部室で刃物的なものを持っておどけるぐんぴぃ―[振り返れば青学落研]―
YouTubeチャンネル登録者数180万人を突破した「バキ童チャンネル」。
唯一無二の企画とキャラクターを活かした動画が支持される一方で、中心メンバーのお笑いコンビ、春とヒコーキが出会った青山学院大学・落語研究会についてのエピソード動画も強い人気を集めている。
そんな「青学落研の話」を、チャンネル出演者であり、青学落研出身者であり、春とヒコーキの学生時代からの友人でもある芸人・町田が振り返る。第3回は、すべてが始まった場所である青学落研について。
◆落語をしなくてもよかった青学落研
「落研出身だから、話すのが上手いねえ」なんて言っていただくことがあったりもする。青学落研での活動を振り返ると、果たして本当にそうかなあという気持ちになる。
落語研究会は、落語を覚えて人前で披露する部活動である。
しかし、私が所属していた当時の青学落研において、落語は別にやってもやらなくてもよいものであった。
青学落研に入部すると、浅草で着物一式を買い揃え、新入生による紫陽会という落語会(紫陽花の咲く6月にそろそろ落語をしようかいということで紫陽会という意)に出させられこそするのだが、その後、部内で落語をやっていくかどうかは個々人の自由だった。
最初の一回以降、その後落語をやらないまま卒業していくということも全く問題なかったし、実際、そういう部員も少なくなかった。
部活動としての落語の練習会などはほとんどなく、出囃子で使われる太鼓や三味線の稽古など、当然なかった。
あるのは基本的には月一回の部会のみ。それも特に意味のある集いではなく、なんとなく形として集まっておきましょうといった感じのものであった。
極端に言うと、部会に行かなくても年に一回の在籍確認時のメールに「今年も落研に在籍します!」と、返信さえすればその後全く行かなかったとしても部員として認められていたのである。
◆落語でもやってみない?みたいな空気感
想像を絶する緩さ、それが当時の青学落研。
では我々青学落研の面々は当時、何に打ち込んでいたのか?
それは、部室でひたすらに駄弁ることであった。
私達はひたすらに、落研の部室でただ漫然と意味もなくだらだらと過ごすことに日々、精を出していた。
何をそんなに話すことがあったのか、大半の記憶はない。
ゲームをするわけでも、酒を飲むわけでもなく、毎日、何時間も部室でだらだらと過ごしていた。
そんな日々を過ごしているうちに、何故か、ちょっと落語でもやってみない?みたいな空気感が駄弁っている部員たちに流れはじめる。そこで我々青学落研部員はようやく落語に真剣に取り組むようになる。落研内で落語が流行るのだ。
落研の部室にめっちゃ来るやつほど落語が上手くなりがちである。それは何故か。学部、ゼミ、他のサークル、バイトなどなど様々なコミュニティにおいて居場所のない人間が行き着く終着点が、青学落研だからだ。
青学落研はどこにも馴染めない人間の受け皿として、機能しすぎていた。あまりにも変なやつが集まりすぎていた。
逆もまた然り、落研に入ったものの、恋人ができたり、他のコミュニティでの活動が活発になりだしたものほど、落研から遠ざかっていく。
青山学院大学に入って、わざわざ落語をやろうという人間は完全に希な存在だ。やることが他にないから落語をやるのである。
◆行き場のない情熱の向かう先は
落語の世界において、芸が急激に良くなる現象を「化ける」と表現する。
青学落研においても「化ける」瞬間が存在する。おっ、こいつやたら部室に来るようになったな。そんな部員がいたとする。そいつの落語はめきめきと良くなっていく。
本来送りたかった華やかなキャンパスライフがままならなくなった人間のエネルギーを、一心にぶつけた落語はそれはそれは良いものとなる。
とはいえ、最初は仕方なしでやりだした落語であったとしても、落語に真摯に向き合っていった部員たちは皆、落語が好きになっていった。いかに落語の懐が深いことか。
冒頭の「落研出身だから、話すのが上手いねえ」という言葉、これは青学落研出身者において半分あっているようで、半分違うような気もする。
青学落研にただ所属していただけでは、だめだったと思う。
落研の部室で湯水のごとく無駄な時間を過ごし、どこにも属すことのできなかった行き場のない情熱を落語に注ぐことができたからこそであると感じる。
―[振り返れば青学落研]―
【町田】
ぐんぴぃの友人。芸人としての活動もしている。@saisaisai4126