアルに“あるある”を描けそうだと思えたこともうれしかったです。あとは矢崎さんが原作の言葉を変えなかったので、それもうれしかったです。
――カナコはしっかりしている反面、恋には不器用なところもあったり、ご自身からみて共感するところはありましたか?
橋本:かなり共感するポイントは多くて、一番大きい点は男性恐怖症がカナコの中心にあり、この感覚はとても身に覚えがあるなと思いました。カナコは自分が性的な目線で見られることを忌避していて、いわゆる男っぽい立ち振る舞いを意識することで、そう見られないように回避しているんです。原作小説には過去のトラウマも描かれていますが、その感覚はわたしもこれまでの経験として近いものを感じましたし、そうしないと上手く生きられない感覚は自分とも上手く重なった気がしました。
また、女の子たちが対立するのではなく、カナコを中心に女性が女性に対してエンパワーメントしていく関係性がわたしはとても好きでした。だからといって「男なんて要らない」となるのではなく、恋愛も大事なものだからこそ真剣に悩んでしまうという、それぞれの葛藤が具体的に描かれているので、とても好きな物語だなと思いました。
◆フェミニズムは“男性も”生きやすい社会
――女性たちの群像劇といった印象ですよね。
橋本:わたしもそうなったらいいなと思っていました。タイトルこそ『早乙女カナコの場合は』ですが、登場人物それぞれの場合が描かれています。ちゃんと群像劇として立ち上がってきたのでよかったです。カナコが主人公として単独で成長していく物語というよりは、カナコも人に対してエンパワーメントしていく存在だったので、(わたしが演じることで)「大丈夫かな? ちゃんと魅力的な人間になっているかな?」という不安は常にありました。
――本作に関われてよかったなと思うことは何ですか?
橋本:フェミニズムの精神が核にある気がしていて、それは表立っては描いてはいないけれど、根づいているものなんですよね。そしてそれは女性だけのものと勘違いされやすいけれど、男社会で苦しむ男性の姿もこの映画ではちゃんと描かれているんです。それがわたしにはものすごくうれしくて。フェミニズムはすべてを包括するもので、女性が生きやすい社会は男性も生きやすい社会だと思うんです。そんなテーマを内に秘めて演じました。
――10年間の物語もよいですよね。幅広い層に響きそうです。
橋本:そうですね。大学生のシーンがメインではあるけれど、10代、20代、30代、それぞれの悩みの種類は変わってくる。それぞれの葛藤がちゃんと描かれているから、いろんな方が観てそれぞれの人生に刺さるような作品になっていればいいなという期待を持っています。
◆迷いがあるときは必ず自分にホンネを問いかける
――「女子SPA!」ではホンネの人生観や仕事観をみなさんにうかがっているのですが、今大切にしていることは何ですか?
橋本:それこそホンネは、常に自分に問いかけているんです。何かで決断に迷っているときは、必ずホンネに問いかけているようにしています。ホンネっていう本当の自分が、どこか別人のような存在感で自分の中にいるんですよ。それは、理性を通過していない純度100パーセントの本当の自分で、迷っている時に話しかけるんです。迷っているときって、心と体チグハグな時だと思っているので、自問自答する機会は多いですね。
――橋本さんの存在が注目された映画『告白』から数えて15年ですが、節目という意味で意識することはありますか?
橋本:期間についてはまったく意識していないです。こういう取材で聞かれたときに何周年なんだなと思いますが(笑)、数字を指標にしていることはあんまりなくて。常に今の自分に必要なこと、未来に必要なことを見続けている感じなんです。
――今、必要だと思うことは何でしょうか?
橋本:世界で仕事をしたいと思っているので、英語の勉強を地道にやっていますし、あとは演技をちゃんと楽しめるようになるという課題もあります。演技は、わりと苦しいことが多いんです。もちろんお芝居は好きで楽しいことなのですが、もうちょっと感情を拡張したいと思っています。
後は今ダンスを始めて、ヒップホップや日本舞踊をまた始めました。体を動かすことが好きなので、自分の体を知ること、それを(お芝居に)連動させることなどが今の課題です。
◆演じることは“自分を傷付ける行為”でもある
――お芝居、苦しさのほうがちょっと勝っているんですね。
橋本:演じることは、本当に自分を傷付ける行為なんです(苦笑)。基本的に苦難に立ち向かう姿を描くじゃないですか。何も起こらずハッピーに過ごしていれば幸せなのですが、そういう物語はほとんどないので、ひと作品ごとにトラウマを自分の体に刻まなければいけないから、どうしても傷が体に残るんです。その傷が増えれば増えるほど、もっと健康的にできないかなと思うので、それが今の課題ですかね。
でも、そうやって苦しんでやればやるほど、登山と同じで最後には美しい景色が広がると思うんですよね。苦しいことを経ずにやることはできないから、苦しむことすら楽しめるようになれたらいいなと思っています。
――そういう方っていると思いますか?
橋本:いると思います。たとえばお芝居のレッスンを努力だと思ってない人(笑)。熱中できることは本当に天性のものだと思いますし、わたしは努力! 努力! という感じでやってきたので、楽しい人には叶わないなと思うんですよ。だから楽しめるまでもっていきたいんです。
◆「超若い!」のマインドで生きている
――20代後半はどのように過ごしたいですか?
橋本:先ほど話したように数字的なこだわりはないのですが、30代になると20代に戻れない恐怖みたいなものは少し感じますね。それって大袈裟に言うと死に向かっている恐怖かもしれないのですが、そう考えてみると人生まだ30年、まだまだですよね。なので「超若い!」そういうマインドで今生きています(笑)。
――新しくチャレンジしてみたいことはありますか?
橋本:わたしは音楽がすごく好きで、それこそ努力と思ったことがひとつもないんです。ボイトレもひたすらやり続けられますし、努力と思わず熱中できるものが自分にとっては音楽だったから、これから何かを作っていけたらいいなと思っています。
ダンスにもいい影響を及ぼしますし、身体表現も自分が熱中できることだから、そういうことをこの先極めていって、表現に落とし込めていけたらいいなと目論んでいます。
<取材・文/トキタタカシ 撮影/吉開健太>
【トキタタカシ】
映画とディズニーを主に追うライター。「映画生活(現ぴあ映画生活)」初代編集長を経てフリーに。故・水野晴郎氏の反戦娯楽作『シベリア超特急』シリーズに造詣が深い。主な出演作に『シベリア超特急5』(05)、『トランスフォーマー/リベンジ』(09)(特典映像「ベイさんとの1日」)などがある。現地取材の際、インスタグラムにて写真レポートを行うことも。